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死界の新入生

作者: J.E. Moyer

- 死界の新入生 -


「オーイ! ここにいるぜ」

「こんちきしょう!」

「俺が見えないのかよ?」

「どこを見てるんだよ!」アンディは、叫び続けた。


誰からも相手にされないアンディは、グシャグシャになった彼のポーシェに近寄った。


「おい、刑事さん! これは俺の車なんだ」

「あーあ! これじゃ完全にメチャクチャだなあ」とアンディは喋り続けた。


「救急車を呼べ!」と若い警官が、車の中の無意識の青年の脈を調べながら叫んでいる。


「なんだこいつは! 車の中の奴は俺じゃないか!」とアンディは大声を出したが、それに耳を貸す者はいない。アンディは自分の体が救急車で運ばれて行き、レッカー車が彼のポーシェを道路から取り除くのを見ていた。自分の体がストレッチャーに横たわっているのを見ていたが、正直なところ、何の感情も湧かなかった。


アンディは暫く立ち尽くしていたが、誰も、「乗車しませんか」と申し出ることがないまま、事故現場に一人残されてしまった。


直ぐそばに、いつも行く本屋があるので、アンディは行き交う車を避けながら本屋にたどり着いた。

ランチに行く途中だった事を思い出したアンディは、本屋の中にあるカフェでランチを済ませようとしたが、カフェの店員にオーダーを完全に無視され、腹立ち紛れにカウンターの奥に入り、サンドイッチとアップルパイを掴んだ後、空いていたテーブルに座り、食べ始めた。


ランチが終わると、アンディは本屋をうろうろした後で哲学のセクションにたどり着いた。ここには一人がけの椅子がひとつ置いてあり、何時もは誰かが座っているが、今日はその椅子が空いていた。

アンディの目に入ったセネカの薄い本『人生の短さについて』を手に取り、椅子に腰掛け、読書を楽しんでいると、一人の男が近付いて来た。男はアンディの前で立ち止まり、そしてアンディが座っている椅子に腰掛けた。

「なんだよ、お前! 見てんのか?」とアンディは怒鳴ったが、男は知らん顔をして座り込んでいる。アンディは椅子から飛び上がり、男を睨み付けたが、男はびくともしなくアンディを無視しているではないか。

男との一方的な対立の後、暫くしてアンディは本を手に本屋を出た。そして、友人二人と借りているアパートに向かって歩き始めた。

アパートに着いた頃には、アンディの事故死のニュースがルームメート達の耳に入っていて、もっぱら彼等の会話の話題になっていた。


「ただいま!」と部屋に入ったアンディに気づく事もなく、彼等は喋り続けていた。

アンディのソーシャルメディアのアカウントも「安らかに眠って下さい、アンディ」のメッセージが多く寄せられていた。

アンディは早速「俺は元気に生きてるぜ!」と返事を書いたが、何回試みても、それをアップロードする事が出来なかった。やがて、疲れきったアンディは、リビングルームに居るルームメートの横に座った。その頃には、ルームメート以外にも友人達が集まって、アンディの事故死の話に花が咲いていた。


「おい、俺が見えないのかよ!」とアンディは又ルームメート達に叫びまくったが、やがて疲れ果て、寝室に戻り眠りについた。


早朝に両親の声に目を覚ましたアンディは、

「母さん、何をしてるんだよ!」と寝ぼけ声でたずねた。アンディを無視して、彼の汚れたTシャツを握りしめながら泣いている母親に向かって、

「泣くなよ!その汚いシャツの臭いは嗅がなくていいよ。俺はここに居るんだから」と呆れ返った顔で言った。

「親父、何とかしてくれよ!」と乞うように言ったが、

「おい、アンディのルームメートが待ってるよ。アンディはもうここに居ないんだからね、さあ行こう」と母を促す父に、

「何を言ってるんだ!みんな狂ってるよ!」とアンディはまた叫んでいた。


葬式の日に、アンディは教会の一番後ろのベンチに座っていた。彼の両親は前例に座り、彼の友人達がその後ろにずらりと並んで座っていた。その中には、アンディの高校の水泳部のチームメート達の顔ぶれがあった。「あいつらとは、最後の水泳大会以来だぜ!」とアンディは呟いた。

アンディは高校時代にライフガードの免許も取っていたが、大学時代には水泳も止めていた。そして、もっぱらルームメートやデートしていた女の子達とのパーティーに忙しかった。


葬式の途中で退屈したアンディは、牧師が喋っている説教壇に歩み寄った後、牧師の横に立ち、出席者達を見渡していた。棺桶の中のアンディの双子は、グレイ色のジョルジオ・アルマーニのスーツを着ていた。このスーツは去年のクリスマスパーティー用に買ったばかりで、アンディの働いていた病院の救急処理室で働いていた若い女性医師の前で、格好良く見せびらかす為だった。今日はアンディも同じアルマーニのスーツを着ている事に気づいた。


