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夢の中で女神様が俺に「勇者と旅に出ろ」と言ってきた。でも幸せな生活を手放したくないので断ります。

作者: 山野 水海

 夜、寝床に入って目を閉じた次の瞬間、俺は雲の上で横になっていた。

 いきなり目の前に広がった青空に驚き、ぼんやりしていた意識が一気に覚醒する。


「おわっ!? ……ああ、夢か。びっくりした……」


 一瞬慌てたが、こんな非現実的な光景は夢以外あり得ない。


(体は……動かせるな。どれ、起きてみるか)


「よっと」


 上体を起こして自分の姿を見てみたが、間違いなく俺の身体だ。着ている服も、いつもの神父服である。


「夢の中でまで神父姿なのか……。我ながら夢が無いなぁ」


 このままフカフカした雲の上で寝ているのも気持ち良さそうだが、すっかり目が覚めて(夢の中で“覚めた”も変な話だが)しまったので、せっかくだからと立ち上がった。

 見たところ、俺がいる雲は大人が10人くらい雑魚寝できる大きさがある。ちょっと怖いが、どうせ夢だ。それなら楽しんだ方が良いに決まってる。

 俺はおっかなびっくり雲の上を歩いてみた。


「雲って柔らかいんだな。肌触りも良いし、このベッドで毎日寝たいなぁ」


 何かないかなと周りを見渡しても、青空と他の雲しか無い。だが雲のふちから恐る恐る下を覗き込んでみたら、地上に大きな都市が見えた。

 その都市に何となく見覚えがある気がしたので、まじまじと眺めていると、ピンとくるものがあった。


「あ〜、真ん中にあるのは王城か。だったらあそこは王都だな。へえ〜、空から見下ろすとこんな感じなんだ。まっ、俺の夢だし、本当はどうなのか分からないけどな」


 一人でくっくっと笑っていると、ふと疑問が頭をよぎった。夢の中なのに思考も五感も冴え過ぎている気がしたのだ。


「なんか妙に意識がハッキリした夢だな……? でも偶にあるんだよな〜、こういう夢」


 試しに頬をつねってみれば、しっかりと痛かった。


「あ〜そういう感じの夢か。ポカポカ暖かいし、雲は気持ち良いけど――」


 俺はもう一度地上を見下ろした。最悪を想像してしまい、思わずブルッと身震いしてしまう。


「落ちたらシャレにならないな。……真ん中に行こ……」


 ゲンナリとした気分でとぼとぼ歩いていると、頭上から鈴のような澄みとおった声が聞こえてきた。


「ようこそ夢の世界へ。ノール村の神父、カイン、我が敬虔なる信徒よ」

「へっ? 誰?」


 いきなり名前を呼ばれ、ビクッとしながら上を向く。


「なっ!?」


 そこには、この世のものとは思えないほど美しい女性が後光を放ちながら空に浮かんでいた。

 その女性を一目見た瞬間、俺の脳裏に衝撃が走った。


「そ、そのお姿は――」


 腰まで伸びた輝く銀の髪と、透き通るような白い肌をもち、キリッとした凛々しい顔立ちに、強い意志を感じさせる金の瞳をした妙齢の女性。そして、縫い目のない、ゆったりとした純白の貫頭衣を身に纏っているとくれば間違いない。

 何度も何度も聖書で読んだ通りのお姿。王都の大聖堂にも、この方の絵が飾られている。


「女神シュール・エアラ様。――なんとお美しい」


 俺は馬鹿みたいに口を開けて、熱に浮かされたように女神様に見惚れていた。こんな美人にお目にかかれるなんて、なんとも素晴らしい夢である。

 女神様はゆっくりと雲の上に降り立った。俺があまりにもマヌケ面だったのであろう、女神様はクスクスと笑っている。ますます美しい。


「ありがとうございます。――さて、カインよ。あなたに告げるべきことがあります」

「ははぁー」


 女神様は笑顔から一転して真剣な表情で、俺にそう言ってきた。

 あまりにも威厳溢れる声だったので、思わず平伏してしまった。


(なるほど、こういう筋書きの夢か)


 段々と楽しくなってきた。雲に顔をつけながらニヤニヤ笑ってしまう。

 そんな俺を知ってかしらずか、女神様は話を続けた。


「あなたに使命を授けます。カイン、あなたは勇者と共に旅立ち、魔王を討ち果たすのです」

「うへぇっ!?」


 素っ頓狂な声が出てしまった。夢の中とはいえ、ちょっと恥ずかしい。

 顔を上げて女神様の様子を伺うと、もっともらしげな顔つきで頷いてきた。

 

「驚くのも無理はありません。しかし、これは既に決められていたこと――あなたの運命なのです。あなたは勇者サ……何故悶えているのですか?」


 女神様が訝しげな声で問いかけるように、俺は顔を真っ赤にして、雲の上をゴロゴロと転げ回っていた。

 しかし、この女神様、俺の羞恥心をさらに抉る気か? 相手が女神様とはいえ、これは言い返さねばならない。……夢だったら、俺のことは無視して話を続けてくれれば良いのに……。


「だって恥ずかしいじゃないですか! 俺、もう18ですよ! なのに、こんな子供みたいな夢を見て……うわぁ、恥ずかしっ! 勇者の仲間? 魔王討伐? いい歳こいて英雄願望? ヤべぇ、朝になったら全部忘れてないかなぁ……」

「夢? いいえ、カイン。これはただの夢ではありません――神託なのです。今、あなたの目の前にいる私は、あなたの心が夢に描いた幻想などではありません。紛れもなく本物。あなた方、エアリス教徒が崇める神、シュール・エアラです」


 そう言って、女神様は優しく微笑みかけてくるが、俺の心はどんどんと冷めていった。

 いつまでも寝転がったまま会話するのも(夢とはいえ)女神様相手に気が引けるので、とりあえず胡座をかくことにした。

 心なしか女神様の頬がヒクついている気がする? 気のせいか?


「いやいや、本物の女神様は、俺みたいに信仰心のカケラも無いような奴に大事な使命を託しませんよ。俺だったら、もうちょっとマシな人選をしますね」


 俺がケラケラ笑いながら、軽く手を振って否定していると、女神様の眉間に皺が寄る。

 美人ってのは、そんな顔をしていても綺麗なんだな。


「あなたはそれでも聖職者ですか! 先日、教皇の夢の中で勇者選定の託宣を下した時、教皇は歓喜の涙を流していましたよ! それなのにあなたときたら――」


 ……やっぱり夢だな。早速ボロが出てきた。


「あー、やっぱ夢だ。あの幼女趣味の色ボケ教皇に真っ当な信仰心なんて残っているわけないじゃないですか。女神様みたいに大人の女性が夢に出てきたら、あのジジイは『悪夢を見た』とでも言うんじゃないですか? いや〜、エアリス教会のトップがアレなんて、恥ずかしい話ですね。アッハッハ」

