『都市(とし)』動く
「助けた方が良いんだろうが、こっちも負傷者が居るな」
そう思い幼に近付く。その身体は確かに意識が無い。それなのに溢れているこの気。
潜在能力の目覚めが、起こり始めている。
「スイッチが、入ったのか?今の後頭部強打で?」
何てお手軽な覚醒だろう。だが、まだ目覚めに過ぎない。次第に空気が変わっていく。
幼独特の穏やかさから、張り詰めたような、そんな空気が立ち込めている。
「う・・」
色々考えながら立ち尽くしていると、幼が唸る。どうやら気がついたようだ。
が、俺の存在には気がついていないのか、起き上がると真っ直ぐ自分達の家へと向かう。
俺はそれを目で追う。ゆっくりと玄関に入り、床で寝入っている成の肩を揺らす。
「兄さん、兄さん起きて下さい」
成は反応が無い。寝るのが遅かったのか、熟睡している。幼は幾度か繰り返して呼びかけるが、ぴたりとその手を止める。
そして成に手を翳す。
「水神」
というや否や凄まじい勢いで幼の手から水が放出される。一瞬にしてベッドは上から下まで水浸し。
成はベッドから転がり落ちてその場で咽ている。
「お前幼!何て事をするんだ!」
やっとで息を整えた成が幼に怒鳴る。目には涙か、それとも水か、溜まっている。
「起こしたけど起きなかった兄さんが悪いんです」
「お前な、少しは手加減というものが出来ないのか?普段は使わねえくせに何もねえ時に使うな!」
「何かあったから使ったんですよ、兄さん」
「は?何だ」
「砂希羅が浚われました」
文句を言いながら上着を脱いでいた成の動きが止まる。幼は淡々とそれを口にした。
少なくとも今までの幼とは違う。以前ならば、慌てていた事だろう。
きっと頭の回転も狂ってしまって、きちんと伝える事もできなかった事だろう。
だが、今の幼は違う。そして成の顔つきも険しくなる。
「何だと?お前は唯見ていたのか?!何故助けない!」
「砂希羅が、逃げろと言いました、そして僕は『都市』の人に後頭部を叩かれてしまって、目が覚めたらもう居ませんでした」
「居ませんでした?お前それで何故そんな平然としていられるんだ!砂希羅が居なくては我等は生きていけないんだぞ!」
「そんな事くらい、僕だって分かってます、だから兄さんを起こしたではないですか?」
やはり幼は様子がおかしい。成も、それに気がついているのか?それとも砂希羅が浚われたという方に気持ちが行き過ぎていて、落ち着いて考える事は出来ないだろうか。
まあ、それも仕方が無い。一番大切な人を連れて行かれたんだ。そして幼。
今、『水神』と言ったが、あれでも控えめな出水だったのだろう。
神を呼び出すなど、そう出来る事ではない。目の奥が、とても深く、光ったような気がした。
だが、今はそうでもない。冷静を保っているように見える。と、それより娘を心配しないとな。
耳を澄まし『都市』の様子を伺う。そこは先程までとはまた違う騒がしさで、声も足音も増えて煩い位になっていた。
何しろ、癒しの娘を手にしたのだ。
砂希羅は・・・ああ、大丈夫。怪我もしていない様だ。元気もあるが、また手の自由は奪われている様だ。