修行を始める前に
「・・どれ位だ」
息が詰まる程の沈黙を破ったのは、成の一言だった。
「どれ位強くなればいいんだ?」
「さあな、死に物狂いで毎日修行をする、一年間一日も絶やさずだ、血を吐く思いで続ければ、一%は勝機があるかも知れない」
「一%って、そんなにも低いんですか?」
「しかも一年って?」
幼と砂希羅が口々に質問をしてくる。俺と膳は顔を見合わせる。
膳は、一度頷く。まだ詳しい説明を一つもしていないのだ。
「つまり、あれ?石になっていたから寿命が縮んで一年しか生きられないって事?」
「西暦2019年に石になったって事は、五百年も石だったって事ですよね?よく元に戻れましたね、ガートさんが死んでしまうとか考えなかったのですか?」
一通り話し終えると、二人は機関銃のようにまた質問をしてくる。相当驚いたようだ。
しかし、五百年も経っていたって言うのは正直俺だって驚いた。
途中から日を数えるのを止めてしまっていたからだ。そうなると益々俺自身の寿命も分からなくなってきた。
「ガートは僕の心眼を開いたままにして、離れた所に居てくれたんだ、正直それは悪夢だったけど、お陰で君達を見つける事も出来てこうして『都市』に立ち向かう事が出来るわけだからね、結果としては良し、かな」
「今、こうしている状態ではそんなに高い能力を持っている様には思えないが、俺の武器と幼の武器を所持していた、と言うのなら嘗ては強かったって事になるな」
「過去にするな、今の膳だってお前らに勝てる」
経緯を語り終えた膳と、それを聞いて生意気な意見を言う成に少し切れる。
何も分かっていない。秘めたる物がどれだけの物なのかを。
少々嫌味を込めた俺の言葉に、成はむっとする。その表情は、子どもそのものだ。
「膳、幼にあれを」
「あ、そうだった、外に置いて来てしまった」
テーブルに手を着き、立ち上がると外まで取りに戻る。その歩き方を見ると、もう調子は心配無さそうだ。
そして戻ってくるその手には、昨日幼が忘れていった槍が光る。砂希羅と成は、それを見て身体を固まらせる。
そして当の幼は「はい」と差し出す膳の手から普通に「有難うございます」と受け取る。
二人は顔を見合わせる。昨日『嫌だ』と泣き叫んだ幼と同一人物とは思えない程落ち着いている。
覚醒が、起こったからか、恐らく戦闘民族の血が以前より強く出ている為だろう。
膳にも話はしたが、これが一番の証拠になるな。
「槍が強く光ってるな、喜んでいる」
やっと持ち主の手に触れ、能力を槍事態が受け取り、共鳴をしているのだろう。
その時の槍を見ている幼の表情は、本当に別人だった。
なんと表現したらいいのか、目が笑っていない。口元だけが笑い、ぞっとする。
本当にあの幼かと、自分の目を疑いたくなる程に、今目の前に居る幼は別人の様な気を発している。
だが、俺よりも成と砂希羅の方が強く感じ取っているだろう。その動揺が空気からひしひしと流れてくる。
「兄さんの剣も、この槍に反応してますね」
「あ?」
不意に声を掛けられ、固まっていた成は低い変な声を出す。そしてはっと我に返る。
ベッドの脇に立て掛けてあった剣が、静かに光っているのだ。それは、幼の言う通り共鳴をしているのだ。仲間が来て嬉しい。そういった所だろうか。
「その二つは、一緒に造られた物だからね、言わば兄弟の様な存在だから、君達の様な兄弟の元に来て、とても嬉しいんだと思うよ」
重苦しい空気の中、膳は嬉しそうに、懐かしそうに言う。恐らく、いや間違いなく、あれを造った慄の事を思い出しているのだろう。
となれば、残りの二人も洩れなくついてくる。目を閉じ、幸せそうに笑うその顔。
俺には与える事の出来ない表情。こんなにも時間を経ても、それだけは変える事が出来ない。
記憶という物は、幸せにもなるし、時にとても残酷になる。
「これで武器は手に落ちた、今後はそれを使い、お前等を鍛える、さっきも言ったが、時間はたったの一年だ、それを肝に銘じておけ」
「先程、毎日って言いましたよね、今日から修行は始まるのですか?」
「そうしたい所だが、とりあえず今日は話し合いを持とう、お互いの事を知らな過ぎる、あと、お前等兄弟は俺、砂希羅は膳が付いて修行となる」
