#13
何だかんだ騒ぎつつ風呂の時間が終わった。そして寝る時間だ。階段を膳に付いて登る。
登りきって直ぐ左にある部屋が膳の部屋だ。
「ガートは昨日の部屋ね、お休み」
「なんで別々で寝るんだ?広い部屋なのに、ベッドも広いのに」
「何だ?一人は怖い?寂しいのか?ガート」
膳は悪戯っぽく笑い、頭を撫でた。その行為に、ちょっと腹が立った。まるで子ども扱いだ。
「寂しいものか、いつも一人だったんだ」
「はいはい、分かったよ、お休みガート」
勇み足で奥の部屋へと向かう俺に、膳が声を掛けた。
俺は、振り返らずに「お休み」と返した。後ろで、扉のしまる音がした。
降り返ると、そこは闇。壊れている天井や、窓から月明かりが入ってくるだけの、闇だ。
俺は自分に与えられた部屋に入る。そこも、ゆれるカーテンの元、月の明かりが照らす。
大きく明るい月。それはとても不思議な何かを、秘めている様な光だ。と思った。
昔から月はあまり見てはいけないと言われていた事を思い出す。気が狂う事もあるらしい。
それだけ何かを秘めているのだ。
「今日、膳が言ってたのは、本当なのかな、だったらなお更、一人は嫌なはずなのに」
ごろりと寝返りを打つと、いい匂いがする。それは旅に出てから初めて綺麗になった自分の身体からする石鹸の匂いだった。
衣類も肌触りが随分といい。突っかかる感じもないし、さらさらとしている。
膳と離れて顔が見えなくなると、声が聞こえなくなると、一気にまた独りになったような気になる。
目を覚ましたら、砂漠で、死にそうになってるのではないかと、その晩は中々寝付けなかった。
全て夢でした、では寂しすぎる。そう思いつつも、気が付かないうちに眠りについていた。
風呂に入ったり、人と接したりで疲れたのが原因だろう。外の風は心地よく、館の夢を続けて見そうになる。
今度は悲しい夢ではない。兄様と笑いあっている、幸せな夢だった。
母様も父様も生きている。どれだけ昔の夢なのだろうか。笑顔が溢れるその平和な時代。
壊れる事を疑いもしなかった。
「おはよー」
欠伸をしながら階段を下り、下に居る膳に挨拶をする。幸い、この生活が夢ではない事を喜ばしく思った。
膳は笑いながら挨拶を返し簡単に用意した朝ご飯を並べていた。目を擦り、すっかり定着したその場所に腰を下ろす。
「昨日の今日だから忘れてないと思うけど、今日は工場に行くからね、他の仲間にもちゃんと挨拶をするんだぞ」
飯を掻っ込んでいる俺に、少し呆れ口調で言う膳。そういえば、そんな事を言っていたな、と思い出す。
重要な事以外は、忘れる頭を持っている俺としては、当日にまた言われない限り、きっとまた忘れるだろう。
「勢いがある人たちだから、ちょっと怖いかもしれないけど、根はいい人たちだから」
少し苦笑いに見える。きっと膳も最初に恐怖を感じたのだろう。
見た限り、膳にはそんなに勢いはないし、覇気もない。ただ優しさがにじみ出て、それだけは俺にもわかった。その膳が言うのだから、従うしかない。
ご飯を食べ終えると、早速出かけると言った。
工場は、村の中心の辺りに存在した。大きくはないが、他の家に比べたら、何軒分かはあるだろう。
中に入ると、すっきりしていて余計に広さを感じた。そしてオイルの臭い。金属の臭いがする。