さようなら
昨晩よりは弱くなった雨が、俺たちを打つ。木が炭になっていく中、俺は膳へと足を向けた。
「みんな・・・」
燃えている枝を払いのけ、膳はボロボロになりながらも三人に歩み寄る。動かしているその中、三人は殆ど動かない。
もう、今の状態では生きている方が不思議だろう。それでも膳は必死に三人の身体を揺すり、声をかける。
「返事をして・・・何で、何でまたこんな目にあわなければいけない!?」
膳の体が震えている。声が裏返っている。泣いているのだ。俺は膳の後ろに歩み寄り、座った。
「膳、無理だ」
「何がだよ!分からないだろうそんなの!」
凄い形相だった。俺の心無い言葉に、膳は俺に掴みかかってきた。顔中が涙で濡れていた。正直、辛い。膳が悲しんでいる。
「助けてよガート、僕も三人も助けるって約束したじゃないか!」
「・・・膳、無理だ、俺には癒しの力はない、助けられない」
掴んでいる手に力が入る。目にも、威力が増す。怒っている。手は、震える。
いや、全身が震えているのだ。その目が語る。
『嘘吐き・・・!!』
と、声にならない言葉が、俺の中に聞こえてくる。
「膳・・」
か細い声が聞こえる。たった一人だけ、声を出した。手もほんの僅かだが動いていた。
「慄!良かった慄、生きてるんだね?」
嬉しそうにその手を握り締める。その手はとても弱々しく、工場で鉄鋼を抱えて、肘や橈に対して怒鳴り散らしていた姿が嘘のようだ。
「膳・・無事だな、ガートも」
「うん、うん、大丈夫だよ」
「あまり、話、出来ないから、一つだけ」
ぽつりぽつりと落とす様に言う慄。性格かな?こんな時すら、きっちりしている。
膳は、震えながらもしっかりと手を掴んで、慄から目を逸らさない。
「膳、ガート、俺も・・肘も・・橈も、お前の事凄く・・大切に思ってた」
「うん」
「生きていてくれて、良かっ・・た、それだけで良い」
「慄、これからは、三人で」
「・・それは無理だ、俺はもう、」
「え?」
「膳、今までありがとな、これからは、ガート、と生きろ、今度はお前が・ガートを・・護るんだ」
どこを見ているのか分からない目は、ただ空を見る。そして静かに、目を閉じる。
溜まっていた涙が、最後に流れる。激しい痛みがあっただろう。
苦しみも、悔しさもあっただろう。でも、それは膳が生きていたという事で、きっと全て消えた。
「兄」として、きっと「弟」を守りたかったのだ。きっと三人とも、そう思ったのだ。
ここに膳が入った時、三人は止めたのだろう。膳が俺を止めたように。
でも、目の前で大切な者が傷つけられているのに、引ける者なんて居ない。俺も、膳も、同じだ。
「嫌だ、こんなの・・・嘘だろ?僕をからかってるんだろう?目を、開けてよ・・また僕の名を、呼んで」
返事はない。もう、事切れてしまっている。膳はきっと、とても悲しんでいるのだろう。
俺には、分からない感情だ。
「僕だって、貴方達の弟になれた事、貴方達を兄にもてた事、誇りに思うよ」
手をとったまま、泣き崩れる。叫びのような、嗚咽のような、心から悲しみがあふれ出していた。
体中に傷を負い、体内の血液は半分以上、流れ出てしまった事だろう。
一番傷の浅かった慄は言いたい事を残し、逝った。即死に近かった二人だって、話をしたかったろう。
膳を残して死にたくは無かったのだろう。ここに来て、やっと手にした幸せだったのだろう。
きっと、俺と同じ。ここが彼らにとっても
楽園だったのだ。だから、そこで最愛なる者の元で逝けたのだから、きっと幸せなんだ。
一人で朽ち果てるより、余程幸せだ。