第一章
とても疲れていた。身体を覆う衣類と、その周りの暑っ苦しい風。足元を掬う一面の砂。
自分が歩いてきたその跡すらも残す事の許されない、砂の世界・砂漠。
さらさらとする砂は、見る分には何も問題はない。しかしそこを歩くとなると話は違う。
唯でさえ照りつく太陽。それを反射する砂。頭から、足の裏から、そして体中から熱を
受ける。フードを被っていても、分厚い靴底の靴でも、全く意味を成さないようだ。
最悪な地帯を、もう長い事歩いている。怖ろしく喉が渇く。力を込めて歩こうにも
砂がそれを崩す感じだ。幾度か堪えきれずに砂の上に倒れこんだ事があったが、そこは
熱された鉄板の様だった。当然だ、ここは灼熱地獄。そういう世界。
四方八方、砂だらけ。砂漠に入った時、方向感覚を失った。景色が変わらないのだ。
岩石砂漠ではなく、ここは砂丘。風が吹くと砂は流され、綺麗な模様になっていく。
しかし、そんな物を見て凄い、と思うのはほんの一瞬だけだ。その後は地獄と化す。
夜になると、ここはまた地獄だった。日中の灼熱地獄とは全く異なり、夜はまるで
氷河地帯にでも居るかのように冷え込む。初日はそれだけで死んでしまうのではないかと
思うほどの温度差だ。身も心も休まる時がなかった。
日が昇る方が東、沈むのが西。それを覚えて東に向かってひたすら歩いた。
歩くうちに日は高くなり、俺の頭上を通る。そして沈むと背中越しに光が見える。
コンパスも言う事を聞かなくなるこの地帯では、それしか方法がなかった。
だがそれすら思い浮かばないほど、この世界は厳しかった。暑さ、寒さが一日で極端に
変わるのだ。同じ地帯だというのに、自然の恐ろしさを、痛感した。だが、それだけでは
なかった。暑さで頭がおかしくなるのか、それとも願望か、オアシスが見えることがあった。
勿論殆どが蜃気楼。幻に過ぎない。本物もあるにはあったが、幻のほんの何割にしかならない。
それでも、あるだけましだろう。命の水、その意味を最も痛感した。
食料は殆どなかった。水のみで生きながらえ、歩き続けた。髪も髭も伸び、砂がまとわり付く。
遠くの方にたまに竜巻でも見えれば、その場に立ち尽くしたりした。もしあれが
間近で起こったら、あれに飲み込まれでもしたら身体は細切れになってしまうだろう。
その方が幸せかもしれないとも思えた。こんな地獄を終わらせることが出来る。しかも災害だ。
自害ではないのだから。それでも、望むだけ無駄で、死神は俺の元へと降りてはくれなかった。
『まだ生きろ』とでも言うのだろうか?それとも『苦しめ』と言っているのだろうか?
俺の場合は、後者かも知れない。
こうして歩き始め、幾年が過ぎたのだろう。唯一人歩くだけ。自分の姿を見ることも無く
確認しようとも思わない。ただ、幾つもの町や村が滅び、地球の温暖化は酷くなり、砂漠化は
広がる。廃墟となった建物は全て崩れ、砂に飲み込まれていく。残っていても、木片が砂に
晒されている位なもので、家捜しを出来るような残り方はしていない。人どころか、アリも
いない。いや、砂漠なのだから例えるならばサソリの方があっているだろうか。それさえも
俺は見ていない。自分以外の生き物がいるとは思えない。これが、地球なのかと疑問に思う。
『水の惑星』と謳われた青い地球は、どこへ行ってしまったのだろう。食事も出来ず、水すら
口を濡らす程度しか得る事の出来ない今の俺にとって、考え事すら面倒な作業だ。次倒れたら
もう起き上がることは出来ないのではないかと思うほど、弱っていた。