予定変更
「ガート、ガート、朝だよ、そろそろ起きたら?」
「あ?」
ぼんやり目を開けると小汚い天井が目に入った。そして膳が笑って見ている。
俺はふと頬を伝う涎を手で拭い、ごろりと寝返りを打ち起き上がる。
下を見るとそこには俺のマントがあった。どうやら膳が寝ていた所に転がったらしい。
「明け方にいきなり僕の上に倒れこんで来て、びっくりしたよ、死ぬかと思った」
「悪い、ちょっと疲れた」
情けない。寝床までちゃんとたどり着けずに膳の上に乗るとは。隣に寝ようとしたのだが、そこまで意識がもたなかった様だ。
必要以上に能力を使い過ぎたのが原因だ。膳は何事も無かったかの様に何時も通りに笑っている。
「びっくりして起きたんだけどさ、ガートの寝顔があの頃と同じだったから、何か安心して、僕もさっきまで寝てたんだよ」
「人の寝顔を見るな、趣味が悪いぞ」
「起こしたのはガートでしょうが、いいじゃない、可愛いって言ってるんだから」
「・・・二十三の男に言う言葉じゃねえよ」
頭を掻きながら愚痴る。何とも言えず恥ずかしい。涎までたらして、本当に。
膳が戻った事で変に安堵感を覚えてしまって、神経まで緩んでしまった様だ。
この数百年はかなりピリピリして生活をしていただけに、この差は激しい。俺自身が怖ろしい程驚いて居る。
「じゃ、連中の所に行くか」
「え?今起きたばかりなのに?」
「行くって言ってあるだろう?」
「ううん、また来いって言ってたよ?」
不思議そうな顔をして膳は首を傾げる。俺はふと記憶を反芻する。
確かに最初は『来い』と言っている。だが昨晩、砂希羅を取り戻し、送り返した時には『また来る』と言っている。勝手に予定を変えてしまったのだ。
「幼の槍は此処にある訳だし、取りに来てもらって、話をすればいいじゃない」
「いや、昨晩あった際、行くと言ってしまった」
「へ?あの後会ったの?」
「ああ、色々あってな、状況が変わったんだ」
「そう?じゃあ行かないとだね」
まだ、何となく不思議そうな顔をしては居るものの、槍を拾い上げ扉に向かう。
俺の知らない膳。あの槍と、成の持って行った剣を使いこなした膳。
どれだけの雄姿だったのだろう。そしてそれをあの三人は、義兄達はどんな思いで見つめていたのだろう。
この恨みがましい世の中を悔やんだのか?それとも膳の成長を愛しむ思いで見つめていたのだろうか。
今は、もう何も分からない。それを聞ける相手は、存在しないのだから。
あの三人の事を口にして、膳の表情が曇ってしまうのは嫌だ。だから何も言わない。
「ガート、何をしているの?早く行くよ」
既に外に出ている膳が、まだ立ち上がりもしない俺を呼ぶ。その姿は、余命一年とは思えない程元気だ。
もっと早くに戻っていたら、もう少し長く生きる事は出来たのだろうか。
否、例え話はやめよう。空しくなるだけだ。俺はマントを拾い上げ、軽く埃を叩き、また
身に纏う。
もう何年も洗っても居ない薄汚れたマントだが、捨てようとは思わない。館の紋章が入っている、秘石とこれだけが俺の出身地を、館を思わせるからだ。