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別れの朝

「じゃあ、よろしく」



翌朝、食事を済ませるとテーブルの上に秘石を置き、膳が言った。


封じる前におなか一杯になってから入りたい。そういう膳の言葉の元、朝食後に封印する事になった。


秘石は、小さい。小さめなのを選んだからだが、封印に使うには小さすぎる気がした。


入らない訳では勿論ない。肉体はないような物だ。ただ、気持ち的に小さいと中が狭いのではないかと、思ってしまったのだ。



「これで良いよ、ガートから貰った時からずっと肌身離さず持ってたから秘石としてもこれが一番僕に合ってる筈だから」



「そうか」



言葉が切れた。沈黙が続いた。昨日、決めたことなのに時間が経ったら、その分想いが募ってしまったら、やはり怖い。



「ガート、始めて」



おっとりとした口調だった。出会った時の様な落ち着いた声だった。


顔を上げると、穏やかな顔をした膳と目が合った。すっきりした顔。


全てをもう決めて、決心を固めた顔をしていた。俺とは対照的だった。目を瞑り、呼吸を整えた。



「一つだけ、約束をしてほしい」



秘石を見てそれから膳を見て、呟く。膳は不思議そうな顔をしたが、頷く。



「元に戻りたいと少しでも思ったら、俺を呼んで、心の声は聞こえるから、聞こえるべく者には聞こえるから、直ぐに俺を呼んで、それだけ、約束をして」



「ああ、分かった、約束するよ」



やっぱり穏やかな口調と笑顔で、膳は返した。俺はその手をとり、神経を集中する。


次第に膳の身体は内から光り始める。秘石もそれと共鳴するかのように光り輝く。


汗が出てくる。初めてのその行為は、とても難しい事を知った。硬く目を閉じ、必死で行う。


手には必要以上の力が篭ってしまっていただろう。膳はきっと痛かっただろう。でもそんな余裕はなかった。



「ガート、僕も一ついいかい?」



「何だ?」



「僕の武器、あれも封印してもらっていいかな、二度と使う日が来ないようにと」



「分かった、膳を封じてから、やっておく」



「ありがとう、助かるよ」



満面の笑みだ。これが普通の、日常で見る笑顔だったら、どれだけ良かった事だろう。


そう思うと苦しくて仕方がなかった。だが、気を持ち直してまた封じる方に集中した。



『ガート』



ふと、膳が俺の名を呼んだ。目を開くと、膳の姿は半分以上透けていた。


秘石の中へと移り始めていた。するりと手が外れる。



『ガート、ありがとう、愛しているよ・・僕の大切な弟』



そう言って軽く俺を抱きこみ、頭を撫でて、笑う。そして、消えた。


秘石へと完全に移ったのだ。秘石は暫く光っていた。そして部屋には俺しか居なくなった。


それなのに、まだそこに膳が居るような不思議な空気が残った。ずっと持っていた手も。


最後の抱擁も、頭に触れる手も。まだそこにあるかのような、そんな思いがあった。



「膳、俺も愛してるよ、いつかきっと、また共に過ごせる日が来る事を、俺は願ってるから」



跪き、そこにある石を見て涙が止まらない。今、この中に最愛な者を封じた。


俺がこの手で、封じたのだ。直ぐにでも引っ張り出してやりたい。


そんな衝動にすら駆られた。だが、それは出来なかった。膳はそれを望んではいない。


封じる時も、また解く時も、お互いの思いが共鳴しなければどちらも出来ない。


無理やりに一方の思いだけでは、どちらも出来ないのだ。だからこそ、膳は俺を説得した。


俺が居なければ封印は無理だ、というのもあったが、意思がなくてはできない事も、良く知っていたのだ。



「膳、いつかまた、お前が目覚めた時、この世界はどう変わってるか分からないけど、もしかしたら今よりも酷い世界になってるかも知れないけれど、俺は待つよ、お前が俺を呼んでくれる日を、また共に笑い合える日が来る事を、願うよ」



片手にすっぽりと収まる小さい石。大切な人がそこに居るというだけで、それはとても大切な石へと変わる。


小箱を作り、それにすら能力で幕を張り、石を鎮座させる。すると、俺自身に身を裂かれるような痛みが走った。


どうやら能力を使いすぎてしまったらしい。膳の石を前に定位置に座る。


流石に人を封じるのはかなりのエネルギーを使ってしまったらしい。


ここまで能力を使い続けたのは初めてだから、相当身体に来てしまったようだ。


石を手に、二階に上がる。そして上がりきって止まる。直ぐは膳の部屋。


扉は閉まっていて、まるでそこに膳がいるかのような、ちょっとした圧迫感を感じ取った。


静かに扉を開く。昨晩、確かにここには膳がいて、俺が居た。二人でお互いの存在を確認するように眠ったベッドはもう冷たい。


でもそこには膳の匂いが残っていて、膳の残留思念があるようだった。


未練なんて何も残さずに、こうして石になったというのに。


ベッドを軋ませ、俺はそこに寝転がる。俺が使っている部屋とは違う天井。空気。


ここで寝たのは、二回。天井を見るような事は一度もなかった。


全てで膳の顔しか覚えて居なかった。あの穏やかな笑顔しか、残っていない。


それを思い出すと、少し涙が出てくる。情けない。16にもなって、男で、それなのにこれしきの事で泣くなんて。


そう思いながらも、止める事が出来なかった。暫く泣いて、泣いて、そしてその所為か、眠ってしまった。


膳の残り香がある布団は、まるで膳が俺を包んでくれているような、膳と共に寝ているような、そんな錯覚を抱かせた。



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