#12
「次は身体を洗うぞ、っとその前に、伸び始めの髭でも剃るか?」
身体を洗う布に石鹸を付け擦る。泡を少し取り、俺の顔につけた。
「動くなよー、下手に動くと切れるからな」
そういう膳の手には剃刀があった。俺も自分でする時はナイフで剃っていたから、大差はないが、人にしてもらうのと、自分でするのはこれはかなり違い、怖かった。
真剣な膳の目が、余計に恐怖心を煽った。硬直していたから、何とか無事に終わった。
「ちゃんと温まれよ、週に何回もお風呂は沸かせないんだからな」
俺の身体を洗い、綺麗になって満足したのか、膳は自分の事を始めた。
暖かい久しぶりのお湯にちょっとのぼせつつ、風呂場も見回していた。
どこもかしこもボロボロで、良くまあ水を張り、沸かせるものだなあと感心したくなるくらいな風呂場だった。
元は窓も無かったらしい。が、壊れた事によって少し隙間風が入る。換気扇の代わりになっていい感じだ。
一応布が当てられている。雨や雪の際でも、心配ない小さな穴だった。
「ちょっとよけて」
ぼけっとしてると、洗い終わった膳が湯船に入ってきた。肩まで浸かり、伸びをして、ため息をつく。まるでオヤジのようだ。
「ふーん、やっぱり短くても髭を剃ると少し若くなるな、髭も最初は汚れかと思ったけど、そうだよなあ、もう髭が生える年だな」
暫し俺の顔を眺めたかと思うと、そうい言って頷いた。
幾つも違わないのに、膳はそんなに髭は見えない。剃ったばかりなのか、それとも元々目立たないのか、それは分からないが、年を言わなければ随分若く見られそうだ。
ふと、傷に目が行く。膳の身体は傷だらけだった。
黙ってそれを眺めていると、膳が気づいた。
「沢山あるでしょう、殆ど墜落の時にできた物なんだよ、強く打ち付けていたから怪我を沢山しているのに気が付かなくてね、でも蓋を開けてみたら、こんなにも沢山の傷があったんだ、当然と言えば、当然だけどね、でも目立つ物でもないし、腕や背中、足は服で隠れてしまうし、まあ、隠す事もないんだけどね」
腕にある細かい傷を眺めながら、膳が語る。
ふとした時にそれを見ては、その時の事を思い出しているのだろう。
俺にはわからない辛さを、背負って生きているんだと、思った。
風呂から上がると、洗濯してもらい乾いた俺の服があった。
借りてた服は風呂に入る時に脱いでそのままほったらかしだ。
きっと明日にでもまた膳が洗っていることだろう。
綺麗になった俺の服は、何となく少し縮んでいるような気がしたが、大して気にならなかったのでそのまま着た。
太陽の匂いと洗剤のいい匂いがした。んな物に包まれるのは、どれくらいぶりなんだろうかと、考えてしまった。
自分自身が綺麗になるのも、館を出て初めてだ。水を浴びたりした事はあったが、石鹸を使い頭や身体を洗うなんてずっと無かった。
一皮向けたような感じだ。
「ちゃんと髪を拭かないと風邪を引くよ」
長い髪から滴り落ちる滴を見て、膳がタオルで俺の頭を拭く。と言うより扱く、と言う感じ。
荒っぽく、そして痛い。
三半規管がおかしくなる感じがした。頭を左右に揺すられた。目が回った。膳は俺の髪を束ね、上で留めた。
女のような髪型になっている。膳が気にした耳も、ピンと目立つ。
「こんなの嫌だ、取れ」
「そうしていた方が水が垂れないし、折角洗って綺麗にした服に、早速水の染みが出来なくて良いの」
そう言うと俺の肩にタオルを掛けた。それも滴よけらしい。うなじから垂れてくる水を食い止めるため、のようだ。