膳・ブラックモード
止めるタイミングを計っていると、ベッドの上で布団が動いている。ヤバイ。本能がそう知らせる。
「その位に、しておきなさい」
のそり、と起き上がった膳が、正座の姿勢で成に言う。その時、膳に向けられた成の目は、かなりの怒りを表していたが、膳と目を合わせた瞬間、身体が固まるのが分かった。ああ、飲まれたんだ。と、俺は察知した。
「八つ当たりで、そう幼や砂希羅を怒鳴るのはどうかと思うよ?確かに今は大切な時期だ、だからこそ三人の絆がとても大切だ、ここでくだらない喧嘩をしたところで何も良いことは無い、修行だって身が入らない、今君に必要なのは忍耐力と精神力だね」
そういう膳の目は、座っている。とても冷たい。何時もの膳とは全く違う目。雰囲気だ。これは三人に効くぞ。
俺だってこうなった膳を相手にするのはご免だ。正直辛い。深層心理で、怖い。実際言われて居る成もだが、他の二人も固まっている。
「お前もそれ位にしておけ、十分だろう」
ベッドまで歩み寄り、声を掛ける俺に対して、膳はやはり冷たい視線を向ける。この目は苦手だ。だが、此処で俺が引く訳には行かない。
「気分が悪いんだろう、それ以上言うと我に返った時に後悔するのはお前だ、そこで止めておけ」
俺の言葉にも、膳の目は変わらない。仕方なくその場に膝を付き、顔を同じ高さにし、素早く手刀で膳の後頭部を撃つ。
「あ」と、三人が口に出した時、膳は気を失い、俺の方に倒れこむ。それをまたベッドに横たえる。
「ふう、本当にこうなった時の膳は厄介だ」
ため息を付き、冷や汗を拭う。魂取られるんじゃねえかと思うくらい、恐ろしい。立ち上がり、振り返ると、呆然とした三人が俺を見ていた。相当驚いたのだろう。俺を見る目も珍獣を見るような目になっている。
「大丈夫か?お前等」
「は・・はい」
「凄い迫力、あれがあの膳さんなの?」
身体も声も、固まった状態で言う。何時ものぼんやりした膳と、ああなった時の膳は別人だ。多重人格とか、そういうわけではないが、たまに、本当に極まれにああなってしまう。俺も共に過ごした中では片手に余るほどの経験だ。
「まあ滅多に無い事だからな、もうこの先は無いだろう、怒らせると俺より怖ろしい相手だから気をつけてくれ、俺も疲れる」
「でも、ガートさんの方が強いんでしょう?」
「能力は上だ、生きてきた歴史も俺の方が上ではあるが、そんな事関係ない、俺の方が年上になろうと、膳は膳であり、俺達の関係は変わらない、沢山大切な事を教えて、与えてくれたのは膳だからな、勝てない」
「へえ」と意外そうな顔をする幼と砂希羅。だが、本当にそうなのだ。本気になってしまったら、俺もある程度能力を出さないと逆にやられてしまうかも知れない。
心を、捕まれている様な感覚だ。最も、風前の灯となってしまっている膳の命では、俺と太刀打ちできる程の能力は使えない。故に俺が勝つだろうが、今は少しでも長く生かせるために、下手に能力を使わせたり、興奮をさせるのは控えないといけない。無意識のうちに能力を使われてしまってはたまらない。
「あとな、成」
横になっている膳を無言で見ていた成は、無表情のまま顔をこちらに向ける。他の二人に比べ、落ち着きが早い。驚きは誰より強かった事だろうが。何しろ、あの膳を至近距離で直視したのだからな。
「お前が言った事は一理あるが、それだけじゃない、覚醒は個人差がある、それは強制的に出来る事じゃねえし、しようとして出来る物でもない、お前だって良く分かってる筈だ」
「分かってる、当然だ、だが今そんな事を言ってる場合ではないのも確かだろう?」
焦っている。目は、とても強い。だが、言葉の端々から不安と恐怖すら感じ取る事が出来る。自分とあまりにも違いすぎる弟。
能力すら見てくれと同じならば、まだ救われよう。だが、違う。それだけは弟、幼の方が高いのだ。それも分かってるからこそ、苛立ち、恐れ、葛藤しているのだろう。
幼さえ覚醒していれば、こんな事にはならなかったかもしれない。そう思えば思うほど、苛立つのだろう。
そしてそれを促せなかった自分を、恨みさえするのだろう。