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#6

「何だぁ」



遠くのほうから、重い音がする。機械のぶつかり合う音。独特のオイルの匂い。


そして小さな光。手前には建物の影らしき物が見える。そうは言っても、また廃墟かも知れない。形は残っていても誰も居ないかも知れない。でも、気持ちが騒ぐ。


この匂いも音も、偽者ではない。誰かが居るんだと、本能的に俺は悟った。


そして、目の前に、こじんまりとした家が一軒建っていた。崩された跡がある。


だが綺麗に直してある。誰かが居る。そんな気がした。ゆっくりと扉を開いた。


辺りは真っ暗闇で、家の中も暗い。集中力のない中で、それでも気を張り巡らせて影に誰か居ないかを探った。結果、誰も居ない事が判明した。


安心していいのか、残念と思うべきか、それは紙一重な感情だった。だがとにかく、何かを食べたかった。


水も飲みたい。頭の中の欲求は、それで埋め尽くされていた。


足元も見えない家の中を、手探りで進む。嗅覚はかなり良く利く様になっていたから、食料や水がどの辺りにあるかは分かった。そこまで行き、匂いと手探りで探した。


素早く一つ一つ取っては匂いを嗅ぎ、区別をする。その繰り返しをした。


缶詰もあった。でもそれは直ぐには口へ運べない。


そういう物は一度脇に寄せて違うものを手にした。神経を手先と嗅覚に集中していた。


普段なら、蚊の羽音すら聞こえる俺だが、弱っていた所為か注意力が欠けていた。


またそれを思い知らされた。



「誰か、そこに居るのかい?」



転がっていた芋を口へと運ぼうとした時だった。


後方からまたしても声を掛けられ、電気を付けられた。


振り返った時、俺の目には一番に電球の光が入り、久しぶりすぎる作り物のその明るさに目が眩んだ。


まともに目を開く事が出来ず、またそこに佇んでいる者がどういう者なのか、それすら分からなかった。


逆光に似たその眩みの中、ただその者が歩み寄って来るのだけが分かった。



「こっちに来るなーっ!フォース!!」



反射的に右手でこぶしを作り、相手に向ける。言葉と同時に俺の右手の指輪から光が発される。それは単なる目晦ましではない。


気の塊ようなもので、手加減をしなければ家を吹き飛ばす事も可能な能力だ。



「なに?」



相手が、そう呟いたのが聞こえた。その後は、この家の玄関が吹っ飛ぶその音しか耳に残らなかった。フォースの反動で俺は尻餅を付き、ついでに背中も打った。


砂埃が起こり、玄関、そしてその辺りの屋根や壁の崩れる音が暫くしていた。


電気がついているお陰で、と言うのも変だが、どの位壊れたのかが分かった。とりあえず、玄関付近はめちゃくちゃだ。


瓦礫が山となっている。ぽっかりと家が口を開けている感じだ。



「また、殺した・・」



自分自身の手を見て、震えが止まらなかった。やっと会えた人間を、殺してしまったのだ。それに会う為に来たのというのに。


また独りだ。もし他に居たとしても、俺は一人殺している。きっと他の人間も、俺を受け入れてはくれないだろう。途方に暮れた。



「い・・痛い」



涙がこみ上げてきた時、俺の耳に呻き声が聞こえた。



『い・・痛い?』



ふと、玄関のあったその瓦礫を見る。内側から掛かる力で瓦礫が少しずつ崩れていく。



「・・・っあーっ痛い!つうか酷い!何だこれ!?」



真っ白になって出てきたそいつは、体中をはたきつつ、その崩れた家を見て呆然としていた。


久しぶりの術。無論突然すぎて手加減なんて一切していない。


しいて言うならば、空腹だったり、喉の渇きだったりで本調子ではなかった。それくらいだ。


なのに、そこには光をまとい、一人の人間が立っていた。



「あのねえ君、人の家壊さないでくれる?これでもやっと直して大切に使ってる家なんだから」



振り返ると俺の元へ真っ直ぐに進んできて、手を腰に当てて言った。


光は、まるで後光のように見えた。観音様が背負っているあの光。


そう、俺にはこいつがそんな風に見えた。顔や手足には、それなりに怪我をしているようだ。見えないが匂いで分かる。



「ちょっと君、聞いてるのかい?」



反応のない俺の目の前で手を左右して問いかけてきた。


いろんな意味での驚きで、意識が遠退いてしまっていた。


焔に続いて二人目の人間。ただ、焔とは違い、とても穏やかな顔をしている。


一見若そうに見える。俺の所為で今は白くなってしまっているから、髪の色は良く分からないけど、目は真っ黒だ。


そしてそいつは怒っていたかと思うと、優しそうに微笑んだ。



「食べ物を探していたんだね、お腹が空いてるんだ?」



俺の頭の砂を払いながら問いかける。手に持っていた芋や、脇にある缶詰を見てそう判断したと見える。


その言葉に、俺は空腹を思い出し、腹が鳴った。静かな空間で、俺の腹の音はやたらと目だって聞こえた。



「はは、正直なお腹だね、ちょっと遅いけど、何か食べられるものを作ってあげよう」



笑ってそういうと、脇にあった缶詰や乾麺等を拾い上げ、俺の頭を撫でて奥へと向かった。


暫くすると、水を使う音。包丁で何かを切る音が聞こえてきた。そして火を使う。


その仄かな暖かさが、少し離れている俺のところまで来た。何だか落ち着く。


変に嬉しいような、ここに居てもいいのか、そんな違和感があった。



「お前、俺の事殺さないの?」



とても変な事を言った。そう思ったのは男が手を止め、不思議そうな目をして俺を見ていたからだ。男は首を傾げた。



「何故君を殺すの?君と僕は、同じなんだ、だから殺したりなんて、しないよ」



優しく、そして悲しそうな笑みだった。男はその後、何も無かったかのようにまた料理を始めた。俺にはその言葉の意味も良く分かっていなかった。


頭が、殆ど停止状態だったから、仕方が無いと思う。



「はい、出来上がり」



目の前には湯気を立てた器が置かれた。その前には箸も置かれた。


そしてまた奥へと入ると、水の入ったコップを持って戻って来た。


男は、水だけは二人分持っていたが、食事は俺の分しかなかった。男は、俺の正面に腰を下ろした。



「どうした、食べて良いんだぞ?冷めるぞ?」



「お前の分は?」



「僕?僕はいいの、仕事の最中に食べたりしてるし、普段はこんな時間には食べないから」



笑って手を振る。そして水を口に含んだ。俺は、とても久しぶりに見る湯気の立っている食べ物に、興味があった。


何を作っていたかは分からない。だがこれが元は乾麺だった、という事くらいなら分かる。


箸を掴み、まだ熱いそれを口へと運ぶ。あまりの熱さに火傷をしてみたりしたが、その間も男は笑っていた。何がそんなに楽しいのだろう。とても不思議だった。


汁を啜り、素朴ながらもとても美味いそれに、気持ちが集中していた。気が付けば、器は空になっていた。



「良い食べっぷりだ、作った甲斐があるよ」



一滴の汁も残さず飲み干し、水を口へと運んでいた俺に対して、喝采を挙げると男は片づけを始めた。


まだ熱を帯びている器を持ってまた俺の後方へと消えていく。


なんだろう、穏やかな、まったりとした空気だ。ついついその場に寝転がり、辺りを見回す。


これと言って何もない。寂れている家だ。


それなのに、ただ一人自分以外の人が居るだけなのに、何故こんなに嬉しく思い、心が高鳴るのだろうか。



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