「……その教皇以下の態度をとっているのですよ、あなたは……。敬えとは言う気はありませんが、神父としての振る舞いくらいは見せてください」


 これはまた面倒なことを言ってきた。夢の中くらい自由にさせて欲しいものだ。

 俺はヤレヤレと肩をすくめた。

 

「夢なんだから、の自分でいさせてくださいよ。ちゃーんと普段は真面目に“神父様”を勤めているんですから。俺は食いっぱぐれないから教会に入ったんです。宗教屋の俺に、勤務時間外の対応を期待しないでください」


 女神様が顔を真っ赤にして目尻を吊り上げた。

 俺の想像力って凄え! 宗教画じゃあ、まずお目にかかれない表情だ。

 

「あなたの性根はさておき、私の名前で商売をしていると言うなら、それはそれで取るべき態度があるでしょう!」


 ……一理ある。なんか、意外と話せる女神様だな。結構好きになってきたぞ、この女神様。

 ともかく、飯の種にしていると言われたら俺も態度を改めざるを得ない。

 とりあえず胡座をやめ、女神様に向かって跪き、祈るように手を組んだ。

 チラッと女神様の様子を伺うと、どうやら少しは険が取れたようであった。善哉善哉。

 あとは感謝も述べることにしよう。目は伏せ、出来るだけ真摯な口調を意識して、っと。


「女神シュール・エアラ様、いつもありがとうございます。お陰様で毎日美味しいご飯を食べられる、お金に困ることのない平穏な日々を過ごすことができております。これからもどうか、私たちの豊かな暮らしのため、エアリス教団の懐を潤し続けてください」


 ギリッ、と頭上から奥歯を噛み締めるような音が聞こえてきた。それと、よく聞こえないが、女神様は何事かをぶつぶつと呟いているようだ。


「面と向かってよくもまあ、いけしゃあしゃあと言ってくれますね。神罰を……いや、彼は勇者の仲間、重症を負わせたら計画に支障がでます。我慢我慢。しかし業腹ですね。そうだ、道中で彼にだけ過酷な試練を――」


 女神様はしばらくモゴモゴしていたかと思えば、ハァ〜と大きな大きなため息をついて、ニッコリと笑った。


「あなたについては諦めました。話を進めましょう」


 そろそろ覚めないかな、この夢。




「それで? 俺が勇者様と魔王討伐に旅立つって話でしたっけ? いや、無理ですよ。だって俺、かなり弱いですよ。魔王どころか、町のチンピラにも敵いませんって」


 事実、俺は武芸を嗜んだこともなければ、スポーツも人並み、馬術も弓術も全くダメ。これで魔王に挑むなんて自殺行為だ。

 「魔王」――それは数百年に一度現れる人類の天敵。邪悪なる魔族や凶暴な魔物を率いて暴虐の限りを尽くし、世界を滅ぼそうとする存在だ。

 一説には、邪な心に支配された人間が変貌して魔族になり、魔王はその最たるもの、と言われているが、真実は分からない。

 ともかく、歴史上の、どの魔王も強くて残忍だったらしいので、とても俺みたいな一般庶民が関わるべき相手じゃない。命がいくつあっても足りないだろう。


「勇者様には、ちゃんとした仲間を用意した方が良いですよ。武力とか知力とかが優れた善人なんて何処にでもいるでしょう? あとは、財力とか権力を持った善人が……いるかは分かりませんが、そんな人たちがサポートして、魔王を討伐させるべきですよ」


 「勇者」とは、魔王討伐のために女神様から特別な力を授かった、人類の救世主である。歴代の勇者様は総じて、人を超えた力で魔族たちを退け、無辜の民を救うヒーローだ。

 女神の代行者である勇者によって魔王が倒されることで、この世界は平和(とエアリス教の天下)が続いている。そういった意味では、頭が上がらないくらい勇者様のお世話になっていると言えるだろう。

 しかしながら、いくら世話になっているとは言え、俺はそんな華々しいお方とは会いたくもない。

 そもそも住む世界が違うのだ。

 俺は血生臭いこととは無縁の、勇者だの魔王だのと全く関わりのないド田舎の村で暮らし、風の噂で「世界が平和になりました」と聞ければ満足だ。


「ですから、俺なんかじゃなくて、誰か別の人を選んでください」


 俺がキッパリとそう言うと、女神様は苦々しげな表情で俺を指差した。


「……確かにあなたは弱いですし、心根も悪いです。ついでに言えば、この私に対して無礼でもあります。しかし、それらを踏まえた上でも、あなたの【祝福ブレス】は勇者の旅路に必要不可欠な力なのです」


(あー、やっぱり【祝福ブレス】のことも筒抜けか。俺の夢だもんな、そりゃそうだ)


 魔物を倒した人間に女神様がお授けくださる奇跡の力、それが【祝福ブレス】。

 【祝福ブレス】を得た者は「加護者」と呼ばれ、一人につき一つ、特別な能力を行使することができるようになる。手から炎を飛ばす者もいれば、大きな音を出せるようになる者もおり、その能力は千差万別だ。


(誰にもバレないように【祝福ブレス】のことは隠しているけど、夢の中はそうもいかないなぁ……)


 通常、加護者は国に能力を申告する義務がある。当たり前だ、加護者の中には国家バランスを変える程の【祝福ブレス】を発現させる者もいる。為政者がそのような危険人物を放置する訳がないのだ。

 俺の【祝福ブレス】は使いにくい能力だが、非常に強力だ。もし仮に、この能力が世間にバレたら、俺は一生、国(か教会)に囚われて能力を使い続ける羽目になるだろう。

 それは俺が望む、「“彼女”と歩む幸せな人生」ではない。


(勇者様に協力するなんてゴメンだ。俺はこの生活を手放したくない)


 俺は女神様を下から睨みつける。


「お言葉ですが女神様。やはり、勇者様にはご協力致しかねます。俺の【祝福ブレス】を公にすれば、俺にメリットが無いばかりか、今後の人生設計に多大な不都合が生じます。場合によっては命を狙われるかもしれないのに、首を縦に振るなどできません」


 女神様は一瞬グッと言葉に詰まると、不満さを隠そうともせず、ふんと鼻を鳴らした。


「あなたの人となりを知った今では、私としても、あなたが勇者の仲間に相応しいとは思いません。ですが、あなたが勇者パーティに加わるのが魔王討伐の最適解なのです。明日、ノール村で誕生する勇者の最初の仲間となり、その【祝福ブレス】で勇者を導きなさい。これは神命です、ありがたく拝受しなさい! ……まったく、私は何千年も先を見据えて計画を立てているのですよ。素直に従ってほしいものです」


 最後は小声で聞き取れなかったが、この女神様、とんでもない事を言わなかったか?


「明日、ノール村で勇者様が? 一体誰が?」


 ノール村みたいなド田舎で勇者様が?

