自己紹介・1
「おい、石、連れてきたぞ」
「いらっしゃい、待ってましたよ」
膳は、腰をかけたままで、子ども達を出迎えた。
少年の顔は強張り、咄嗟に手を差し出し、後ろに居る女を護る体制になる。
強い警戒を持ったのだ。
「貴様何者だ!どうやってここに入った!」
とはいえ、ここは古ぼけた小屋。極普通に入る事は出来る。相当少年は切羽詰っているのだろう。
膳の困った顔が笑える。頭を掻き棚にある写真を手にする。三人と共に撮った最後の写真だ。
「僕がさっき君と話をした石だよ」
「ふざけるな!石は石だ!その辺に転がってるのとは違うが、確かにあれは石だ」
「だから、解いて貰ったんだよ、僕に掛けられていた術、と言うかなんと言うか、ほらここに証拠」
そういって膳は写真を見せる。少年はまだ凄い目をしている。
その写真を見て、そこに写っているのと目の前に居るのが同一人物だと分かったところで、彼にとっては何の証拠にもならないだろう。
「じゃあ石になってみろ!」
「もう戻れないよ、これがその石、君が見たのはこれでしょう?」
小箱に入っている石を見せて問う膳。俺が遠い昔に作った小箱。風化する程の長い時間、良くその形を保ったのもだと思う。
少年はその石をまじまじと見つめる。その目には驚きが見える。そしてまだ疑いがある。
後ろの女は不思議そうな顔をしている。
「信じてもらえた?」
「確かに石はこれだ、だが、確信はない」
「いいじゃない、確信はなくても、そこに人が居るのは本当だし、面白そうだし?」
後方に居た女が口を挟んだ。少年に抑えられていたから分からなかったが、どうやら少しは大人のようだ。
その腕には傷ついた少年を抱えていた。少年の弟、だろうか。顔から頭から布を巻きつけられていた。包帯の代わりだろうか。悲惨な姿だ。
「で、貴方を元の姿に戻したのは?自分で戻ったの?」
「いや、違うよ、おーいジルヴァント、降りてきて」
屋根に居る俺を膳が呼ぶ。それはまるで降臨する為の呪文のようなものだ。
俺はすんなりと下へと降りる。少年はまた警戒をする。
「彼が僕を元に戻したジルヴァントだよ」
「ガート・ジルヴァントだ」
「僕は加悦膳、よろしくね」
少年は、じりじりと後退して行く様な感じだ。女は、自然とそれを受け止めている様に見えた。
その時、女の鎖骨のくぼみを見て、俺は確信した。あの時感じた事は、間違いなかったのだと。
「お前ら、戦闘民族だな、それに癒しの者」
少年は目を見開き、女は胸の前で手を組んだ。やはりそうだったのだ。
こんなご時世までそれが生きて、まさかこんな形で会う事になるとは、思っても見なかった。
「お前、一体何者だ?」
「俺は余所者だ、それだけだ」
「本当に戦闘民族なのかい?それに癒しって言うのは・・・」
全く訳が分からないといった顔をしている膳。
「俺達は、シグマの一族の生き残りだ」
「シグマ・・・か」
「知ってるのかい?」
「ああ、一応、長く生きてるからな、本当にシグマの民と癒しの者は共に行動をしているんだな」
お互いがお互いを護り、生きている民族。その典型的な形がこの二つ。
シグマは怖ろしく強い能力を持っている。争い事を好むタイプも多く居るのがこの民族で、昔は戦争が絶えなかった。
その所為で命を落とす者も、半端でなく居た事だろう。そこにくっ付いているのが癒しの能力を持つ民族。
これはとても弱く、戦闘能力はゼロに等しい。が、癒しと言うだけあり、傷を癒し、命を救うだけの能力を持ちあわせてるのだ。
故にシグマは回復を、癒しは援護をしてもらう事で、互いの欲求を満たす事が出来ているのだ。
「んで、君達を襲ったのは、一体誰?」
「それは、中心にあるだろう、建物が、あそこに住んでいる連中だ、名前はそのまま『都市』」
「『都市』?」
その言葉に膳の体が強張った。やばい、と俺は本能的にそう悟った。俺は知っていた。連中がまだ生きていて悪さをしていると。
だが、膳が石であった以上、俺には何も出来なかった。それが、膳が自分の命を絶ってでも殺したいほど憎んでいる連中だと知って居ても、俺には何も出来なかった。
それが今、こうして膳をまた苦しめている。あんなにも遠い昔の記憶が、苦しめるのだ。
「あいつら、まだ生きて・・・」
「『都市』を、知ってるの?あなた達」
「こいつも、村を滅ぼされたんだ、過去二回、その中で大切な者も失ってる」
目が何処を見ているのか分からず、ただ何かを呟いているような膳を指し、言う。
子ども達は膳を見る。その目は、何を物語っているのだろう。どんな意味で向けられている眼差しなのだろうか。