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第102話

「そうだな。しかし、いくら帝国側で人員が手配されていたとはいえ、せめて国境までは同行させるべきだった。条約締結前のため不用意な接触を避けたのが裏目に出たのだ。」


現実問題として、王国の要人でもない俺にそこまでする道理はないだろう。


むしろ現場レベルで不用意な接触を行い、不測の事態に陥るリスクを考慮してあたりまえだといえる。


それに、そういった可能性も考えてマイグリンは人族の冒険者を手配したのだ。


「そういえば、一緒にいたこの街の男はどうなりました?」


ふと、国境付近で別れたスラムの男のことが気になった。一応、事のあらましを書いた署名入りの紙を渡しておいたのだが、拘束などされてはいないだろうか。


「彼からは事情を何度も聞いたよ。武器商人に利用されたが、君への意趣返しで情報を渡したと自白していた。」


答えたのはユーグだった。


「彼は無事なのか?」


「ああ。深く反省していたことと、君からの手紙に彼の貢献について書かれていたことで恩赦を与えた。もちろん、帝国側から君の到着報告を聞くまでは身柄を押さえさせていたがね。」


その辺りは当然の配慮といえるだろう。


「今はスラム出身の人たちと一緒に働いているわよ。」


ティファが補足してくれた。


顔を見てみたい気もするが、真面目に働いているならそっとしておいた方がいいかもしれない。


「わかった。ありがとう。」


「それで、君が会談に出席するという話が出ていたが、今は向こうで何をしているのかね。」


そうだった。


本題に戻らなければならない。


ただ、公爵が話を逸らす意図を持っていることも同時に感じていた。


商会(ファーム)を立ち上げました。帝国···というよりも、マイグリン殿下と新国を立ち上がるためのコンサルティング契約を結んでおります。詳細は会談前にお伝えする予定です。」


「コンサルティング契約というのは何かね?」


俺はマイグリンたちに説明した内容をそのまま伝えた。


「···なるほど。そうきたか。」


公爵は複雑な表情をしていた。


俺のとった措置の意味を理解したのだろう。さすがに頭の回転が早い。今回の会談をただの和平条約締結のみに終わらせないためには、ここから一歩踏み込んでおく必要があった。


「誤解がないようにお伝えしておきます。帝国全体ではどうかわかりませんが、新国は様々な技術開発や産業経済の創出に注力する構えです。そこに王国も対等な立場で参加していただければと考えているのですが、ご興味はおありですか?」


「それは共同事業ということかね?」


「信頼関係ができればその方向にいくでしょう。」


「和平条約だけではやはり不足かな?」


「辺境伯領の件が解決すれば、何とかなるのではないでしょうか。」


「····················。」


アヴェーヌ公爵は意外そうに俺を見ていた。


「私が知る諺に、毒を喰らえば皿までというのがあります。」


「···帝国が毒だというのかね?」


「人によってはそうでしょう。いえ、今の王国はそうかもしれません。毒と薬は両面性で不可分ですから。」


「君はやはり我々を恨んでいるのかね?」


「まさか。そのような非生産的なことは致しませんよ。」


測りかねるように俺を見た公爵は、そっと息を吐きこう言った。


「君の狙いは?」


「世界平和と人種差別の撲滅です。信じるか信じないかはお任せします。」


呆気にとられたのは公爵だけではない。


同席しているユーグとティファも似たような表情をしていた。


「君は···聡いだけかと思っていたが、とんだ食わせ者というわけだ。」


「個人の利益を追求する意図はありません。好きなのですよ、折衝ごとが。」


互いに視線をそらさずに相手を見た。


公爵は俺の真意を測ろうとしているのだろう。


「どうやって成し遂げるつもりか聞いても?」


「圧倒的な経済力ですよ。」


「経済力···。」


「国が儲けるわけではありません。そんなものは市井が潤えば自然と集まります。重要なのは民がより良い生活を求め、それに対してそれぞれが取り組むことのできる環境を用意することではないでしょうか。貧困や就労の問題を抱えたままでは、人は新たな道を創出できません。」


「まるで今の人族の治世を否定するかの意見に聞こえるが。」


「ある意味でそうでしょう。私腹を肥やす権力者など害でしかない。」


張り詰める空気があった。


時期尚早、絵空事などと思われる可能性は十分にある。


しかし、これにどう反応するかで王国との今後の接し方が変わるのだ。


マイグリンとの事前協議では、アヴェーヌ公爵が他の有力貴族の顔をうかがうようなら、大使館の話だけして帰るという方向性で意見は一致していた。


今回の和平条約締結のために出席するのは、国王と公爵のみなのだ。


王国におけるキーパーソンが興味を持たないのであれば、下手に話を広げるのは悪手でしかない。


持ち帰り王城で協議されたとしても、こちら側によい感情を持たない貴族たちに一笑されて終わりだろう。


だからこそ大仰に話を展開した。


公爵は俺をひどく現実的な人間だと印象づけていたはずだ。


その俺が演説のような物言いをしたのである。


ここで興味を引かれないようだと、それ以上の進展はないと思うべきだろう。




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