勇者は魔都で魔王を討つ
その頃、フラン王国では魔帝国首都シャングラ攻略部隊が進発した。64隻の飛空艦からなる大艦隊であり、旗艦はフィリッポ王子が座乗する双胴の純白の大型飛空艦、ル・バッセ・ブランである。勇者アレックスと王女で魔法騎士のシャルンは先に攻略した拠点、マッザまで飛空艦に同乗し、そこからシャングラに向かって陸戦隊とともに侵攻する作戦であった。
「飛空艦から高速飛空艇にのり、一挙に首都に迫る作戦か。」
アレックスは腕を組んでつぶやく。
「急いては事を仕損じるともいうが…」
と誰にも聞かれないように言ったのであった。
アレックスの心配をよそにして大艦隊によるシャングラの空爆と制圧は想像以上に抵抗なく進んだ。魔将ラフルルが言っていたとおりマッザに魔帝国が繰り出してきたドラゴン軍団は首都防衛の虎の子だったのだ。
アレックスはあまりの抵抗のなさに拍子抜けになりつつも、魔王クリストフォラスの宮殿であるポタール宮殿に突入しようとしていた。
「アレックス。まだ魔将四天王最強と言われる魔将マィコゥが出てきてませんね。」
とシャルンがいう。
「うむ。おそらく魔王クリストフォラスを守るべく、宮殿の中で待ち受けているのではないか?心してかからねば。」
というアレックスが見上げると、宮殿の奥、中庭から天高く突き出す禍々しい巨大な樹が二人を見下ろしていた。
「…世壊樹か。」
「実際現物を見るまではこれほどまでに大きいとは思いませんでした。木というよりは山のようですわ。」
「枝が宮殿を覆う傘のようだな。」
宮殿の正門を破壊し、前庭に突入したアレックスたちだったが、守備隊の抵抗は散発的であり、容易に正面玄関から突入することが出来た。
そこは大きなホールになっており、広間の奥はガラスであろうか。巨大な窓が広がっている。そしてそこからはセカイ樹の姿を見渡すことが出来た。
その大きな窓の前に、一人の男が佇んでいる。身長3m近くありそうな偉丈夫で、その髪の毛は金と赤が入り混じって逆だっており、眼も金色の虹彩に赤い瞳孔をしていた。顎に髪の毛と同じような赤と金が入り混じったヒゲを垂らしている。茶色い長いケープを身に着けたその姿は豪奢なものではなく、まさに武人、という言葉がアレックスの脳裏に浮かんだ。
「魔将マィコゥ殿か?」
シャルンが誰何するとその魔族は答えた。
「マィコゥ?ああ、マィコゥなら密命を与えたのでここにはおらぬ…その闘気、練り上げられているな。至高をも超えている。そなた、勇者アレックスであるな。」
「いかにも。魔王クリストフォラス殿。」
と言ったアレックスの言葉を聞いてシャルンや付き従っていた兵がざわめく。
「あれが魔王クリストフォラスだと!」
とどよめく兵たちを尻目にクリストフォラスはアレックスに礼をとって挨拶した。
「ようこそ。フランの諸君。」
「クリストフォラスを仕留めれば功績は第一だぞ!」
「護衛もなく一人ではないか。行けるぞ!」
と兵たちは先を争ってアレックスの前に飛び出し、マナガンを一斉に斉射する。
「よせ!君たちでは勝てぬ!」
とアレックスは静止するが
我先に攻めかかったが…銃撃はいつの間にかクリストフォラスの後方から出てきた8個ほどの、白い盾のようなものの中央から銃口が飛び出ており、盾の後方には推進装置のようなものがついたものに防がれていた。
「なんなのだあれは?」
と動揺する兵士に
「下がれ!下がるのだ!」
と駆け寄ろうとするアレックスだったが、それよりも速く
「遅い。我が反射浮遊砲の全方位攻撃を受けてみよ。」
とクリストフォラスがくぃっと手を動かすと反射浮遊砲が散開し、あらゆる方位から勇者の隊をビームで攻撃してきた。
