生き残った三人
「う・・ん」
「あ、幼、気が付いた?」
床に横たえていた一番小さい少年が、目を覚ました。顔に巻かれていた布を、無意識に取り外す。そこには、大きな傷跡が現れる。
その右目はとても痛々しい。まだ癒しの能力が全開でないこの娘の能力では、これが精一杯だったのだろう。
だが口を開いたままだと したら、きっと死んでいた。それだけ大きな傷だ。
「ここは?兄さんは?」
「ここに居るだろう、目は・・・潰れたか」
「ご免ね幼、私がもう少し強い能力を使えたら、貴方の目を治すことが出来たのに」
「砂希羅、良いんだよ、それより、その人達は?」
兄さんと呼ぶ少年の後ろに居る俺達に気が付いて、少年、いや幼といったか。
問いかけてくる。兄と違い警戒をしない。それも不思議だ。
「元・石とその仲間」
「元・石って、確かにそうだけど、じゃあそろそろ本題に入るかね」
膳はそういうと俺に目配せをする。三人は、不思議そうな顔をしている。
特に幼に関してはまだ寝ぼけている感じだ。俺は一つ咳払いをして、三人の見る。
まだ疑う様な鋭い目つきは消えない。その強さを、一心に浴びた感じだ。
「俺達がお前らを鍛えてやる、『都市』に勝てるようにな」
ピン、と空気の張る感じがした。強張った表情が、目つきが、少し変わる。だが、緩くなる訳ではない。
「それは僕の敵でもある、でも僕には何も出来ない、だから君達に頑張って欲しい」
「お前らが?そんなに強いようには思えないが」
まだ胡散臭そうな顔をしている。まだ『兄さん』としか呼ばれていない少年は、とにかく強い目をしている。
流石戦闘民族、といったところか。ましてや、余所者が現れて鍛えてやる、と言われても、それを喜んで受けるタイプではないな。
「僕はともかく、ジルヴァントはとても強い能力を秘めているよ、僕も昔助けられたし、石に封じてもらう時も、戻してもらう時も彼に頼んだんだ、それはとても強い能力が必要なんだよ」
「そうね、いいんじゃない?私達だけでは到底『都市』に立ち向かえないし、それに私には何も出来ないわ、そこに来て少なくとも私達より強い人たちが助けてくれるなら、その手を取るのは別に悪い選択ではないんじゃない?」
娘、砂希羅と呼ばれていたか、女は考え方がさっぱりとしていて話が早い。
それに加えて、兄と幼は考えているように見える。ま、幼はまだ頭の回転が付いて来れて居ないようにも思える。急すぎる話だから、混乱するのは仕方がない。
「・・・分かった、ならば、手を借りる」
長考し、唸る様にそう言う。その目の強さだけは変わらずに。苦渋の選択、と言った感じか?
まあ見ようによれば、俺達も敵に見えておかしくない状況だからな。
それでも守りたい者があるのだから、仕方ない。という風でもある。
「はい決定ね、言っておくけど、凄い厳しいからね、彼、あとそうそう、幼って言ったっけ?あれ持って行って」
思い出したかのように膳が言う。その指の先にはまだ結界に入ったままの槍がある。
幼は、それを見て一瞬凍りつく。だが、槍からは明らかに共鳴の響きがある。
持ち主を見つけて喜んでいるようにも思える。幼は、重そうな足取りでそこへと向かう。
息を飲み、それに手を翳すと、いとも簡単にそれは幼の手に落ちる。
兄の時といい、この弟といい、本当に俺の想像を遥かに超えて、怖ろしい能力だ。
こんな弱そうな外見で。流石戦闘民族だとつくづく思う。
「幼?」
砂希羅が声を掛けた。幼の顔からは、今まで以上に血の気が引いていて、身体はガクガクと震えだしていた。
ひんやりとした槍。そこから幼に伝わるものは、一体なんだったのだろう。
「・・だ」と、幼が何か呟いた。
「嫌だ!こんなの嫌だ!僕は戦いなんてしたくない!」
突然幼が発狂する。力を失った腕から、槍が地へと落ちる。重たく、しかし甲高い金属音が小屋に響く。
「幼!何を言ってる、それが俺達の役目だろうが!」
「嫌だ!僕は嫌だこんなの!」
掴みかかった兄の腕を振り解き、幼はそのまま小屋を飛び出していってしまった。
膳は困惑した顔をしていて、残りの二人は、顔を見合わせていた。そして、ため息を付いた。
「何であいつは、ああなんだ」
「仕方ないわ成、幼は貴方とは違うもの、急すぎたのよ」
拳を震わせ、怒りを表す成。やっと名前が出てきたな、などと冷静に思っている場合ではない。砂希羅はそれを宥めていた。
「そんなに時間はないけれど、むりやりさせるのは好きではない、また来い」
二人にそう告げる。重そうな足取りで家に帰っていく。そして小屋には俺と膳。
床の上では槍が寂しそうに光り輝いている。