#10
「あれは、家族旅行をしていた時だった、当時は今より栄えている町が多く存在していた、その町からの帰りだった、大きな飛行船、何百人乗っていたのだろう、僕もその内の一人だった、窓から外を見ると、地面がとても下にあって、雲も見えて、とても綺麗だったのを覚えているよ」
遠い目をしたまま、膳の口元は少し笑っているように見えた。
その光景を思い出しているのだろう。それでも、悲しそうな表情。そして空気は変わらなかった。
「小さな村を通り越したその時、大きく機体が揺れた、上空を飛んでいたから、風に煽られただけかと思っていた、でもそうじゃなかった、機体は方向感覚を失いそのまま墜落した、本当に一瞬の出来事だったよ」
小さくため息をつき、目を閉じる。その時の事が生々と蘇っているのだろうか。辛そうにも見える。
「耳の奥にとても大きな音が響いて、それは消えなかった、意識が遠のいて、気が付いた時は真っ暗闇だった、誰の声も音もしない、無の空間だった、身体も直ぐには動かせなかった、それは両親の間に座っていた僕が、両親と機体との間に見事に嵌ってしまっていたからだった、動けない、でも声も出ない、痛みは感じないもののどうしようもない状況だ、そして暫くすると機体がまた動いた、そして崩れる、元々墜落した時、全体的に地に付いていなかったらしく、その一点では支えきれなくなって崩れた、という感じだった、そのお陰で僕は外へと放り出された、お陰でまた気を失ったけどね」
その時の衝撃で頭を打ち、少し窪んでしまったと、後頭部を擦りながら膳は言った。
笑っても居たが、決して心からの笑顔ではなく苦笑だった。笑えるはずがない。
それだけの事故を体験したのだから。
「意識を取り戻し、顔を上げると飛行船からは無数の手や足、顔が見えていた、そして機体にもその下の地面にも、夥しい血液が流れ落ちていた、これだけの人数だ、見えないところにも沢山の血溜まりがあることだろう、そして誰一人、生きていなかった、僕はたった一人の生き残りだった、あまりのショックで何も分からなくなった、目の前のそれが現実とは、思えなかった、立ち上がろうとしたら、腰が抜けてしまい、立てない、そう思った時、飛行船は爆発した、燃料が漏れていたからだと思う、でも真相は分からない」
「膳の両親も、死んだ?」
俺の問いかけに、膳は唯一度、頷いた。
「跡形も無く、焼けたと思う、僕はそれを見届ける事は出来なかった、気が高まってしまっていて、ただただそれが夢にしか思えず、でも涙が止まらなかった、そこだけは身体も反応したのかもしれないね」
「んで、どうやってここまで来たんだ?身体、動かなかったんだろう?」
「お迎えが来たんだ、放心状態の僕の元へ」
「お迎え?」
その言葉に、俺は首を傾げた。よく言うそれって、死ぬ時に来るお迎え?でも膳は死んでないし、じゃあ一体誰が来たんだろう。
ここには誰も居ない。ってことは、やっぱり、。と、足りない頭で考えた。
「彼らはここの村民だったんだ、飛行船が墜落するのを見て、現場に駆けつけてきてくれたんだ」
「ここに居ないのか?」
「生活はそれぞれ別、最初の頃はお世話になったけど、この家も仲間になった証として、貰ったんだ」
そういうと家を見回して笑う。先ほどよりは自然な笑顔になっている。
「明日、彼らにガートを紹介しよう、工場で仕事をしてるんだ、とはいえ、自分達の生活に必要な物を作ってるくらいだけど」
落ち着いたのか、カップを置いて箸を持つ。少しずつだが口へと運んでいく。嫌な思いをさせてしまったのだろうか。分からない。
ただ、一瞬でも膳の気が揺らいだのは確かだ。