シャルンはとっさに防御陣を展開したが、その威力の強さも合って自らを覆うのが精一杯であった。
アレックスは恐ろしい俊敏さでギリギリで見切り最小限の動きで躱していたが、ビームがかすめると白銀の鎧はまるで蒸発したかのように削り取られた。
そして二人に付き従っていた兵はまたたく間に全員消し炭になっていたのである。
「アレックスよ、魔族にならぬか。そなたのその技倆、魔族にこそ相応しい。ともに魔族になって永遠に鍛錬しようぞ。」
とクリストフォラスは語りかけてくるが、アレックスはビームを躱しながら一言
「笑止。」
と切り捨てた。アレックスはただビームを躱しているだけのように見えつつ、隙をみて幻影翼を展開すると手にした聖剣で反射浮遊砲を一つ、また一つと切り捨てていく。クリストフォラスがアレックスへの対処に気を取られたその時、シャルンもまた幻影翼で飛び上がると反射浮遊砲を切り捨てた。
「シャルン、助かる!」
そのうち反射浮遊砲はクリストフォラスの直ぐ側にあり、どちらかというと防御に努めていた一つを残すのみとなった。
「流石は勇者の中でも別格の勇者!ますます配下に欲しくなったわ!どうだ、四天王の上の魔界管領として我の片腕とならぬか!世界の平和のために!」
「世界の平和だと?なにをいうか?」
とアレックスは幻影翼のサイズを最小限に縮めて速度を上げると、クリストフォラスの方に突っ込んでいく。
「良い!しかしこの力が失われるのはあまりにも惜しい!」
と言いつつクリストフォラスは手甲に暗黒の輝きをまとわせるとアレックスの剣と激しく切り合う。シャルンは最後の浮遊砲を片付けると、二人の戦いにはとてもはいっていけない、と見守った
「アレックス!」
「勇者アレックスよ、無駄だ。君がいくら私を見事な剣戟で斬っても、この様にその場で再生してしまうのだから。さあ、君も魔族になろう。」
「ならば再生する前に斬り尽くしてしまえば良い!」
と答えるやいなやアレックスの剣の速度は通常の3倍となり、クリストフォラスは178の細片に切り刻まれた。しかしクリストフォラスはその中からまたたく間に5人ほどの姿に再生してくる。
「いくら切り刻んでも数が増えるだけだぞ!そろそろ観念したらどうだ!」
と言われたアレックスは
「いや。その必要はない。先ほど斬ったときにそなたの中に8つの赤い核と一つの白い核があるのを見た。」
と言いつつ5人のクリストフォラスを再び両断する。
「そして8つの核は今斬った。」
クリストフォラスだったものの残骸が聖剣の効果なのか、ボロボロと黒く崩れ落ちていく中、そこから一人の老年の男性が立ち上がってきた。白いケープをまとったその姿はなお鍛え上げられており、決して衰えた、というわけではないが白い長髪を垂らし、額にはヘアバンドをして、ヒゲも白くなっていて、随分落ち着いた印象になっていた。
「そう警戒せずともよい。こちらにおいで。最後に少し話をしよう。」
それを聞いてアレックスは幻影翼をしまい、聖剣を下ろすと、クリストフォラスの方へ歩いていった。
「アレックス!大丈夫なの?」
とシャルンが止めるが、アレックスは言った。
「大丈夫だ。今の魔王からは敵対する意思を全く感じられない。」
「勇者よ、感謝する。」
とクリストフォラスは答えた。
「さて、勇者よ、少し話をさせてくれ。」
とクリストフォラスは切り出した。
「勇者アレックスよ、貴殿は歴史上でも最高の勇者である。ここで余が討たれるのは必定と言えよう。しかしこの魔王、そなたにどうしても頼みたいことがある。」
「それは?」
「我が身がここで討たれるのは構わん。しかしセカイ樹は滅ぼさずにいてほしいのだ。その力を弱める剪定法を教える。」
