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絶望の始まり

「膳、家に帰ろう」



どれだけそうしていたのだろう。雨も手伝い、三人の身体は一気に冷たくなっていた。


まだ命がある俺も膳も、すっかりと冷えていた。


声をかけても、膳は動かなかった。三人の死を、受け入れたくない。そう背中が語っていた。


その手を離したくないのだと、物語る。


冷酷なのかもしれない。俺は、たったの数週間。でも、されど週数間は共に過ごした者が死んだというのに、涙が出ない。


その分、膳が泣いているのではないかと思うほど、膳は泣いていた。


枯れ果ててしまうのではないかと思うくらい、大粒の涙を零していた。



「三人も、こんな雨の中では、可愛そうだろう?膳」



「んで・・・」



後ろから肩を叩いた俺に、膳が何かを呟いた。声は掠れていて、途切れた。


ゆっくりと三人の手を下へと下ろした。そして振り返る。



「何で助けてくれなかったんだ!特殊な能力を持っていたのに!あんなに簡単に倒せたのに、何でもっと早くに気が付かなかったんだ!何で、何で!ガート!!」



肩を掴み、激しく揺さぶりながら言う。いや、叫んだ。辛くなる。


もっと早くにここへと来ていたら、助ける事が出来たかも知れない。


少なくとも、もう少し長く、話をさせてあげることは出来たはずだった。


この村での平和に慣れすぎた、俺の責任だった。大切な者にこんなにも辛い、悲しい思いをさせた。


こんな顔をさせているのは、俺自身だ。悔しい。でも、何て言葉をかけてやればいいのか、

分からない。


何を言っても、空言になりそうで、聞き入れてはもらえないのではないかと、俺は何も言えない。ただ、膳を守りたい。


そう思うことしか出来ない。肘は、俺に対しても声をかけた。


俺のことも、弟だと思っていた。だから俺は、今死に逝く兄が残した言葉を守りたい。


膳は、俺が守るんだと決めた。今は、ただ頭を撫でてやる事しか出来ない。


足りない弟だけど、でもそばに居てあげる事だけは出来る。


ゆっくりと、傷を癒せてあげることが出来たら、それでいい。身代わりでも、それでもいい。



「膳、このままじゃ三人だって可愛そうだ、屋根の下に入れてやろう?」



なるべく穏やかに、話しかけた。膳は、ずっと俺の肩を掴んでいたが、やっと離した。


そこには血のシミがついた。三人の血と、膳自信の血液だ。


動きを見ていると、膳はまず一人、抱え込んだ。そして引きずるように外へと出て行く。



「俺も手を貸す」



膳よりも大きい大人を三回も担ぐのは、かなり無理がある。俺も背は低いが力ならある。


膳とすれ違い、残りの二人に手を伸ばすと「触らないで」と後方から声をかけられた。



「僕がする、これは僕の役割だ」



「だけど、膳の家まで運ぶつもりなんだろう?体力が持たない」



「分かってる、でも外において置いたら死体すらも持って行かれてしまうかも知れない」



それは一理ある。確かにそうだが、しかし、その行動を見ることしか出来ないというのは、以外に辛い。


足元も覚束無い状態でやっとで歩いている膳を見ていると、手を貸してしまいたい。


でも、じっと我慢する。膳は今、かなり必死になっている。むきになっている。


後ろからずっと付いて歩いて、膳が何時崩れてもいいように構えていた。


結局は一度も諦めずに三人を運びきった。膳の家の、俺たちの憩いの場所に、三人の遺体が並ぶ。


傷だらけになった、決して綺麗とはいえない遺体だ。でも膳は、それをとても大切に扱う。


手も足も泥と血で汚れて、それでも三人を濡れタオルで顔や手を拭き、綺麗にしている。


最後くらいは、と思ってるのかも知れない。


随分と、体力を使ったことだろう。三人とも拭き終えて、やっと膳は気が済んだのか、倒れこんだ。静かに、寝息を立てている。



「やっと寝た、無理をしすぎだ」



部屋の片隅でずっとそれを眺めていた俺は、膳の汚れた衣類を剥ぎ取り、シャツと下着だけの状態で膳のベッドへと運ぶ。


まるでここに来た初日の俺のようだ。膳の顔は、土と自分の血と、涙でボロボロだった。


一度下に行き、三人を拭いたのとは別のタオルを濡らして膳の顔を拭いた。


ふと手を見ると、手もまだ血が付いている。固まっている。


きっと三人の血も、固まっていて取れなかった事だろう。


目元は赤くなり、腫れぼったくなっている。明日目が覚めて、下にある三人を見て、きっと膳はまた泣くのだろう。


また自分の所為だと己を責めるのだろうか。ならいっそ『お前の所為だ』と当たられた方が、まだましだ。


これ以上傷ついて欲しくない。




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