優しい脅迫・後
「そうだよ、ガートはもう分かってるね?僕は、自害する」
変わらず、淡々とした口調だった。世界が、崩壊する音が聞こえてくるようだった。
見事に当たってしまった。
「何を言ってるのか、分かってるのか?自害をしてしまったら、生まれ変わる事は出来なくなる、あの三人の生まれ変わりと出会う事が出来なくなるんだぞ?地獄行きだぞ?それでも良いのか?」
「これから逃れる事が出来るなら、なんでもいい、さあガート、石に封じる?それとも、僕を死なせる?」
こんなにも残酷な質問があるとは思わなかった。こんなにも綺麗な目をして問いかけられる日が来るなんて、夢にも思わなかった。
「膳、俺が膳の死を望むわけがないって分かって聞いてるんだろう?死ぬって言われたら、俺が嫌でも石に封じる方を選ぶって分かっていたんだろう?だから、こんな事を聞くんだ」
「そうだよ、ガートは優しいから、そして有能力者だ、もしガートが能力がなければ、僕は死んでいた」
自分の能力が、嫌になった。こんな選択を迫られる位なら、能力なんていらなかった。
でも、能力がなければ膳は死んでしまっていた。
でも、石に封じる事だって言わば死だ。だが、それを選ばなければ、膳は、本当に自害するだろう。
いっそこれが夢ならば・・・。覚めてあの三人もいて、膳も笑っている、単なる夢ならば、良かったのに。苛立ちと焦りが、中に生じてしまった。
「膳、汚いよ、卑怯だ」
「うん、そうだね、わかってる、それでもこの苦しみから逃れたいんだ、それが出来るのはガート、君だけなんだ」
「俺が一人になるのは構わないのか?また一人になるんだぞ?膳だって一人の悲しみも苦しみも知ってるのに、どうして?!またあれを俺に味合わせるのか?」
とても暖かかった故郷を捨てた。それからはずっと一人だった。
最初から孤独なら辛いなんて思わない。だが幸せだったところから自ら望んだとしても、あの絶望的な、常に死と背中合わせの空間がとても怖ろしかった。
焔に会い、人の温もりを再発見してしまってそれでも一人を選んだ。なのに人が生きていると聞いたら、会いたいと思ってしまった。
生涯一人で野垂れ死んでもいいと思ったのに。
ここに来て膳やあの三人と出会い、それが余計に薄れてしまった。
馴れ合ってしまった。こんな世界で絶対の幸せなんてない、この滅びきった世界で、それでも俺は幸せだと思っていた。
そう、今の今までは。
「ごめんガート、僕は卑怯だ、君を守るのが兄である僕の役割だった、でも、それでも僕はあの三人に例え夢でも、嫌われるのが、責められるのが絶えられない」
小さくなる声。それでいて強く感じる意思。もう、この思いは変わることがないのだろう。
「勝手だ、膳は勝手だ・・・酷いよ」
涙が溢れた。次から次から止めどなく流れ落ちる。絶望感。それだけが今の俺の中にあった。
やっと手にした幸せを、その温もりを張本人の手で、断ち切られたのだ。
辛くて、悔しくて仕方がない。それでも、恨む事も、嫌う事も出来なかった。
「ガート、ごめんね、本当にごめん」
テーブルの上で震えている俺の手を取って膳が言う。暖かい。人の温もり。
これを感じることは、もうないのだろうと直感した。
「・・・秘石に、封じるよ」
搾り出すような声になってしまった。涙で鼻がつまり、喉にも影響を及ぼし、とても低い声が出た。
「ありがとう、ガート、ごめんね」
手に更に力が篭る。その時、俺の手に何かが零れ落ちてきた。それは、膳の涙だった。
小さく肩を揺らし、泣いていた。それを見て更に泣く羽目になった。
このまま、時が止まってくれれば良いのにと、強く願った。でも、それは叶うはずのない、願いだった。
その晩、最後だからとまた膳の部屋で共に過ごす事にした。
膳はまるでヌイグルミを抱くかのように、また幼い幼児を抱くかのように俺を包み込んでくれた。
人の温もりと、心音が心地よい。膳にも俺の心音が届いているのだろうかと、とても不思議で、神秘的な感覚に陥った。
たったそれだけの事で、人は安堵感を得る事が出来るのだから。
お互い、中々寝付けなかった。でも、何を言う事も無かった。
寝息も、寝顔も、もう二度と見れない。そういう思いから、寝付けなかったのかも知れない。