 ……ホント、夢ってのは突飛な設定で話が進むなぁ。とても現実であり得るとは思えない話だ。

 俺は内心で呆れ返っていたが、女神様は真面目な表情で疑問に答えてくれた。


「私が勇者に選んだのは、羊飼いの娘、サリィです。彼女は明日、羊の放牧中に魔物を討伐し、私が特別に用意した【祝福ギフト】に目覚めます」

「サリィちゃん!? あの子が勇者様に!?」


 サリィちゃんは、羊飼いのアルトさんのとこの長女だ。今年で15歳、いつも長い茶髪を三つ編みにしている、クリッとした目がチャームポイントの女の子である。

 確かに、彼女は他人を思いやることができる優しい子だし、芯の強いところがあるので、勇者としては相応しいのかもしれない。

 しかし、サリィちゃんが勇者様であるはずがない。


「女神様、女性の勇者様など聞いたことがありませんよ? 歴代の勇者様は男性ばかりではないですか」


 女神様は、我が意を得たりと言わんばかりの表情で大きく頷いた。


「そう、その通りです! 今までの私が選んできた勇者は全て男性。しかし、今回は違います。田舎の村で誕生した庶民の勇者、しかも、史上初の女性勇者! だからこそ、意義があるのですっ!」

「意義……ですか?」

「ええ、サリィの存在は、この世界の歴史に大きな影響を与えます。――ですが、それも彼女が魔王を討伐してこその話。いつまでも文句を言ってないで、彼女が役目を果たせるようにサポートしなさい」


 女神様の目論見なんて知ったことではないが、よりによってサリィちゃんが勇者様か……大問題だな。

 俺は両手で大きくバッテンを作った。女神様が目を丸くする。


「……何ですか、その手は?」

「女神様、サリィちゃんはダメです。先約があります」

「はい?」


 女神様がコテンと首を傾げた。愛嬌のある仕草だ。


「先約があるって……わたしより優先されることなど無いでしょう?」


 俺は首を横に振った。サリィちゃんには大事な予定があるのだ。


「いいえ、サリィちゃんは大事な用事があります。――彼女は来月、村長の息子のダン君と結婚するのです。ですから、勇者様に選ばれている暇などありません」


 女神様は一瞬ポカンとしたあと、クラっとして倒れそうになった。なんとか踏みとどまると、呆れ果てた様子で額に手を当てた。


「勇者任命は世界の命運を左右する出来事ですよ? 結婚は確かに大事ですが、個人の事情と天秤に掛けられる話ではありません。当たり前のことでしょう?」

「いえいえ、そうは思いません。個人の幸せは、時に世界平和より大事です」


 どうせ夢だ、好き勝手言っても良いだろう。


「それに、村長は結納として羊30頭を準備しています。いまさら破談にはできません。さらに、サリィちゃんとダン君は幼馴染で、小さい頃から結婚を約束していた仲です。愛し合う二人を引き離すなんて、とんでもない!」


 ついでに言えば、二人の結婚式により、ウチの教会にもお布施としてそれなりのお金が入ってくるのだ。そういった意味でも中止は困る。


「若い二人はこれから手を取り合い、村の将来を――」

「もう結構です」


 俺が二人の結婚がいかに重要かを力説していると、女神様が力無く手を前に突き出して俺の言葉を遮った。ずいぶんと草臥れた様子だ。


「あなたには何を言っても無駄なようですね。ですが、全てはもう決まったこと。――どうせ、まだこれが夢だと思っているのでしょう? ならば、せいぜい明日になってから慌てなさい。サリィが勇者になったと知って、あなたが心底仰天する顔が楽しみです」


 女神様はシッシッと手で追い払うような仕草を俺にした。


「とっとと目覚めなさい。もうあなたに話すことはありません。私はこれから、サリィにけしかける特別製の魔物を準備しないといけないのです」


 急に頭がボンヤリとしてきた。眠りに落ちるような不思議な感覚で、心地良さを感じる。

 身体に力が入らず、崩れ落ちるように横たわってしまう。

 

「まったくもう、女神である私の命令を聞かないなんて、あなたは本当に神父ですか。仮にも“神のしもべ”でしょう? であれば、口先だけではなく――」


 女神様はグチグチと俺を詰ってくる。聞き流して寝ても良いのだが、しかし何故か、最後にこれだけは尋ねる必要がある気がした。


「女神様……村……に……魔物が……現れる……ので……す……か?」


 容赦なく意識を刈り取ろうとしてくる眠気に耐え、口から言葉を絞り出す。

 女神様は「ええ」と頷き、あっけらかんと答えてくれた。


「明日、サリィは羊の放牧中に魔物に襲われ、それを退治することで【祝福ブレス】に目覚めます。ですが安心してください。狙うのは日中、サリィが一人でいる時です。彼女は毎日同じ仕事をしているので、昼前に放牧場へ魔物が現れるようにしましょう。朝、放牧場の裏山から魔物を放すように部下へ指示を出します。これなら村人に危険はありません」


 もう言葉一つ話せないし、瞼も閉じているが、必死に意識を繋ぎ止める。自分でも、何でこんなに頑張っているのか分からないが、ものすごい嫌な予感がするのだ。

 女神様は、俺の返事が無いことなど気にもせず、調子良くペラペラと喋ってくれる。


「戦闘経験の無い彼女でも倒せるような貧弱な魔物を用意しなければ……。さて、何が良いでしょうか? ネズミ……いや、ウサギ型の魔物にしましょう。子供でも殺せるように、身体能力は普通のウサギ以下にしておけば確実ですね。あとは魔物に、彼女本来の【祝福ブレス】を上書きして、《聖剣》の【祝福ブレス】にする能力を仕込んで――カイン、もう眠りましたか? ……はぁ、本当に度し難い男でした。もう二度と会話をすることもないでしょう」


 頭上からパンっと手を叩く音がした。それと同時に身体の感覚がどんどん無くなっていく。

 まどろみに沈んでいく中、微かに女神様の声が聞こえた。


「世界を救うために身を粉にして戦いなさい。あなたの武運は祈ってあげませんが、最終的な勝利だけはわたしが保証してあげますよ」


 俺の意識はそこで落ちた。




 夜明け前、けたたましい鶏の鳴き声が村中に響き渡る。

 その声で俺は目を覚まし、ベッドの上で上体を起こすと、キョロキョロとあたりを見回した。

 当たり前のことだが、ここは雲の上などではなく、何の変哲もない俺の自室だ。薄暗くてよく見えないが間違いないだろう。


「変な夢だったな……」


 思わず独り言を呟いてしまった。無理もない、夢とは思えないほど現実的だったのだ。


(バカバカしい内容だったし、気にするようなことではないか? ……とりあえず顔を洗って、朝の礼拝の準備をしないと)


 そう考え、ベッドから降りると同時に、部屋のドアがコンコンとノックされた。


「兄さん、起きてますか?」

「ああ、起きているよ」


 ドアの外から女性の柔らかな声が聞こえてきた。俺にとって何より大事な“彼女”の声だ。

 ガチャリとドアを開け、シスター服を着た、顔立ちの整った少女が入ってくる。サラサラのライトブラウンの髪を肩の高さで切り揃え、淡褐色の瞳をした、知的で真面目な、やもすると冷たい性格であると他人に思われるような容姿の女性である。

 