葬式後は、出席者たちが、アンディの両親の、ビーチに面した家に招かれ、集まって来た。彼の両親は二人共が医師で、クリニックを持ち、又アンディと同じ病院でも働いていた。アンディは甘やかされており、誕生日に、中古のポルシェ ケイマン クーペを買って貰ったばかりだった。


この集まりは、非常に大きく、両親とアンディの同僚や友人達で賑わっていた。アンディはこの様子をプールサイドに座ったままで眺めていたが、やがて自分の部屋に戻り、寝てしまった。


運転の出来ないアンディは何処へ行くにも歩くようになったが、車のドアが開いていると、中に忍び込む事が出来る事がわかった。これで交通の便が少しは良くなっていた。


葬式の日から2日間は、両親と共に過ごしたアンディは、両親が仕事に戻った朝、そろそろ自分のアパートに帰る事にした。アパートは家から数マイルの場所にあるが、やがてたどり着いたアンディを出迎えたのは、引越し屋の従業員達だった。


「ちょっと待て!俺の持ち物を何処へ持っていくんだ?」とアンディのベッドを移動させている男の腕をつかもうとしたが、効果が無いことがわかった。引越屋の話では、アンディの所有物を最寄りの倉庫に持っていくらしい。

あれよあれよという間に、引越屋はアンディの部屋を空にして去っていった。気がつくとアンディは一人でぽつんと、部屋の真ん中に立ちつくしていたが、やがて、部屋から出て、リビングルームで、ビールを飲み、テレビを観ながら寝てしまったようだ。


ルームメートのポールが、知らない男を連れてアパートに帰ってきた音で、アンディは突然目を覚ました。


「今話した空室を見せるよ」とポールはこの男に話ながら、アンディの部屋に入って行った。


「眺めはいいなあ。気に入ったよ」と男は言った。

「何時でも入居出来るよ、デイブ。レントは一人1000ドルだ」とポールが説明を続けている。

「ポール、俺の部屋を貸すつもりか?」とアンディはポールの後ろから部屋に入り、怒鳴っていた。


夜には、アンディのルームメートのポールとマイクがデイブを交えて夕食を取り、テレビでバスケットボールの試合を観ながら、新しいルームメートのデイブを歓迎しているのをアンディは見ていた。そして、ここから自分の場所が失くなりかけている事を感じていた。


夜遅くアンディはアパートを出てから、よく行く近くのジャズバーに足を運ぶと、アンディの顔見知り達がスムースジャズを聴いていた。アンディの何時も座る席が空いていたので、そこに腰を下ろし、これからの人生を真剣に考え始めていた。夜中の3時にバーが閉店すると、アンディは両親の家まで歩いて帰った。家にあるアンディの部屋は昔のままに残してあるので、又ここに住む事に決めた。


それからの数日間、アンディは毎朝、家の前のビーチを歩いていると、ジョギングをしている人が多い事に気づき始めた。そして、彼も高校生時代にはこのビーチを走っていた事を思い出していた。


ある朝ビーチを歩いていると、胸の大きい美人がジョギングしているのを目撃したアンディは、彼女に追いつき、一緒に走り出した。美人の彼女は、アンディの存在に全く気がつかない様子だが、毎朝、空がうっすらと明るくなる頃に彼女は走ってやって来る。アンディも早起きになり、彼女の横を走るようになった。

そんなある日、「おはよう、ミンディ!」と彼女に挨拶をする者がいた。

「ああ、君の名はミンディか! 宜しく!だね」と嬉しそうにアンディは彼女の顔を覗き込んだ。


ビーチの北の端には、長い突堤がある。大きな岩が積まれてで作られた突堤の向こうには船やボートが行き交う経路があり、その北側には観光客で賑わう有名なビーチが有る。このビーチは5マイルの白砂が目の届く限り続いていて、いつも混んでいる。

アンディは潮の流れの早いこの経路の流れに挑戦して、泳ぎ切る事にした。高校生の頃にもこれに挑戦していた事が昨日の事のように思い出されていた。

それから、ビーチを北端まで歩いて、引き返して来たアンディは、ライフガードのステーションが全部で10基有ることを知った。#7 と書かれたステーションに、望遠鏡を手に持ったミンディの姿を見つけたアンディは、「おーい、ミンディ!」と叫びながら彼女の方向に走って行った。「なんだよ! ライフガードだって聞いていなかったぜ」と話しかけた。「俺もライフガードだって言ってなかったよなあ」と付け加え、「俺もここで仕事してもいいだろう?」と言ったアンディは、ミンディが仕事を終えるまで満足そうな顔で横に座っていた。


