争いごとは避けた方がエレガントでしょう?
乙女ゲーそのものはあまり親しみはなかったが、女性向けネット小説の悪役令嬢物はそれなりに読んでいた。いや、それなりって程でもないかもしれない。まあジャンルの定番が把握できる程度。ゲーム主人公がハーレム作ったりなんやかんやしてエンドを迎える時に悪役が(それが事実であれ虚構であれ)主人公に嫌がらせをしていたとして断罪され、婚約を破棄される。婚約者は大体メイン攻略キャラで王子様とか高位貴族。
その未来を知った悪役令嬢が未来に抗ったり、既に手遅れだったり、開き直って楽しんだりなんやかんやするのが悪役令嬢物、っていう。ちなみに主人公の転生憑依率は高い(ついでに元ゲープレイ率も高い)が、そうじゃないのとか逆行ループ系もある。
で、私がどうかというと、多分転生(か憑依)だ。元ゲーはわからない。だが、悪役なんだろうなー、と思う。主人公は元々身分が低いが愛嬌のあるタイプが多いので。私はそういうのとは正反対。公爵家の第三子にして唯一の娘。氷の美貌の才女、アンジュール・モンステラ・グランツィア。家族に愛情たっぷりに育てられたわりに表情筋が仕事しない系美少女だ。幼少期に第二王子との婚約(当然政略結婚)が決まり王族に連なる立場になる者として厳しく教育を受けている。
それでまあ、15歳から18歳(留年しなければ)の貴族子弟が通う共学の学園に入学したところ、特別入学してきたわけである。主人公っぽい少女が。名前は忘れたが男爵家の養女らしい。元は庶民だという噂だが本当かは知らない。私と同じクラスではないし。取り巻きが何かした可能性はゼロではないが、あまり興味がなかったので自分から特に何かしたりはしなかった。
…んだけど、どうも我が婚約者様はその主人公ちゃんにご執心らしい。他にも彼の取り巻きの貴族やらも集まって彼女との恋愛ごっこに興じているそうで。婚約者のいる身のものが大半でありながら。そういう訳で、こんなお茶会が開かれてしまったわけである。
「イグニット様も非常識ですわ。グランツィア様というものがありながら、貴族としての礼儀もおぼつかない娘にうつつを抜かすなんて…」
「しかもあの方、男性を侍らせて優越感に浸っていらっしゃるのよ。不潔ですわ」
「身分というものを弁えないあの方の何処が良いのでしょう。社交界に出れば恥をかくどころか不敬罪で捕らえられましてよ」
ざっくり言えば被害者の会だ。放っておけば本気で私を旗頭にして主人公の排斥に動きかねない。ので、それは面倒だし、方向性を変えようと思う。
「私、思うのだけれど…」
一番身分の高い私の言葉に少女たちは耳を傾ける。
「多少毛色の珍しい娘が現れたからと手を付けに行く男なんて、引き戻したところで何度でも余所に浮気するのではないかしら。それがお嫌なら、正式に結婚するより前に、もっと誠実な方に交代してもらった方が良いのではなくて?皆さま、政略結婚でしょう?」
実際なってみると、悪役令嬢物の乙女ゲー、メイン攻略対象が婚約者持ちって、教師との恋愛とかとは別の意味で特殊性癖だと思う。NTRものってことでしょう?倫理観とか貞操観念がアウトなのでは。不倫を良しとするタイプ?略奪愛というか。
「それに、婚約者のある身で余所の女性を口説くのって、どちらにも不誠実だと思いますの。口説いて駄目だったら戻ってくるつもりということでしょう?口説く前に婚約を取り消していただきたいですわ」
キープ扱いとか舐められてるにもほどがある。ので私は噂が耳に届いて真らしいとわかった時点で父に相談済みだ。多分なんか主人公がアクションする前に王家の方が動くだろう。穏当なところで婚約相手の交代かなー。
「…それもそうですわね。グランツィア様の仰る通りです。お父様に言いつけることにしますわ。確か、ベルモント家にも年の近い弟君がいらっしゃいますし」
「私も賛成いたします。政略結婚で思い合ってのものではないとはいえ、通すべき筋がございますわ」
「そうですわね。元々こちらの持参金目当ての婚約の癖に馬鹿にしていますもの」
これで、勝手に私の名前が使われたりはしないでしょう。されたら冤罪を主張できるだろうし。
例のお茶会から一か月して、王家の方から公爵家に正式な通達があった。私の婚約者は第二王子から第三王子に変更(当人納得済み)して、第二王子は然るべき身分の令嬢と結婚しない場合は王位継承権を下げるらしい。まあ、貴種の落とし種をそこらにばら撒かれては困ってしまうもんね。
「やはり、結婚するなら誠実な殿方が良いですものね」