#16
「膳の家は直さないのか?」
所々に開いている穴。一箇所や二箇所じゃきかない。俺が開けてしまった大穴も、ほぼそのままで口を開けている。
「家は、コンクリートだったみたいだし、鉄ではねえ、かと言って木も、そんなにいい物が生えているわけではないし、当分はこのままかな、まあそんなに寒くないし困らないからね、盗人も来ないし」
確かに、来たとしても盗む物はない。でも、何となく申し訳ない気分になった。俺が開けてしまったのだから。
「ああ、気にしなくてもいいんだよ、大したことはないんだし、形あるものはいつかは壊れるんだから」
俯いている俺の頭を軽く叩くと、そう言って笑う膳。
全てを見抜かれているのだと、少し恥ずかしく思う。だが、何があっても笑って居られる膳の強さが、俺には凄いと思えた。
館は、今どうだか分からないが、こんな風に建物が崩れるなんて、無かった。天災すらそうそう興らない。
平和そのものの環境だったから、こんな世界があったなんて下界に下りるまで知らなかった。
俺は、とても恵まれていたのだと、思い知らされた。
何も出来ない、無力な人間だと、知らされた。
翌日から、本当に俺は機を運転する事になった。
隣に膳を乗せて、指示を仰いで一心不乱な操縦だった。
工場に穴を一つ増やすのではないかという程凄い運転だったと思う。
「疲れた」
「初日にしては上出来だよ、明日からは一人で出来そうだね」
その一日は、目が回るほど忙しかった。たった一つの大きな機。
それを動かす事を覚えるのがこんなにも大変だとは思わなかった。
変に力が入った所為か、腕も足も筋肉痛で、肩も痛い。ただ唸って転がった。
家の中の仕事なんて、さっぱり手伝う事も出来ない。
そりゃあ、いつもしてるわけではないけど、手伝わなければ、という思念もある。
最初に言われた言葉が残っているからだと思う。
だけど今はただ体中が痛かったのと、やたらと眠かった。
だからだろう、いい匂いがしているのに、俺はすっかりと眠りについてしまっていたのだ。
そしてその晩、また俺は兄様を思い出すことになる。
「俺ってさ、そんなに小さくないよな?」
翌日、眠い目を擦り膳に問いかける。膳は俺の隣に立ち、手を俺の頭の上に翳し、そのまま平行に自分の身体へと動かす動作を二、三回行っていた。
その手は、膳の鼻先辺りになる。ふむ、と膳は暫し考えるポーズになる。
俺は答えが出るのを今か今かと待つ。
「少なくとも僕やあの三人よりは小さいね」
笑ってきっぱりとそう答えた。あまりにもはっきりしたその答えに、俺はショックを受けた。
自分の身長を知らない。人と関わって生きていない。
だから、そういうことを言われるのは初めてだし、こういう風にプライドを傷つけられる事も今まで無かった。
良い事なのか、また逆なのか。分からない。でも、そんな事があったから、こうして人と背比べなんて出来たんだと思う。
「まあまあガート、そんなに気にする話題ではないよ、成長には個人差があるんだし、いつしかこうして僕が君の頭を撫でる事も、叩く事も、出来なくなる日が来るんだし、ね?」
そう言っていつも通り俺の頭を撫でる。膳は頭を撫でるのが好きみたいだ。何でだろう。
そう思って理由を聞いた事もある。
『安心するから、頭から、髪の毛とかの感触も好きだし、そこから来る熱も好き、一人ではない、そう思えるからかな』
その時は珍しく頭を両手で掴んで髪の毛をくしゃくしゃにされた。
それも、一種愛情表現というものなんだろうか。兄様は、いつも頭を撫でてくれていた。
寝付くまで。また起きている時でも事ある毎に撫でた。叩かれた記憶は、一つもない。
常に、愛情を与えてくれていた。俺はそれが当たり前の物のようにも思えていたのかも知れない。
兄が居て、その隣に俺が居て、暖かい空間が何時までも続くと、そう思っていた。
そう信じていた。でも、不変な物なんてないと、唐突に気付かされた。