「おはようございます、兄さん。さっさと身支度を済ませてください。面倒くさい朝の礼拝をちゃちゃっと終わらせて、一緒に朝食を食べましょう。私、お腹が空きました」


 ……まぁ実際は、見た目とは裏腹に、四角四面とは真逆の性格であるのだが……。

 なお、俺は「兄さん」と呼ばれているが、少し訳ありで、彼女とは血のつながった実の兄妹ではない。

 彼女――ノエルは3つ年下の義理の妹だ。ノエルは幼い頃に両親を事故で亡くし、行く当てがないので、家族ぐるみで仲の良かった俺の両親が養子として引き取ったのだ。

 以来、ノエルとは兄妹として育った。そして、今は恋人として、この教会で生活を共にしている。


「? どうかしましたか? ぼーっと黙って私の顔を見て。そんなに私が綺麗ですか? それとも体調でも優れないのですか?」


 ジッとノエルの顔を見つめていたら、心配そうに尋ねられてしまった。いかんいかん、まだ少し夢うつつだったようだ。


「あ、ああ、ごめんノエル。ちょっと寝ぼけてたみたいだ。変な夢を見たせいで頭がハッキリしなくて……。すぐに顔を洗って目を覚ますよ。あっ、ノエルは今日も綺麗だよ」

「ありがとうございます。兄さんも寝ぼけ眼がキュートですよ。――それにしても変な夢ですか……どんな夢ですか?」


 ノエルが訝しげに俺の顔を見上げてきたので、彼女の頭に手を添え、髪を梳くように優しく撫でた。気持ち良いのか、ノエルの目が細まった。


「実は、恥ずかしいくらいに子供っぽい夢を見たんだ。何と女神様が現れて、俺に――」


 俺はノエルを安心させるように、軽い口調で夢の内容を語った。

 しかし、話を聞き終わったノエルは、何やら難しい顔をしている。どうやら気になることがあるようだ。


「う〜ん、確かに可愛らしい夢ですけど、やっぱり気になります」

「何が? もしかして、本当に女神様のお告げだったなんて言わないよね?」


 ノエルは俺の言葉を、それは無いとばかりに鼻で笑って、顔の前でブンブンと勢いよく手を振って否定した。


「まさか! サリィちゃんが勇者様に選ばれるのはともかく、兄さんみたいな破戒僧が勇者様のお仲間である訳が無いじゃないですか! 子供たちの夢が台無しになりますよ」


 自分でもそう思う。外面は取り繕ってはいるけど、中身はコレだからなぁ。

 もっとも、ノエルも似たようなものだが。


「私が気になっているのは別の箇所です。『村に弱い魔物が現れる』、兄さんはさっきそう言いました。兄さん……寝ている間に無意識で【祝福ブレス】を発動していたりしませんか?」

「寝ている間に? そんなことは一度も無かったけどなぁ」


 ノエルだけは俺が加護者だと知っている。もちろん、俺の【祝福ブレス】についても詳細に知っていた。

 ここだけの話、実はノエルも国に無申告の加護者だ。ノエルの【祝福ブレス】は非常に有用かつ、悪用すれば危険な能力なので、発覚すれば俺以上に自由が無くなる。

 俺たち兄妹はこの安穏とした生活を続けるため、世間に【祝福ブレス】のことを秘密にしているのである。


「万が一ということもあります。念のために確認してみたらどうですか?」

「うん、ノエルが気になるのなら確かめてみようか」


 俺は目を閉じて意識を集中し、自分の【祝福ブレス】――《予知》を発動させようとした。

 この《予知》は“一か月に一度だけ正確な未来を見ることができる能力”である。もっと詳しく言うと、“一か月に一度は正確な未来を見えて、それ以外はあやふやな未来が見える能力”である。

 《予知》を使うだけなら何度でもできるのだが、一度正確な未来を見ると、それから一か月が経つまでは正答率が著しく下がり、不確かな未来しか見えなくなってしまうのだ。

 そして何より危険なのが、この《予知》で見た未来は変えられるのだ。このことが国にバレたら、俺は間違いなく捕らえ、死ぬまで国のために能力を使い続けさせられるだろう。


「この前《予知》を使ったのが2ヶ月前。……この感じだと、それ以来《予知》は発動してないね」


 どれくらい正確な未来予知ができるかは感覚的になんとなく分かる。今なら100%確実な未来が見えるはずだ。

 

「これで寝ている間に《予知》を使っていないことが分かったけど、一応、未来を見てみようか」

「それが良いと思います」

「さてさて、本当に今日、村に魔物が現れるのかな?」


 俺は《予知》を発動し、未来を垣間見た。脳裏に雷のような速さで未来の光景が流れる。

 未来を見終わり、俺は目を開けた。ノエルが興味深そうに俺を見ている。


「どうでしたか?」


 俺は強ばった笑みを浮かべた。


「ヤバい、マジで魔物が放牧場に出た。ウサギっぽい魔物をサリィちゃんが蹴っ飛ばしたら、一撃でコロッと死んで、サリィちゃんが【祝福ブレス】に目覚めるのが見えた」

「大変じゃないですか!?」

「なんか、凄くピカピカした剣を取り出してた。いかにも《聖剣》って感じのヤツ……」

「……」


 ノエルが口をあんぐりと開けて驚いた。俺も同じ気持ちだ。……どうしよう、()()って本物の女神様だったりしたのだろうか?

 何にせよ、これは看過できない。俺たちは深刻な表情で顔を突き合わせた。

 ノエルはアタフタと慌てている。


「兄さん、マズイですよ! このままサリィちゃんが勇者様になったら……」

「ああ、ダン君と結婚できなくなってしまう。結婚が決まってから、二人ともずっと幸せそうだったのに、あんまりだ」

「それに、ウチに入ってくる予定のお布施もパァです! あのお金で教会の修繕をしたかったのに!」

「……礼拝堂の扉もだいぶガタがきているからなぁ」


 少し話がずれた。俺はこほんと一つ咳払いをして話を戻す。


「……サリィちゃんは勇者様になんかなりたくないだろうな……」


 俺が呟いた言葉に、ノエルは俯いてしまった。


「……サリィちゃんはダンさんと夫婦になることが夢だと言ってました。望んでもいないのに、強力な【祝福ブレス】を押し付けられるなんて悲劇です。……少なくとも、私はそう思います。こんな力なんて、兄さんとの生活には必要ありませんでした……」

「……俺もそう思うよ」


 俺たちは【祝福ブレス】を得て、要らぬ苦労をさせられている。サリィちゃんのことは他人事には思えなかった。


「……未来を変えちまうか?」

「いいんですか? 世界の命運がかかっているのでは? それに、未来を変えれるんですか? 女神様が関わっているんでしょう?」

「んー、《予知》で見た感じ、かなり大雑把な計画だったから、楽に介入できると思う。あと、未来を変えないと、俺がサリィちゃんの仲間として旅に着いていく羽目になるかもだし……」


