とある少年の記憶
プロローグ
『この子はきっと私と同じ病に掛かるわ』
西暦2002年、俺は南の館の第二王位継承権者として生を受けた。
生まれてきた俺を見て、母様は絶望的に言ったらしい。
本来、一組の夫婦の間には一人しか子を設ける事がない館で、
母様は二人目を生んだのだ。それがどう意味をもたらすのかは知らない。
ただ、俺の人生は生まれた時から決まっていたのかも知れない。
家族は父、母、兄、そして俺の四人家族だ。
館はとても広くて、とても沢山の人たちが生活をしていた。
両親は館を治める長として毎日忙しそうだった。
そんな中、俺を構ってくれたのは五つ年上の兄だけだった。
両親からも勿論愛情は貰っていたが、俺は兄から受ける愛情が何より好きだった。
だから成長していく上で俺の存在が一部の人間から疎ましく思われているのを
知った。両親が亡くなった時、それはとてもはっきりと姿を見せた。
両親が治めていた時とは違う。幼い我ら兄弟では、良いように利用されるだけ。
俺の存在は兄様を追い詰める存在だと聞いた時、俺は決めた。
『ガート、どうしたのこんな夜更けに』
館の民が寝静まった館内で、兄様の部屋の前で待つ俺に、驚いた顔をして兄様が歩み寄って来る。
ちょっと小声で、まるで内緒話でもするかの様に、少し微笑んでいた。
兄様は小柄ながらそれでも俺よりは背が大きい。並ぶと頭一つ分は兄様が大きかった。
『今晩、ここを出ます』
『え?』
廊下を照らす小さなライトの元、兄様の顔に陰りが見えた。笑みが無くなる。
きっとあの噂を小耳に挟んでいた事だろう。
大きな目を更に見開いて、その瞳には絶望が見えた。
『俺はここに居てはなら無い存在です、だから・・・』
『何を言ってるの!?ガートは僕の大切な弟だ!誰が何て言っても良い・・・』
俺の両肩を掴み、必死の形相で兄様は言った。
『兄様、皆が起きてしまいます』
興奮している兄様の口元に手を当てて言葉を遮る。館内に兄様の声が木霊し、壁に吸い込まれていった。
『俺の存在が兄様を脅かす事になるのが、怖いのです』
『そんな事あるわけ無い、一部の人間のいう事なんてお前が気にする事ではないよ、
ガートは僕の右腕として館の為に、民の為に、一緒に務めて行けば良いじゃない』
『有難う御座います兄様、ですが、もう決めたのです』
『ガート・・・』
『今まで、有難う御座いました、どうかお元気で』
『ガート、行かないでくれ、父様も母様も亡き今、お前まで失ったら僕は・・・』
縋るような兄様の声が俺の背中に聞こえた。消えてしまいそうな程小さな声。
振り返りたい。でも駄目だ。俺が居たら兄様の足を引っ張る事になる。
俺の存在が兄様を脅かすなんて嫌だ。
『ガート・・・』
兄様の最後の囁きが聞こえた。もう、何もかも諦めた様な声だった。
涙が出そうだった。目から零れるのを抑えるので精一杯だった。
俺は家を出た。五年間暮らした、南の館を。