心配そうに問い掛けてきた幼。その手には槍はもうない。成の剣と一緒に並んで立ててある。
その所為だろうか、幼の顔はまた以前のおっとりした表情になっている。
不安そうな目をしている。先程までの人物と同一人物とは到底思えない。
「俺達の武器を持っていた膳さんが、何故俺達の相手ではない?使っていたからこそ指導するべきなんじゃねえのか?」
「そうしたいのは山々だけれど・・」
「それもさっき言っただろう、こいつはもう寿命がねえ、此処で下手に能力を使い命を削ると、更に寿命が短くなってしまう、それに能力で言うならば俺の方が確実に上だ」
成のいう事は最もな意見だと思う。だが、こいつは、膳は放っておいたら間違いなく能力を使ってしまう。
ましてや今あの兄弟の手にあるのは以前、膳が使っていた物とは大きく違う。
秘石が入っている。唯それだけで大きい。俺が作り変えたんだ。簡単に手に入らない様に、強い能力を持つ者にしか渡らない様にしたんだ。
それを膳が使用したら、間違いなく潰れる。一時間持てばいい方だ。それは阻止しなければならない。
それに、癒しの能力を持つ砂希羅。唯一人の女だ。性質的に俺より膳の方が話が出来るだろうし、これから起こる砂希羅の変調も、俺よりは膳の方が促したり、宥めたり出来るだろう。
母性も父性も、俺よりは備わっている。
「と、いう事だから、砂希羅」
「私はどっちでもいいわ、二人と違って身体を鍛える訳ではないんだし」
けろりとした表情で、他人事の様に言う。さばさばした性格だ。女というのは皆こうなのだろうか?
母様は、こんな風だったな。国をまとめる役割を果たしていたのだから、女らしさなどいらなかったのだろう。
そして砂希羅。この娘もまた、この戦場を生きているのだから、そんな物無用の長物だろう。
「少しは鍛えるよ、二人は君を護るのが仕事だって思ってるけど、稜威と戦ってる時に君をガードするっていうのはかなり厳しい、故に君は自分の身を守る位の戦闘力をつけて貰うよ」
「ああ、それ位なら」
「心配しなくても、砂希羅は十分怖ろしい女だよ、下手すりゃ俺等より強い」
「・・・いらない事は口にしなくてもいいのよ?成」
にっこりと笑って忠告するが、その笑みすら確かに怖ろしい物を感じ取れる。
ま、最年長だし、砂希羅には手が掛からないだろうから、膳に任せても俺も心配しなくて済むだろう。
あの能力は膳にはない。時が来れば自然とそれは動き出す訳だ。
ただ、砂希羅の事で問題になるとしたら、完全なる覚醒が何時になるのか分からないって事だ。
兄弟と違う一族の砂希羅は、とても難しい。取りあえず、あれが始まり、完璧に終わり、痛みが治まるまでは油断が出来ない。その間、影響が兄弟に行かないとも限らないのだ。
「自己流で強くなるのも、大切な事だけれど、知っている人間から聞いて、鍛えて強くなるっていうのも必要だよ、僕は能力を使えないような物だから、護身術でも教えるよ」
「よろしくお願いします、ガートさんも、この二人をよろしくお願いします」
テーブルに手をつけたまま、顔を上げて俺に言う。兄弟は、俺を見てはいるが、何というのか疑っている様な、そんな目をしている。
あまり強いと思われていないようだ。と、砂希羅が椅子から立ち上がり、二人の間に行く。
成は相変わらずベッドに座っている。幼は砂希羅の隣の椅子に座っていた。二人とも不思議そうに背後に来た砂希羅に顔を向ける。
「お願いします!」
言うと同時に二人の後頭部を掌で思い切り押し、無理やり頭を下げさせる。
「ぐっ」と二人は小さく唸る。あまりの事で驚いたが、
膳は本当に目を丸くしていた。何回かパチパチと瞬きをしていた。
「痛ぇな砂希羅、離せよ!」
不自然な姿勢から砂希羅の腕を振り払うと、首を回す。幼はそれに便乗して手を緩ませ、逃れる。
そして呼吸を整える。砂希羅はというと手を合わせて手首のマッサージをしている。
成を抑えていた方は少し強めだったからか?それとも振り払われた時にでも痛めたか。
「貴方達が挨拶の一つも出来ないからでしょう、これからお世話になるんだから、それくらいしなさい」
手を腰に当てて言う砂希羅。流石最年長。とでも言うべきだろうか。二人は砂希羅に頭が上がらないように見える。