表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/63

待ち焦がれた言葉

「人の気配だ」


村を離れ、今にも崩れそうな廃屋の中で、俺は感じ取った。距離は随分離れていたが、俺には人並み外れた能力の所為で、どこにいてもそれを感じる事が出来た。


同時に、膳の声が聞こえるように、というのもあったが、必要以上には離れないように心がけていた。


気配は数人。だが、それは俺が戻るまでの間に消えた。元々弱まっていた所為もあるが、それだけでない事はそこに居た俺には分かった。


恐らく、また連中がうろついていたのだ。俺は勝つ自身がある。だが、普通の人間には無理だろう。


ましてや弱っているとなれば、連中で無くても息を止める事は出来るであろう。


それでも俺は慌てなかった。嘆く事は無かった。もう、心が乾いていた。


ただそこに横たわる屍に、土をかけてやるくらいしか、俺には出来なかった。


また、それ以上何をする気もなかった。抜け殻同然だった。早く呼んで欲しい。


ひたすらそればかりを願っていた。だが俺の想い人は、それを言ってはくれなかった。


長い事生きていると、たまにそうやって辿り着き行き絶える者があった。


同時に、生き延びる者も居た。俺は遠くからその様子を見ていた。何をすることはない。ただ、見ていた。


膳の石のある小屋から、少し離れた所にあるあの時のままの村。そこにたどり着いた者が、そこで生活をする。


死んでいた村が、家が生き返り、あの頃のような風景が俺の目の前に広がる。


それは、とても懐かしく、心から何かが溢れそうになる。それに蓋をして、俺は背を向ける。


そして見つからないよう、手出しをしないよう、また離れたところへと移り行く。


『・・−ト』


その人間達が住み着いてから暫くして、俺の耳に怖ろしいほど懐かしい声が聞こえた。


それは紛れもない、膳の声だった。


『助けて、ガート・・村が、人が・・・』


嘆きが聞こえた。俺は、村で何が起こっているのか分かっていた。それでも、そこに助けに行こうとはしなかった。


思わなかった。俺の待ち焦がれている言葉が、入っていないからだ。


それまで俺の事を放っておいて、今、この場面で俺を呼ぶ膳が許せなかった。


『ガート、お願いだよガート、皆が殺されてしまう・・ガート』


血を吐く様な叫びに聞こえた。でも俺は、行かなかった。村は壊滅した。


村の上空より俺は全てを見ていた。今回たどり着いた連中はそれなりに強い能力を持っていた。


円陣を組める者も居た。それにより大人は子どもを助けた。たったの三人。


まだ幼さの残る三人。男が二人と女が一人だった。膳の叫びは、もう聞こえない。


諦めたのだろう。何しろ生き残りがこの三人では、話しにならない。


「直ぐにくたばるな、俺が近づく事もないだろう」


そう思った。それは正直な気持ちだった。どう見ても生きていけるような様ではなかったからだ。


だからその後、何年も連中が生き延びて居ようとは思わなかった。気配を感じてはいても、放っておけばいずれ死ぬ。そう思っていた。


非常に客観的だったのだ。そして俺は、またあの声を聞いた。


『ジルヴァント、居るんだろう?聞こえるところに』


今までとはまた違う声のトーンに、俺は観念して膳の元へと向かった。


相変わらず埃まみれの小屋。その中に居る膳。


その石はとても綺麗に輝き、まるで哀願しているかのように見えた。息を飲み、気を落ち着けた。


「何の様だ?今更俺を呼ぶとは」


『ジルヴァント、もう時間がないんだ』


「だからなんだ」


『言わなくても分かっているだろう?僕の言いたい事くらい』


分かっていた。当然だった。俺がずっとずっと欲していた言葉だからだ。


だが、『分かっているだろう?』では俺は納得がいかなかった。


『分かった、言うよ、元に戻して欲しいんだ・・僕を』


「今更戻ってどうする?今のお前に何が出来る」


『でも、放っておけない、まだ子どもなんだ、助けてあげたい』


「俺の事を放っておきながら、今更あんな幼子どもに何をしたいというのだ、償いとでも言うか?」


『お前が怒るのは分かる、だが、今元に戻らなかったら僕は一生後悔する、だから』


「・・・分かった、だがこれだけは言っておくぞ、今元に戻ったところでお前の余命は幾らもない、それでもいいんだな?」


『分かってる、それでもいいんだ』


「そうか、これだけは約束してくれ、決して無茶をしないと」


『ああ、分かった、約束するよ』


息を、また飲む。どれだけ待ち焦がれた言葉だろう。『戻りたい』と。それだけを待ち続けた年月だった。


「心して掛かれ、気を抜いたら、死ぬからな」


『分かってる』


石の姿でありながらも、そこには膳が柔らかく微笑んでいるように見えた。


俺は、膳の石を手に取り、強く念じた。同時に膳も石の中で戻りたいと強く念じ、望まなければいけない。


長い沈黙。それを破り、今俺の目の前に、人の姿になった膳が居る。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