 ノエルがハッとした顔つきになる。


「それはダメですッ! やりましょう、兄さん! 世界平和より、私たちの幸せですッ!」


 良かった、ノエルも賛成してくれたようだ。

 さて、俺も腹をくくろう。女神様には悪いが、今回は勇者からお供まで、何もかもが人選ミスだ。このまま黙って“使命”とやらを受け入れる訳にはいかない。

 

「よしっ、そうと決まれば早速作戦を立てよう。時間は少ししかないぞ」

「はい、今日は朝の礼拝は無しです! 面倒ごとを持ち込んだ女神様になんて、祈ってあげませんッ!」


 ノエルの目が据わっている。相当腹を立てているみたいだ。


(ノエルは昔から怒らせると怖いからなぁ)


 余計なことを考えてしまった。今はサリィちゃんのことに集中しないと。

 俺は大急ぎで服を着替えながら、ノエルと作戦を練るのであった。




 その日の夜、俺とノエルは晴れ晴れとした気持ちで教会の戸締りをしていた。

 俺たちが急拵えで立てた、「サリィちゃんの勇者任命阻止作戦」は大成功。……作戦などと大層なこと言っても、考える時間が無かったので、サリィちゃんの代役を放牧場に用意するという大雑把でお粗末なものだが……。

 とはいえ成功は成功。サリィちゃんは勇者にならなかった、ただそれだけが大事なのだ。


(しかし、サリィちゃんが放牧場にいなくても魔物が現れるなんて、向こうもいい加減だなぁ……)


 夢の中の話では、女神様の部下が裏山から魔物を放すと言っていた気がする。その部下……天使様かな? ともかく、その部下の雑な仕事に救われた。

 本当にありがたい話だ。夜の礼拝で、思わず部下のかたに感謝の祈りを捧げてしまうくらい助かった。


「兄さん、窓は全部鍵を閉めました」


 ノエルが教会をぐるっと一回りして窓を閉めてくれた。

 ノール村のような、他所者が滅多に来ないど田舎に泥棒が出るなんて聞いたことが無いが、用心は大切だ。こじんまりとしたボロ教会とはいえ、他の民家よりかはお金があるのだから。

 それに、ノエルみたいな若くて可愛い女の子もいることだしな。万が一があってからだと遅いのだ。


「火の始末もしたし、あとは礼拝堂を閉めるだけだな」

「そうですね」


 外はすっかり日が暮れている。屋内を照らすのは、俺とノエルが持っている手燭の灯りだけだ。

 俺たちは炎を重ねるように、連れだって廊下を歩き、礼拝堂へと向かった。

 ウチの教会は生活スペースと礼拝堂裏手が渡り廊下で繋がっている。戸締りは、礼拝堂正面に内鍵をかけ、渡り廊下側の扉を外鍵で閉じれば終わりだ。

 俺たちは灯りを頼りに裏手から礼拝堂に入った。夜の礼拝堂には誰もいない。静かで、神聖さよりも不気味さを感じさせる空間だ。まあ、何年も坊主をやっているので、今更怖いも何もないが。

 俺が正面の内鍵を閉めようとすると、外から扉がドンドンドンッと力強くノックされ、


「たのもーーーぅ!!」


 と大声で来意を告げてきた。聞いた感じ、おそらく女性であろう。

 ずいぶんと余裕の無い声だ。火急の用事なのか?


「こんな夜更けに一体誰だ?」

「村のどなたかがお亡くなりになったのかもしれませんね」

「多分そうだな」


 ノエルの言う通りだろう。夜、村人が教会を訪ねてきたら、大半は葬式の依頼だ。

 そうとなれば、いつまでも外で待たせるのは可哀想だ。早いところ中へ入れてあげなければ。


「はーい、今、開けまーす」


 バンッ!


 俺が返事をして扉を開けに行こうとしたら、外の女性が勢いよく扉を押し開けた。やめてくれ、ボロくなってきた蝶番が悲鳴をあげているぞ。


「ちょっと、お嬢さん!? どうしたんですか、落ち着いてください!」


 外にいたのは村人ではなく、見知らぬ若い少女だった。俺よりは若く見える。15〜17というところか? 少なくとも成人はしていそうだ。

 薄暗くてよく見えないが、プラチナブロンドの髪に琥珀色の瞳、幼さを残した凛々しい顔つきは、彼女が将来、絶世の美女となることを予見させた。

 着ている服は仕立ての良い清楚なワンピースだ。ぱっと見、生地も上等そうである。こんな服を着ているということは、お金持ちのお嬢さんのようだ。


「これが落ち着いていられますかッ!」


 ……いきなり怒鳴られた。

 少女は、その綺麗な顔を怒りに歪め、目を吊り上げて俺を睨みつけてきた。その声には憎悪がこもっており、背筋が凍るような威圧感を放っている。


(あれ? この子、最近どこかで見たような? 声も聞き覚えがある? それに、なんか俺のことを親の仇みたいに睨んでいるような?)


 妙な既視感を感じたが、俺はこんな美少女とは面識が無いし、ましてや、こんなに憎まれる覚えも無い。恨まれているように感じたのは、きっと気のせいだろう。

 そんな事を考えていると、少女は無遠慮に俺のことを指差してきた。失礼な娘である。


「あなたの愚行で、どれほど私が迷惑を被ったと思っているんですか! それを、『落ち着け』ですって? ふざけるのも大概にしなさい!」


「はい?」


 まったく見に覚えが無い。俺は「女性に優しく」がモットーの紳士だぞ?

 それに、これまでの人生はそれなりに品行方正に生きてきた。この少女に“愚行”と言われるような事はしていない筈だ。

 まず間違いなく人違いだろうが、相手は(たぶん)お金持ちだし、とりあえず丁寧に応対しよう。


「あの……どこかでお会いしたことがあるでしょうか? 私はカインと申しまして、この教会を管理している神父です。失礼ですが、お嬢さんは私のことをどなたかとお間違えでは?」

「何ですってッ!!」


 少女が怒声を上げ、柳眉を逆立ててツカツカと近づいてきた。かなり怖い。


「私に対してあの様な振る舞いをした挙げ句、あんな事までしておいて、言うことがソレですか! 私のことなど知らない? ふざけないでくださいッ!」

「なっ!?」


 この女、何てことを言うんだ! まるで、俺が彼女に乱暴を働いたみたいじゃないか。

 ノエルが底冷えするような目でギロッと睨んできた。


『どういう事ですか、兄さんッ! まさか浮気ッ!?』


 頭の中にノエルの声が響き、彼女の不安と困惑が伝わってきた。

 これがノエルの【祝福ブレス】――《念話》だ。

 《念話》は他人と心の中で会話ができるようになる能力だ。どれほど距離が離れていても言葉を送ることができるので、手紙より速くて正確な、非常に有用な【祝福ブレス】である。

 ただし、《念話》にはデメリットがある。言葉と共にその時の感情が相手に伝わってしまうのだ。

 だからさっきもノエルの心痛がヒシヒシと伝わってきた。早く誤解を解かなければ。


『落ち着け、俺がそんな事をする訳が無いだろう?』

『……どうやら本当みたいですね。ごめんなさい、取り乱しました』


 良かった、分かってくれた。ノエルの《念話》は嘘がつけなくなるが、こうして本心が伝わるから、こういう時は助かる。

 俺の方にも、ノエルが心底安堵した感情が伝わってきた。

 

