修行初日
「石は、もう直ぐ出てくるわ、分かるの、最近、とても違和感を感じるし、痛みもあるわ」
そう言うと砂希羅は鎖骨の辺りを手で触る。そこから小さな鼓動が聞こえてくるようだ。その場に居なくても、俺にも分かる。
そして膳も、それを見て穏やかな顔をしている。恐らく膳もその音を聞いて、安堵しているのだ。外に居て、ましてや素振りに必死の二人には届いていないようだ。
腕の動き、脚の動きが徐々に鈍くなっていく。一度振り下ろす毎に、また上げるのに時間が掛かる。最初の二倍は優に掛かっている。幼は、立っているのもやっとな様子で、成は意地と忍耐力で必死に続ける。そうは言っても、三百には満たない。
「石が出たら、私は一人前になれる、そうしたら成や幼の力になる事が出来るわ」
「君は、今までだって力になってるじゃないか」
「いいえ、私は足手まといよ、実際『都市』にも浚われて、私が人質となっていたから幼は右目を失った、私がきちんとしていたら起こらなかった事、いつも私は護ってもらってばかり」
そう言って石があるであろう所で拳を作る。悔しい、とか悲しいとか。そういうのとは違うのだろう。申し訳ない。そうった空気が伝わってくる。だが、この二人だって、砂希羅にいつも護られている。
何をしてもらったから、という訳ではない。傍にいてくれる、唯それだけで、大きく違うのだ。もし兄弟しか居なければ、滅びていたのだろうから。此処まで強くなる事も無く、また強くなろうと思う事もなかった。護りたいと思う者が居るから、人は強くなれるのだ。
「に・・ひゃく・・・はちじゅ・・」
ズシ。と重い音を立て、成は前のめりに倒れ込む。幼は、立っては居るが槍に縋りつき、もう足がいう事を聞かなくなっていた。
「回数として、成二百八十七回、幼、二百十六回・・・こんなもんか」
他人事のように呟くと、やっとで立っていた幼が崩れた。しかし、凄い格好だ。全身汗だく。動いていた範囲も地面は見事に汗が溜まり土が軟らかくなっている。そこに倒れているのだ。泥だらけになっている。
「終わったみたいだね」
「え?成!幼!」
家の中から外の様子を伺っていた膳が呟くと、砂希羅が血相を変えて椅子から立ち上がり、玄関を壊すのではないかと思う位の勢いで突きはね開け、飛び出してくる。二人に歩み寄り、その顔を見て安心するのが分かった。
二人は、疲れ果て、力を使いきり、眠ってしまっていたのだ。並んで素振りを始めたが、最後には多少の幅が出来ていた。砂希羅は、二人の手を取ると、自分の胸の前で、自分の手とあわせ、祈る。
「どう?あの二人」
「ああ?まずまずだな、だが…良い光だ」
「そうだねえ、あれが癒しの能力だよ」
窓から声を掛けてきた膳と、祈りを捧げている砂希羅を見る。その身体からは柔らかな光が発され、ボロボロになっていた二人を包む。
怪我は倒れこんだ時にしたくらいだが、その傷が見る見る内に消えてゆく。
「聖母マリア、ってか?」
「ふふ、そうだね、もう直ぐ覚醒が始まるよ、あの子は」
「一番早くに仕上がるか、まあそうでないと困るな、修行はこれから幾らでも激しくなる、半死の状態になったら砂希羅が能力を使えないとあの二人は死ぬからな」
「その辺は上手くやってよ」
「は、冗談言うな、俺は今の状態で十分軽めにしてやってるんだ」
「でも、頑張ったんじゃない?まだ慣れていないあれを使って、二人とも二百回以上出来るなんて、ねえ?」
嬉しそうに俺に問い掛けてくる膳。確かに、百回も続けば良いほうだと思っていた。その倍以上できた。それは俺の想像を大きく上回り更なる成長を楽しみにさせてくれた。これからが、本当の勝負だ。
「二人とも、頑張ってた?」
幼と成の手を持ったまま、砂希羅が問い掛けてきた。その目は、とても強い者の目だ。「ああ」と、頷くと、「そう」と笑う。そしてまた二人を見る。その寝顔が、とても幼く、まるで子どもの様だ。
実際子どもという括りにある幼。決して大人とは言えない成。まだ成長途上の、子どもなんだ。そして、俺や膳も、この年頃にはもう、争いを知っていたのだ。
そう考えると、なんと嫌な世の中だろうと思えてならない。此処まで追い詰めている『都市』を思うと、絶対に潰して置かなければならない。より強く、そう思う。
「今日は此処までだな、復活はしないだろう」
「そうだね、うっすらと暗くなってきてるし、ね」
日は随分と陰り、太陽というよりは夕日に近くなっていた。そんなに時間が掛かったようには思えなかった。だが考えてみれば、始めた時間がそう早くなかったのだ。日が暮れるのも早く感じるだろうな。
成と幼の脇に一緒に倒れている武器を拾い上げる。俺が持ってみても少しは重みを感じるそれは、封印した頃とは違う光を発している。恐らく、やっと表れた主人に使って貰えて喜んでいるのだ。ほんの少し触れるだけで分かる。それだけ喜んでいるのだ。
「泥と汚れた衣類剥ぎ取って、寝かせるか」
「そうだね、とても汚れてしまっているから」
そういうと膳も外に出てきて、剥ぐのを手伝っている。俺は武器を家の中へと運び、その後成を抱える。流石に砂希羅や膳では運べまい。
下の段に成を放り投げ、砂希羅と膳が抱えてきた幼を上に転がす。これから毎日こうか、と思うと、この二段ベッドというのは何とも使いにくい。決して小さくは無い成と、小さいとは言え幼児とは違う幼を放り込むのはちとキツイかも知れない。
「有難う、じゃあ私は帰るわ、また明日」
笑顔でそう言うと足早に去って行く。部屋が一気に静かになる。耳に入ってくるのは、二人の寝息だけだ。