太陽がゆっくりと西に傾むいていたが、水平線とのランデブーには1時間はありそうだった。

ボートの通る経路に向かって歩いていたアンディの耳に入ったのは、

「子供が流されて行くぞ!」の叫びだった。数人の男達が経路に向かって走っている後ろをアンディも走り続けた。男の子の体が流れの早い潮によってどんどんと深みに押し出されて行くのが見えた。躊躇わずに水に飛び込んだアンディは、経路から海に流されていく少年の体に泳ぎ着き、男達が追い付く迄少年の体を持ち上げていた。

「ラッキーな奴だなぁ お前は! 次は俺の助けが無いかも知れないぜ」とぐったりとした少年に言い残したアンディは突提に向かって泳いで行った。


突堤の上には猫が数匹住み着いていてが、どの猫も毛並みが良く、美しい。猫達は、何故かアンディが見えるらしく、撫でさせてくれるが、他の犬や猫達にはアンディが見えないらしいので、不思議だ。

アンディの日常は、早朝のミンディとのジョギングの後、#7 のライフガード ステーションに行き、夕方に突提に住む猫達に会いに行くことだった。それから家に帰り、両親と夕食をした。時々「これはアンディの好物だったのよ」と泣き出す母親の肩を抱いて、「母さんの料理は世界一だよ」と呟くと、彼女は少し安らいだように見えた。


ライフガードとしてのアンディの生活は、暇だったが、彼はミンディに会い、自分の人生の話をするのが好きだっだ。いつまで経っても反応を示さないミンディに、時には絶望的になったが、今のアンディには、この生活以外に何も無い様に思えた。


ある日アンディは突堤で生まれた子猫達と遊んでいた。母猫は真っ白の毛並みだが、子猫達の尻尾の先だけが黒っぽい虎猫のようで、近くに住み着いた虎猫が、父親なのだろう。


アンディが帰る時間になり、立ち上がると突堤の先端に座って海を眺めている老人がいた。


次の日にも又同じ老人が、昨日と同じ岩の上に腰掛けていた。


「夕日を見てるんですか?」とアンディが近付くと、

「そうだよ」と振り返りながら老人は答えた。

「エッ! 俺の声が聞こえるの?」と驚いたアンディに、

「君の顔も見えるよ」と言い、アンディに横に座るようにと、手でモーションをしていた。


「私はジャックだ」と老人は名乗った。

「俺はアンディ」


「アンディ、あの太陽が見えるだろう?」と沈みかけた夕日を指さしている。

「ああ、見えるよ。それがどうした?」

「私があの夕日に向かって泳いで行くと、妻に会えるんだよ」

「エッ?」

「実は、3日前に夢を見たんだよ。夢の中で亡き妻が出てきてね、私が夕日に向かって泳いで行くと、彼女が待っていてくれると言ったんだ。だけど私はあそこまでは泳いで行けないよ。...アンディ、君は強そうだし、あの経路を泳いでいるのを見たよ。」

「どうだい、私と一緒に泳いでくれないかな? もし私が途中でへたばれば、連れて帰ってくれるといいよ。だけど一度だけでも試して見たいんだ」とジャックは夕日を見つめながら告白した。

「ちょっと待ってくれよ」と気まずそうにアンディは応えた。

「君のように力強く泳ぐ青年には、もう出会う事が無いだろう」と目に涙をうかべているジャックに向かって、

「...泳げなくなったら、引き返して来るんだな?」とアンディは念を押した。

「約束するよ」と言った真剣な顔のジャックとアンディは、ゆっくりと岩から水辺に下りていった。


「ジャック、じゃあ行くぜ!」

「よし!」とジャック。


15分も泳いだのだろうか、急に水面が太陽光線で金色に輝き始めた。その時、二人の前に一人の女性が現れた。


「ミンディ! 君なの? ここで何をしているんだ?」とアンディは叫んでいた。

「そう、私よ、アンディ」とミンディは微笑んでいる。

「ジャックと私は、貴方を迎えに来たのよ」と彼女は続けた。

「アンディ、君の仕事は終わったんだろう?」と問うジャックに、想像もしなかった事の展開の理解に苦しんでいるアンディが、

「何の仕事だよ?」とたずねると、

「あの子供の命を助けたことさ」とジャックが言った。


ミンディとジャックは、沖に向かって泳ぎ始めていた。

「おーい!何処へ行くんだ?」と叫ぶアンディに、

「帰るんだよ」と答えたジャックの後を追うようにアンディは泳ぎ始めた。


やがて、夕日が沈み、最後の一筋の光が消え去るまで、三人は並んで泳いでいた。





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