『では、この人は一体誰なんでしょう?』

『分からん。初対面の……はず?』

『どこかで見たことがある気がするのですね? 実は、私もそんな気がするのです』


 俺たちが(はたから見たら無言で)悩んでいると、少女がイライラした様子で、


「まだ分かりませんか! ならば、これならどうですか?」


 と怒鳴り、パンッと手を叩いた。

 すると、みるみるうちに少女の髪と瞳の色が変わり、ワンピースが貫頭衣へと変化した。


「「あーーーっ!」」


 俺とノエルは揃って少女を指差した。

 銀の髪と金の瞳をもつ女神、シュール・エアラ様がそこにいた。夢で見た姿より少しだけ若いが、間違いなく女神様だ。


「な、何故、こんな所に女神様が……」

「天上におわす女神様が下界に!? そんな話、聞いたことがありません!?」


 女神様は苛立たしげにフンっと鼻を鳴らした。


「確かに、私がこの世界に降り立つのは初めてです。カイン、あなたに一言文句を言うため、わざわざ受肉をしてまで現世に降臨したのですよ。さあ、私が誰か分かったのなら、今すぐこうべを垂れなさい」


 人生最大のピンチかもしれない。

 まさか女神様が直々に怒鳴り込んでくるなんて……。

 シュール・エアラ様御降臨なんて、奇跡として聖書に書き加えられるレベルだぞ? それなのに、理由が俺に文句を言うためだなんて、そんなの有りかよ……。

 ……あれこれと嘆いていてもしょうがない。とりあえず、言われた通りに跪こう。


「きゃっ」


 突然、ノエルが悲鳴を上げ、頭を押さえた。


「ノエル!」


 俺は慌ててノエルに駆け寄って肩を抱く。

 外傷は無いみたいだが、どうしたのだろうか?


「大丈夫か?」

「はい、大丈夫です。【祝福ブレス】が弾かれるなんて……ッ」


 女神様に《念話》を試みたのか! 思考を盗み聞きしようとしたのだろうが、肝が据わっているというか、怖いもの知らずというか……。

 

「ふーん」


 女神様が呆れた目でノエルを見つめる。


「あなたは……カインの妹のノエルですね。《念話》の加護者ですか。まったく……、そんなものが神である私に通じる筈がないじゃないですか」


 女神様は深々とため息をついた。


「はぁ〜、兄妹揃って不遜な態度。本当に困った人たちです。ほらっ、無駄な抵抗などしてないで、さっさと跪きなさいっ!」

「「はい、女神様。誠に申し訳ございませんでした……」」


 俺とノエルは戦々恐々としながら床に跪くのであった。




 俺とノエルは、カンカンに怒っている女神様の御前に、殊勝な態度で床に跪いていた。両足に冷たくて硬い木の感触が伝わってくる。


「あなたたちのせいで私の計画がめちゃくちゃです。どれほど大変な事をしでかしたか、分からないでしょうね。いいですか? 数千年分の予定がパァになったのですよ? どう責任を取ってくれるのですかッ!」

「「……すみませんでした」」


 俺たちはひたすら謝るしかない。やってしまった事は、もうどうしようも無いのだ。


「こんなに頭を抱えるような目に遭ったのは初めてです。勇者誕生を見届けようと時間ピッタリに放牧場を覗けば、何故かサリィの弟が魔物を倒しているし、サリィはサリィで何故かこの教会で結婚式の打ち合わせをしているしで、もう、大混乱でした。カイン、あなたの神をも畏れぬ、聖職者にあるまじき人間性を甘く見ていました。……今日ほど主義を曲げて、時間を巻き戻したいと思ったことはありません」


 女神様直々に聖職者失格を言い渡されてしまった。自覚はあるが、結構ショックだ……。


「大変不本意ですが、今代の勇者はサリィの弟、テッドに決まりました。《聖剣》の【祝福ブレス】がある以上、それは覆りません。彼には勇者として魔王討伐に赴いてもらいます」


 テッド君は12歳の活発な男の子だ。まあまあルックスが整っている子で、性格にいささか難がある悪ガキだが、根っからの悪人ではない……筈だ。少なくとも、勇者の立場を利用して悪さをするような子じゃない……と信じている。

 今回、サリィちゃんを放牧場から引き離すために、急遽、彼女とアルト夫妻を教会へと呼び出し、テッド君に代わりに羊の放牧に行ってもらったのだ。


「しかし、子供に勇者の使命を押し付けるなんて、あなたたちは悪魔ですか? けっして楽な旅ではないのですよ。他に候補はいなかったのですか?」


 女神様が蔑むような視線を俺たちをぶつけてくる。

 確かに非道いことをしたとは思うが、本人の意思的にも、放牧場へ誘導の容易さ的にも、テッド君が一番適任だったのだ。

 そこのところを説明するため、ソロソロと手を挙げ、女神様に発言権を求めた。


「申し開きがあるのですか? いいでしょう、言ってみなさい」


 女神様がクイッと顎をしゃくる。


「はい、説明いたします。え〜、テッド君に勇者の使命を押し付けた理由なのですが……。正直、テッド君より暇な男がいません」

「……はい?」


 女神様はポカンとした表情で首を傾げた。


「村の若い成人男性は全員が手に職を持っていますし、ほとんどが結婚していて家庭があります。さらに、未成年の男の子も親の手伝いや、将来のためにどこかに雇われて働いてます。その点、テッド君は違います。テッド君はこの村で働く気がありません。今日、サリィちゃんの代わりに羊の面倒を見るのだって、俺……失礼、私が必死に説得して代わってもらいました」


 いちおう、テッド君の他にも、似たような男たちはいるのだが、揃いも揃って素行不良のチンピラばかりだ。黙っていても村に居場所が無くなり、いつのまにか他所の土地に消えてしまうような奴らを勇者様にするのは、さすがに不味いだろう。

 ……テッド君も()()性格だから、近い内にそうなりそうだったんだけどな……。

 ともかく、俺としては精いっぱい人選に気を使ったのだが、女神様はお気に召さなかったらしい。


「ただのロクデナシじゃないですか……」


 女神様は悲嘆に暮れた様子で天を仰いでいた。

 このままテッド君に失望されたらマズイ。なんとしてもテッド君に勇者様になってもらわないと困るのだ。

 何かテッド君の良いところをアピールしないと。……彼に何か褒めるところがあったかな?