「世壊樹を?なぜだ。」
「それは魔族のためではない、人間のためなのだ。」
「人間の?それはどういうことだ。」
「それを語るには世界の成り立ちから話さなければならない…かつて武」
とクリストフォラスが言いかけた時、突然シャルンの腰の小物入れの中から大きな声が鳴り響いた。
「はーい!皆さん見ましたかぁ!勇者アレックスは仲良く魔王と語り合っていますぅ!」
シャルンが小物入れから声をするものを出すと…それは連絡用のマナタブレットだった。
「画面にはフィリッポ王子がどや、という顔で大写しになっている。」
「全世界のみなさ~ん。いまお見せしたとおり魔王と勇者は仲良しです!ですから勇者は世壊樹を壊すことに及び腰だったのです!そして今、魔王に丸め込まれて世壊樹を守ろうとしています!」
「そんなことしてないでしょ。だいたいその前の戦いとか見てなかったの?」
「そのようなことは存じませんぅ!だって俺たちは今到着して仲良く魔王と話す勇者を見たから!そして勇者とシャルンが随行の兵を殺すのも!」
と言ってマナタブレットに映るのは全く見に覚えがない勇者たちと魔王が随行した兵たちを虐殺し、その後魔王と勇者は固く抱擁してから握手を交わしている。
「これは…フェイク画像じゃない!なんで魔王最初出てきた姿なのよ!今ここにいるのと別物じゃない!」
「姉上の言葉は放送されておりませーん。世界で人々に『生中継』したのは先程の映像でぇす!」
「大体ここに着いたってあんたどこに…」
と言いかけたシャルンが中庭の窓を見上げると、空間が揺らいだかと思うと飛空艦旗艦、ル・バッセ・ブランが突然姿を表した。
「光学迷彩!完成していたの?」
「さて姉上。アレックス殿。アレックス殿たちは魔王と結託していたのでこれまで魔帝国に容易に侵攻することが出来た、ということになりますな。そして全艦隊を首都におびき寄せ、体よくそれを全滅させれば魔帝国におけるアレックス殿の功績は限りない、と。」
「そんなことアレックスがするわけ無いでしょ!」
「えー。でも先程魔王様がアレックス殿に『我が右腕として』、って言っているところを映像を編集して『これからも我が右腕として活躍して欲しい。』って放送しちゃいましたよ。」
「…今着いた、ってこれその前からコソコソ画像撮ってそれを編集したんじゃない!そこまで我らを貶めてなにをする気!」
「そういきりますな、姉上。これから私が世壊樹とあなた達をを焼き払えば『私が世界を救った英雄』となるわけです。」
「そんな事許されるわけがないじゃない!アレックスお願いあの馬鹿な弟を止めて。」
「王族に対する不敬となりますが止むを…」
「と出てくる前に俺は成し遂げる!全砲門撃て!」
とアレックスが号令するとル・バッセ・ブランのマナ粒子砲は一斉に何度も斉射され、セカイ樹を焼き払った。砲の一部はホールのアレックスたちにも襲いかかってきたため、アレックスやシャルンはシールドを展開して自分の身を守るのが精一杯であった。
嵐のような斉射が終わると、セカイ樹は幾つにも折れ、燃え上がり、まるで火山が噴火しているかのような様相となった。
「ああ、セカイジュが燃えていく…」
という声に気づいたアレックスがクリストフォラスの方を見ると、クリストフォラスは何度も直撃を受けたようで、すでに上半身に右腕と頭だけが付いているような状況であった。
「クリストフォラス!その姿は。再生できないのか。」
と問うアレックスにクリストフォラスは
「そうだ、もう再生できないのだ。そして世界も終わるのだ。魔族も、人間も。そしてやつらの世界が来る…」
と言いかけると残った部分も煤のようになりつつボロボロと崩れて消えていってしまった。