やっと見てくれた
「あれ、そういえば」
何かが引っかかった。写真、そうだ。俺もこの三人と写真を撮っていたのだ。
でもそれはどこにあるのだろうか?そもそも現像はどうやって行っていたのだろうか。
謎が多い村だ。首を傾げてそれを眺めていると、後方で扉が開ききり、壁に当たる音がした。
「膳」
入り口には膳が立っていた。変わらず表情はない。だが、何かが変わっていた。
「うわあああー!!」
突然、叫び声を上げ、俺の手から写真を奪い取り、俺を部屋の外へと突き飛ばす。
普段の膳からは考えられないほどの力だった。そして何より、その声に驚いてしまった。
俺は、廊下に尻餅を付き、その場で呆然としていた。
「おい膳、お前今声が!」
立ち上がり扉を叩きながら半分叫んでいた。そう、やっと声を聞けたのだ。
「来るな!僕の記憶を汚すな・・二度と部屋に入るな」
扉を開く事無く、膳は淡々とした口調で俺に言う。半年振りくらいの声だった。
それなのに、それは俺を拒絶する言葉だった。あの時と同じ、俺を突き放す言葉。
俺は脱力感を覚え、その場に跪いた。何故こうなったのか、分からなかった。
ただ膳にとって俺は、不要な存在だという事を、深く痛感した。膳にとって大切なのは、あの三人で、その三人との記憶だ。
俺ではない。そう思い知った。暫くはそこで固まっていたが、俺は自室へと戻った。
言い切れない、ショックだった。だが、仕方がないとも思えた。
壁一枚の隣の部屋の声も音も、俺の耳には簡単に届いた。まるで何もない、同室のように聞こえるのだ。
ただ見えないだけで。だから膳がすすり泣く声も、鼻をかむ音も、全て聞こえていた。
俺は、遣る瀬無い想いだった。どうやっても膳を救えないのだろうか。
声も、もしかしたらこれでまた出なくなるかも知れない。膳は、彼らの思い出も一緒に封印をしていたのかも知れない。
出ているとそれを見て泣くから。でも俺は、心が死んでしまうよりは、思って泣く方がまだ人らしいと思えた。
消す事の出来ない、壊す事の出来ない想いはあるのだから。
「ここまでなのかな、料理も掃除も頑張ったけど、俺ではやっぱり、無理なのかな」
窓から放り投げた布団は、敷けているとは決して言えない複雑な形で下り曲がり、伸びている。
その上に俺は身体を預けた。正直、身体も心も、一杯一杯だった。軋んで、涙を流していた。
肉体は、生憎とそれを現すことは無く、余計虚しくさせた。
「膳、ご飯は?食べないと身体が持たない」
声を出したあの日から、毎日こうして扉の前から声を掛けた。勝手に開けようとすると中から凄い速さで物が飛んで来た。
そしてベッドでまるで怯えた獣のような目をした膳が、こちらを見据えていた。
それを見てしまったら、もう開く事は出来ない。膳が出てきてくれるのを待つしかない。
「一人にして、何もいらない」
返事は決まってこれだった。一日目は、それでも引いた。だが二日三日と続くと、流石に気が気ではなくなり、力強く扉を叩いた。
「このままじゃ、膳も死んでしまう!飯くらいきちんと食べろ!」
扉が壊れる。そのくらいの力だった。音も、きっと凄かった事だろう。それだけ真剣だった。心配だった。
「それでもいい、こんな世界、もう何もいらない」
力ないその返事に、泣きたくなった。膳の世界に、俺は居ない。不要な者になってる。
いや、最初から居なかったのかも知れない。俺が気が付いていなかっただけで、もうずっと、そうだったのかも知れない。
どうやったって時間は戻せない。まして出会いを変えることも出来ない。
俺が三人に敵う筈がなかった。勝負になるはずがない。俺は、余所者だ。
膳の顔を、三日も見ていない。きっと大変な事になっているはずだ。
水分すらまともに取っていないのだ。自分でここから出ていない限りは。
最も、部屋から出れば俺の耳に直ぐに音が入り、知る事が出来るが、一度も出た様子は無かった。
「膳が死んだら、俺は悲しい、三人だってそう思ってる、死なせるためにお前を生かせた訳じゃないことくらい、分かるだろう?膳」
扉の内側に、何かが当たる音がした。そして膳の叫びも聞こえた。もはや何を言っているのか分からない。
それが悲しかった。血を吐く想い。命を削られていく。それが直に響いている感じがした。
あと一日、いや、半日でもいい。早く膳が出てきてくれることを祈った。
そのまま廊下で寝入ってしまった俺の頭上に、何か暖かいものを感じ取った。
うっすらと目を開くと、そこには足が見える。
「膳!?」
慌てて飛び起きた。そこにはすっかりと窶れ、乱れきった髪をした膳が立っていた。
青白い肌と、真っ赤な目。夢ではないかと、固まってしまった。でも、夢ではなかった。
「ごめんね、ガート・ごめん」
床に座り込み、俺を抱きしめると、そう呟きながら涙を流した。
膳の声が、その涙が、そして温もりが懐かしく、怖ろしく嬉しかった。
震えているのは、膳だけではなく俺の身体も、小刻みに震えた。嬉しくて、震えが止まらなかった。
俺の身体は、やっと涙を流した。
暫く俺と膳はその場で抱き合ったまま、泣いていた。