「ま、待ってください女神様! 彼にも美点があります! えっと……そうだ! テッド君は村で一番、都会への憧れが強い子なんです! 彼は『都会に出て、ビッグな男になる』ことが夢だと言っていました! ほらっ、勇者様にピッタリ!」

「だ・か・ら、それがロクデナシだと言っているのですッ! というか、あなた、ワザと言っているでしょう! そんなに私の神経を逆撫でしたいのですかッ!」


 ついに女神様が激昂した。

 いや〜、俺も無理があるなぁ、とは思っていたが、やはりダメだったか。


「あ〜〜〜っ、もうっ! あなたと話しているとイライラします! 今すぐ神罰を下して、地獄のような苦しみを味合わせてあげましょうか? ケガのことは心配無用、ちゃんと五体満足に戻してあげますよ。――心はどうなるか分かりませんが」

「お、お許しをっ」


 若くして廃人にはなりたくない。ノエルに迷惑がかかってしまう。

 余計なことは言わないで、もう黙っていた方が良さそうだ。


「だいたい、あなたたち兄妹は事の重大さを理解していません。いいですか? そもそも勇者とは――」


 それから俺たちは長時間に渡り、クドクドと女神様に説教をされた。

 見方を変えれば、勇者の使命の重要性について女神様が直々にご教授して下さったという、大変ありがたい出来事だったのだが、俺には興味が無いことだったので、苦痛でしかなかった。

 メッチャ足が痛い……。

 それはともかく、女神様は一通り俺たちを叱ったことで落ち着いたようだ。


「ふぅ、言い足りないですが、ここまでにしておきますか。私もテッドに神託を下さなければなりません。――さて、カイン、あなたには当初の予定通りに魔王討伐の旅に出てもらいます。ああ、テッドにもあなたをお供にするように伝えますからね、逃げられませんよ。……分かっているでしょうが、拒否することは許しません。下手な事も考えないように」

「「ははぁー」」

 

 俺とノエルは床に額をつけて女神様を伏し拝んだ。


「カイン、魔王討伐は長い旅になります。しばらくはこの村にも帰ってこれないでしょう。今のうちにノエルと別れの挨拶をしておきなさい。――私もこれで去ります。さようなら、二度と会うことはないでしょう」


 そう言うと、女神様はフッと姿を消した。

 ……これが神の御技か、凄いものを見た。




「……帰りましたね。……足が痛いです」

「俺もだ」


 俺たちはひいこら言いながら立ち上がった。足がガクガクする。


「まさか女神様が御降臨なさるなんて、考えもしませんでした……」

「しかも、俺たちに説教するためにな」

「こんなに叱られたのは修道院時代以来です。……あそこの寮監のババアはひたすら怒鳴り声で罵倒してくるので、もっと鬱陶しかったですが」

「苦労したんだな。――とりあえず、礼拝堂ここを出るか」

「そうですね。蝋燭も短くなりましたし、消える前に戻りましょう」


 俺たちは鍵を閉めて、居住スペースに戻った。

 そのまま俺たちはリビングに入り、テーブルの上の燭台に火を灯し、並んでソファーに腰掛けた。


「でも良かったな、テッド君が勇者に認められて」

「ええ、それが一番の問題でしたからね」


 そう、それが俺たちの計画の肝だった。

 女神様には説明しなかったが、テッド君でなくてはならない重大な理由があるのだ。

 テッド君なら、俺たちが期待した通りの行動をしてくれる筈だ。


「……大丈夫ですよね? 兄さんは旅になんか出ませんよね?」


 ノエルが不安そうに抱きついてきた。俺は彼女の背中に手を回し、優しくそっと抱き締める。


「大丈夫だ。テッド君を信じよう」

「はい、信じます。()()()()()()()()()()()()()


 蝋燭の灯りがジジッと音を立てた。


「……そろそろ休むか。明日は大変そうだ」

「フフッ、なにせ勇者様が誕生しましたからね」

「ああ、今のところ、村のみんなはテッド君が剣を出せる【祝福ギフト】に目覚めたとしか思ってないが、夢に女神様が出てきたらそうはいかないだろう。女神様は教皇猊下にも話をしているみたいだし、近いうちに国から迎えも来るだろうな」

「大騒ぎになりますね。……村長がひっくり返らないかしら?」

「返るかもな。――さあ、寝よう。おやすみ、ノエル」

「おやすみなさい、兄さん。いい夢を」

「そうだな、今夜はいい夢を見たいもんだ」


 俺たちはクスクス笑い、口づけを交わして、それぞれの寝室で眠りについた。

 夢の中に女神様は現れなかった。




 鶏の鳴き声が聞こえ、俺は目を覚ました。昨日とは比べものにならないくらい清々しい朝――と言いたいが、何やら教会の中が騒がしい。

 ドタドタと誰かが走る音がするし、ノエルの叫び声まで聴こえてきた。

 俺が、すわ一大事とベッドから飛び起きようとした瞬間、寝室のドアがバタンッと大きな音を立てながら開けられた。


「カイーーーンッ! よくもやってくれましたねッ!」


 部屋に髪を逆立てた女神様が怒鳴り込んできた。必死に食い止めようとしてくれたのだろう、女神様の後ろでアタフタしているノエルが見えた。

 女神様は昨日と同じワンピース姿だ。髪も輝いていない。


「よくも、よくも、よくもーッ!」


 女神様は肩を怒らせて俺に近づき、ベッドに飛び乗って俺に跨ると、鬼気迫る形相で胸ぐらを掴んできた。

 なにこれ、超怖い、命の危険を感じる!


「ひぃ、め、女神様、おはようございます。ど、どうか御心をお鎮め――」

「鎮められますかーーーっ! これを、どうやって、鎮めろと言うのですかーーーっ!」


 女神様が怒りに任せて、ガクガクと激しく俺の胸を揺さぶってきた。

 あっ、やばい、目が回る、意識が……。


「カインも、ノエルも、テッドも、どいつもこいつもーーーっ!」

「女神様、女神様、おやめください!? 兄さんが気絶してます! ちょっと、女神様、聴こえておられますか!? お願いです、やめてください!?」

「このロクデナシどもーーーっ!!」


 目覚めて早々、俺は意識を失ったのだった。




 俺とノエルは居間の床に跪いている。

 女神様はソファーに座り、腕を組んで俺たちを見下ろしていた。青筋こそ立てているが、先程のような興奮は収まったらしい。口調も、恐ろしく冷たいだけで、激しいものではなかった。


「……史上最低の勇者です。カイン、ノエル、あなたたちのせいですよ」

「えっと……テッド君はそこまでの事をしましたか?」


 女神様をここまで怒らせるとは……。

 だいたい予想はつくが、あの子は一体何をしたんだろう?

