#23
ただ、寝ぼけていた。ここに来てから、夜中に目が覚めることなんて一度も無かった。
何故なら、初日はとにかく疲れていたし、膳にあえた事で緊張感が切れ、寝てしまったし、二日目も数年ぶりの対人で疲れた。
三日目からは労働が加わり怖ろしく爆眠した。
それまでは、砂漠ではまともに睡眠は取れなかった。
砂漠を抜けても、寝たらもう起きる事はないのではないかと思うほど、俺は疲れていた。精神的にも、肉体的にも。
ここで膳と出会って、その安心感で眠ってしまったのだと知った時、俺は自分でかなりのショックを受けていた。
それからはもう安堵しきってしまい、かなりな睡眠をとることが出来た。
それなのに、何故目が覚めてしまったのだろう。
用を足したいわけでもない、雨が煩い訳でもない。じゃあ、何だろう。
目覚めたとはいえ、頭はまだ呆けているし、思考回路は遮断された状態だ。でも何故だろう。
身体も寝ている感じなのに、何となく膳の様子が気になった。
床に着くまでは見送って居るが、その後は分からない。
勿論、起きていても寝ていても、口出しをするような事ではない。それは自由だからだ。
そう思うのに、足は、身体は自然と動き、膳の部屋の前まで行く。
耳を澄ましても、何も聞こえない。気配もない。
寝息もなければ、普通に起きているその息すら聞こえない。自然と、手が部屋の扉を開いた。
そこは、膳の姿は無かった。部屋に入り、ベッドに手を置く。まだ少し、温もりがある。
そんなに時間は経っていないのだ。トイレだろうか、でもだとしたらそんなに長い時間は掛からない。
寝ぼけている頭が、何かを感じ取る。はっきりとしないのに、窓の外がまた気になる。
膳は、外に居る。何故だろう、そう思った。足は外へ向かう。
ふと変な臭いと気配を感じ取る事が出来た。それは、工場から発されていた。
「何だ、これ」
工場を突き破り、怖ろしいほどの巨木が生えていた。あり得ない。
今日、いや昨日か、仕事が終わって今は夜中。そんな急速に成長する木なんて聞いたことがない。
そして、それから発される気は、どこかで感じたことがあった。俺はそれを、知っていた。
近付くにつれ、血の臭いが漂ってくる。かなり大量の血が流れている。足は必然的に急ぐ。
寝ぼけていても、内に秘めがちになっていた戦闘意識が強く出たと思う。
走る、というよりは、飛んでいた気がする。上から見た工場は、見事に破壊されていた。
四方八方に枝が伸び、窓や壁を突き破り、動く。植物、というよりは生物なのだ。
工場の入り口があった所に降り立ち、中へと足を踏み入れると、血の臭いがとても濃くなった。
薄暗い闇に包まれ、視界は悪かった。だが巨木の枝に三人と膳が絡め取られているのが見えた。
「膳?」
「っガート!?駄目だよ、入ってきてはいけない!お前は逃げるんだ!」
驚き叫ぶ膳は、鼻の頭から大量の血を流していた。恐らく、捕らえられた時、枝が掠ったのだろう。他の三人は、もう殆ど意識がない。
動きが全く見えなかった。息はある。膳が一番最後にここに来たのだろう。
あの時聞こえた音は、これだったのだと分かった。相当な音がした筈だ。
きっと他の三人は、その音でここに来たのだろう。膳も、恐らくまともに寝ていなかったのだ。
だから直ぐにここに駆けつけ、捕まったのだ。仕事と俺の世話で疲れ果て、熟睡していた。
だが、物音と予感、と言うのかな。それできっと目が覚め、此処に来たのだ。
それだけ遅れたから、膳はまだ大きな傷も負わず、生きているんだ。
ゆっくりと、俺の足は前進する。
「ガート、聞こえないのか!?引くんだーっ!!」
限界まできっと声を張り上げてる。掠れている膳の声が耳を過ぎる。
俺は、今までにないほど、怒りが心と頭を占めていた。足元に枝が伸びてくる。
前方からも様子を見るかのように襲い掛かる。それを交わし、横目でそれを観察する。
木だというのに鋭利な刃物のようだ。自在に形を変える事が出来るらしい。厄介だ。
だが、今の俺にはこれをどうこうするより先に、膳達を助けるのが先だ。
右手の秘石に意識を集める。その間も来る枝は、絶えず短剣で切り離してきた。
珍しい物ではあるが、俺にとってはそんなに厄介な敵ではない。
そう、人質さえ、取り外してしまえば、どうって事のない相手だ。
次第に秘石に光が集まり、球体になっていく。
闇にぼんやりと浮かぶそれを、木の中心に向けて翳す。それは木に向かい、ゆらりと飛ぶ。
枝がそれを阻止しようとも、通り抜けるだけで光は消えない。逆に枝が燃えてその場で朽ちる。
『凄い』
色んなところで枝が燃える。そこから切り離して、新しい枝を生やす。
本当に良く出来ている。きりがないとはこの事だ。
だが、兆しがないわけではない。所詮は、木なのだから。
「さっさと消えろ、目障りだ」
光は、木の中へと吸い込まれていく。木は、光を取り込みそこから少しずつ光を膨張させる。
光は木の繊維を壊し始める。
「木なら木らしく、燃えてなくなれ」
一気に周りの空気も引き込み、巨木は勢い良く燃える。それにより、膳も他の三人も振り落とされる。
黒い煙が、空へと昇る。それを雨が打ち消す。