久しぶり
「ああ、凄い久しぶり・・体が固まってる」
「膳」
「なんだい?ジルヴァント」
「大丈夫か?無理だけはするな」
「心配性だね、大丈夫だよ、ちょっと慣れるまで時間が掛かるけど」
そういって優しく微笑み、腕を回したり手を閉じたり開いたりしている。
ずっと会いたかった人が、目の前に居る。俺の望みが、心の蟠りが、少し解消された。
「あ、ジルヴァント」
「なんだ?」
「いや、いつの間に僕の背を抜かしたの?」
キョトンとした顔で俺を見上げる。あの頃とは逆の立場に、少し面白く思える。
あの頃の膳は俺をこんな感じで見ていたのだ。
「そんな事か、お前が石になってからどれ位経ったと思ってるんだ、俺は二十三だ、お前確か二十歳で石になったから今も二十歳だろ?って事は年だって俺の方が上だろうが」
呆れ口調で言ってみる。相変わらず何処かしら抜けてる奴だ。
納得はしているだろうが、ちょっと気になっているようで、幾度も自分の背から俺のところへと手をやり、背比べをしていた。
頭一個分は俺の方が育った。そりゃ驚くだろうな。
「・・・二十三?」
「そうだが?」
「僕が石になってから、六年しか経ってない?」
「馬鹿かお前、もっと経ってる、西暦すら変わる程にな」
「じゃあ何で、二十三歳なんだ?老けてない」
「病に掛かった、母様が掛かったのと同じ、不老長寿だ、お陰様でこの姿のまま随分と長く生きてる」
「そっか、辛い時に一人にさせたんだね、僕は」
「何言ってる、もう慣れた」
呆れてため息が出る。だが、膳はとても寂しそうな顔をしている。
本当に申し訳ないと思ってるんだろう。だが俺だってそれくらい突付いてやらないと、気がすまない。
「・・・僕は、あと何年生きられる?」
「さあな、長く見ても、一年ちょっとか」
「一年、リアルな数字だね」
そういって寂しく笑う。だが俺も、この身体になってしまった以上、いつ迎えが来るか分からないのだ。お互い様と言えるだろう。
「無茶をしなければ、一年は生きる事が出来る、だが、能力を使ってしまうと生命は縮むだろう、もしその助けたいと思ってる連中のために使うとなれば、もっと短くなる、いいか、くれぐれも無茶はするな」
「・・分かってるよ、さ、あの子達のところに行こう」
「待ってれば来るだろう、まだ残りが居るんだ、休んでろ」
生き残った子ども達。その惨劇から数年経っていた。それでも生きていた。
それが驚きではあったし、その生命エネルギーの強さ。
諦めの悪さと言うか『生きてやる』という信念が怖ろしいとも取れた。
膳もそう思ったからこそ、諦めずに俺をまた呼んだのだろう。
当時幼かった子ども達は見事に成長していた。ここにたどり着くとは思っても見なかった。だから、俺も驚いた。
『脱走だー!一族の生き残りが脱走したぞ!』
村の方が珍しく賑やかになった。ああまで人の声が届いたのは、あの村が襲撃されて以来だった。
そこで俺は、あの三人がまだ生きていたのだと、強く思い知った。
そして、[都市]の連中から逃れ、諦めずに小屋までたどり着いたのだ。来たのは男。
年の頃は十五、六位だろうか、といった所だった。膳は知っていて、元に戻りたいと言ったのだろう。そして、来てしまったから・・。
「薄暗い、何か、役に立つ物は・・・」
小屋を物色し、少年は膳を見つけた。そこで膳は少年に話しかけた。
きっとずっとその機会を狙っていたのだろう。何しろ、石の姿では出歩く事は出来ない。
そして小屋には特別な結界を張ってあるわけだから、出る事は出来ない。ま、少年が入れたのも、驚きではあった。
それなりに強いものをかけてあったからな。だが、俺の驚きはそれだけではすまなかった。
少年は、俺が結界を重ねて掛けた武器を、容易く持っていったのだ。
それを見て、結界が切れるのを感じて、俺も中で騒ぐ物があった。悪の手に渡るはずはない。
それはあった。だが、そう簡単には解けない程の強いものだった。
それを、ただ手を翳し、それだけで解けた。武器も、少年を求めていた。俺がそうしたんだ。
最早俺も膳も使えないのだ。そこに来て、怖ろしくなる程の時間を経て、後継者が現れたのだ。こんな事が起こるとは。
長く生きてきて、ここまで驚いた事は無かった。だからこそ、膳は戻して欲しいと訴えたのだろう。そして望み通り元に戻った。
一通り身体を動かし、す、と腰を下ろす。恐らく疲れたのだろう。まあ、当然とも言える。
何しろ、何百年も石になっていたのだから。
「それにしても、あの子の手足を見た?あの流血、そして、枷」
顔を歪ませて膳が俺に問う。知っていた。中で何が行われていたのか、俺は知っていた。
少年も、他二人も、捕らわれてから壁に磔にされていたのだ。
あの少年は、己の力でそれを千切り、脱走したのだ。下手をすれば手首骨折、いや、手首ごと千切れる可能性もあるだろうに、あの少年はそれより何より、そこから脱走し、助けなければいけない仲間が居るのだ。
己を犠牲にしてでも護りたい。そう思う相手。それが居るだけで全く違う事を、俺は身をもって知っていた。
「残りの二人も、決して五体満足とは、言えねえな」
とても強い血の匂い。中で何が行われて居ようと、俺は何もする気はなかった。
今なら話は別だ。膳がこうして俺の前に居る。俺の元に居る今が、その事件の起こる前ならば、俺はきっと助けていただろう。
だが、もう後の祭りだ。過ぎてしまった。片方は大怪我をしている。
下手をすれば、命に関わるほどの傷だ。それだけの出血を伴っているのだ。
もう片方は、そんなに酷くないが、軽傷を負っているのも確かだ。
「ジルヴァント、僕はこの姿に戻ってから、凄く嫌な感じがするんだ、石でいた頃よりもずっと強くそれを感じる、なあ、これは一体何なんだろう?この村で今何が起こっているんだ?」
「それは、あいつらから聞けば良い、その方が良い」
俺の口からは言えない。とてもではない。分かっていながら何もしなかったそれを、後悔しても仕方が無いというのに。
これだけはどうしても許しを請う事は出来ない。古傷を抉る思いを、与えるだけなのだ。
ふと人が近付いて来る気配がした。子ども達だ。
「来たぞ、俺は一度戻る」
「呼んだら来てくれよ、僕一人ではちょっとね」
「わかった」
小屋の天井は損傷をしていた。そこから俺は降りた訳だし、登る時もそこから出た。
そして、こちらへと歩いてくる三人を上から確認した。とはいえ一人は歩いていない。
気を失っているようだ。それに、一人の女。あれは、もしかして・・・。