 女神様は眉間に皺を寄せ、忌々しそうに口を開いた。


「あなたの時と同じように、テッドを夢の世界に招きました。私が彼の前に姿を現すと――彼はいきなり私の服の裾を捲り上げようとしてきました」

「うわぁ……」


 スカート捲りのつもりだろうか? 初っ端からやらかすなぁ。夢の中とはいえ、立派に性犯罪だ。

 ノエルも信じられないという顔でドン引きしているぞ。


「私は身をひるがえして彼の手をかわし、やめるように言いましたが、彼は私の言葉を聞こうともせず、次は胸を触ろうとしてきました……。何を言っても無駄だと悟った私は、鎖で彼を縛り上げました。……こんな目にあったのは初めてです」

「その……テッド君は夢だと思っていたのでしょうね。私みたいな紳士はともかく、女神様みたいな美女が思春期男子の夢に出てくれば、若い欲望が暴走するのも無理ありま……いえ、その、スミマセン、睨まないでください」


 ノエルにまで睨まれてしまった。ノエルだって、こうなる事は予想していただろうに……。

 そう、テッド君は人一倍異性に興味深々な男の子なのだ。

 スカート捲り、痴漢、水浴び覗き、彼が色気付いてから行ったセクハラ行為は枚挙にいとまがない。

 村でもたびたび問題になるが、まだ未成年なので、ギリギリ、エロガキとして大目に見られているのである。


「さて、一番の問題はここからです」


 女神様の目つきがさらに鋭くなった。声もどんどん冷え切っていく。


「私はテッドに勇者の使命を伝え、カインを供にして魔王討伐に赴くよう神命を下しました。そう、私の、神の命令です。それなのにあの子供は、あろうことか私の命令を拒絶しました。何と言ったか想像できますか? 『魔王討伐には行くけど、カインの兄貴は連れて行かない。俺はハーレムパーティの勇者になるんだ』、だそうですよ? ふざけるな、と思いませんか?」


 心なしか空気が重く感じる。俺とノエルはダラダラと冷や汗を流した。


「あ、あはは、テッド君も男の子だなぁ」

「そ、そうですね。性欲しか頭にないのでしょうか? ほんと、困った子です」


 バンッ!


 女神様がテーブルを力強く叩いた。


「「ひっ……」」


 思わずビクッと飛び跳ねてしまう。

 女神様は俺たちを蔑むように見下ろし、


「カイン、ノエル、あなたたちはこうなると予想してテッドに勇者の任を押し付けましたね」


 と憎悪を込めて言った。

 俺とノエルは恐怖に耐えかね、バッと顔を背けてしまった。


「……やはりですか。……山ほど言いたいことがありますが、先に結論を伝えましょう。私もテッドを翻意させるため、健康に害を残さない範囲であの手この手を尽くしましたが、彼の意志は曲げられませんでした。パーティ内の不和は、魔王討伐に深刻な悪影響を及ぼします。よって、非常に腹立たしいですが、カイン、あなたを勇者の供とすることを諦めます」


 俺は内心でホッとした。これで旅に出なくて済む。

 隣のノエルからも安堵している雰囲気が伝わってきた。【祝福ギフト】なんかなくても、これくらいは感じることができる。


(良くやったぞ、テッド君! 俺は信じていた! さすがは、『都会に出て、沢山の美女を侍らすビッグな男になる』のが夢と言っていただけはある!)


 小躍りしたいくらいだが、まだ女神様の御前だ、神妙にしなくては。

 俯いて笑いを噛み殺していると、頭上から女神様の苛立たしげな声が聴こえてきた。


「ですが、このまま、あなたたち兄妹がのほほんと暮らし続けることは許しません。こんな事になった責任を取ってもらわなければ、私の怒りが収まらないのです」

「「へっ!?」」


 顔を上げると、女神様は意地悪そうに嗤っていた。


「カイン、ノエル、あなたたちには勇者を補佐することを命じます。《予知》と《念話》の【祝福ブレス】ならば、この村から出なくても勇者に助言できるでしょう? それと、助言以外にも、諸々のトラブルが起きたら、あなたたちにも解決の手伝いをしてもらいます」

「「そんなっ、女神様!?」」

「今度こそ拒否は許しません! これは贖罪です! しかも、あなたたちに最大限譲歩した上での、です! 神罰を受けたくなかったら、大人しく命令に従いなさい」


 女神様の目がマジだ。これを拒否したら、どんな目に遭わされるかわかったものではない。

 チラッと横を見ると、ノエルと目が合った。


「兄さん、やるしかなさそう……」

「だな……」


 俺たちはコクリと頷き、床に額をつけた。


「「謹んで拝命いたします」」

「よろしい!」


 女神様は上機嫌になったようだ。声が一転して明るくなった。


「では、私もここで暮らしますので、部屋を用意しなさい。広さは問いませんが、日当たりの良い部屋が望ましいです」

「「……は? 今、何とおっしゃいましたか?」」


 とんでもない幻聴が聞こえた気がする。いや、幻聴でないとしたら、嘘か冗談だろう。そうであって欲しい。

 一縷の望みをかけ、女神様を見上げた。だが、俺の希望はすぐさま打ち砕かれた。


「ここに住む、と言ったのです。あなたたちは目離しできません。きちんと役目を果たせるよう、この私自ら監視してあげるのです。自分たちが聖職者だと言うのなら、泣いて喜びなさい」

 

 ……最悪だ、俺とノエルの二人っきりの生活が……。

 ノエルも同じ気持ちなのだろう、おずおずと手を挙げて、控えめに女神様へと抗議していた。


「えっと……女神様のお気持ちは大変ありがたいのですが、なにぶん古くて寂れた小さな教会ですので、女神様に相応しいとは……」

「それを言ったら、この地上の何処にもわたしに見合う建物など有りませんから、どの建物を選んでも不合格になってしまうじゃありませんか。それに、そもそも教会は“神の家”、つまり“私の家”です。分かったら、つべこべ言ってないで、早く部屋を準備しなさい。今日から忙しくなるのですよ」

「うぅ……、かしこまりました……」


 ノエルは諦めて、すごすごと引き下がった。

 ちくしょう、この女神様、俺たちのしょげた顔を見て溜飲を下げてやがる。ニヤニヤ笑いやがって、なんて性格の悪い女神様だ!


「ああ、それと、もう一つ言うことがありました」


 女神様はポンと手を叩いた。


「私のことを“シュール・エアラ”ですとか、“女神”などと呼んでいるのを他人に聞かれると面倒でしょう? ですから、私のことは“アルシエ”と呼びなさい」

「アルシエ……様……ですか?」

「はい、そうです!」


 俺がアルシエ様と呼ぶと、何故か女神様はとても嬉しそうに微笑んだ。

 思わず見惚れてしまうほどの輝くような笑顔だった。


「ちょっと、兄さん?」


 はっ! いかんいかん、ノエルの目の前だ!


「フフッ、あなたたちは本当に仲が良いのですね」


 女神……いや、アルシエ様がクスクスと笑い、ノエルは恥ずかしそうにそっぽを向いた。

 アルシエ様はひとしきり笑うと、キリッと表情を引き締めた。


「さて、カイン、ノエル、これからよろしくお願いしますね。今度こそ、誠心誠意、役目を果たしてください」

「「はい、アルシエ様!」」


 こうして、アルシエ様が加わり、俺の新しい生活が始まったのだった。

 『ロクデナシ神父と女神様』というタイトルで連載を始めました。


 https://ncode.syosetu.com/n5342ha/


 第6話まではこの短編と同様の内容ですが、各話の後書き部分に補足として用語解説を挿入しております。

 暇つぶしにでもご一読いただければ幸いです。

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