賢者は故郷でレストランシップを開く
「お先しているよ。」
と声をかけてきたのはフラン王国の王都ロマーレで勇者パーティーに参加しているはずの剣士、トモエであった。
「トモエ、一体どうして。」
「あたしの勇者パーティーでの任務はほぼほぼあなたの護衛だったからね、ランド・ド・カルテ卿。そのままいても暇だから抜けてきた。今まであたしがあなたを守ってきたんだから、そのお礼に今度はあたしを世話しておくれ。」
「どこの楽隠居だよ。」
「あらあら。あたしがいなければあなたが爽やかな風を吹かせている間にドラゴンのブレスで丸焦げになっていたのに。その前はグリフォンの足に掴まれて危うく雛の餌に連れ去られそうになっていたし、いたいたけなジンジャーブレッドマン君があたしの袖を引っ張らなければ後ろから忍び寄るヴァンパイアロードに首を刈られそうになっていたのを…」
「わかった。悪かった。トモエには頭が上がらないよ。しかしパーティー辞めたのなら故郷に帰らないのか?」
と尋ねるとトモエは
「故郷はいろいろ事情があってねぇ。顔絶対出したくないのよ。」
という。概ね王都に出てくる前に暴れ回った敵対勢力の恨みを買っているのだろう。トモエの故郷は本人曰く『修羅の国』らしいし。
「しかしまさか先にいるとはね。」
「その大きくて遅い船よりマナドライブの飛空艇の方がずっと早かったからね。」
と言って笑って指さした先にはフラン王族用の通称『インペリアルシャトル』と呼ばれる3枚の羽が三角形に広がった高速飛空艇の姿があった。
「まさかあれをパクって来たのか。あれ王族専用の…」
「そんな訳ないでしょ。シャルンに借りただけよ。」
と言って手を振ると、インペリアルシャトルは離陸してフラン王国の方角へ飛び去っていった。心臓に悪い。
「でランド様はどうするつもり?領主業に励む?」
とトモエが聞いてきたので
「いやここは俺がずっと不在だったから、俺がいなくてもうまく回るようにすっかり出来あがっているんでね…俺は自分の個人的な夢を叶えようかと。」
「夢って?図書館を三倍に増築する?」
「いや違う。故郷でレストランシップを開くのだ!」
「レストランシップって…それ用に優雅な客船でも建造するのかい?マナドライブなら静かで揺れないからもってこい…」
とトモエがいうのを俺は遮ってレーダー艦長に言った。
「このシャルンホルストの後甲板貸してくれない?」
「へ?」
とレーダー大佐は答えた。
「いやそれはそもそもこの船はランド様のものですから…しかしいいので?この船は戦闘艦ですからスペースも限られておりますぞ。」
「うむ。後甲板にひとまずテントを張ってレストランを開こうかと。」
「いや確かにあんたの食事が天下一品なのは認めるけど…ちょっと場所が向いてなくない?」
とトモエが疑問を呈する。
「好きな船の上で好きな料理をする。最高じゃないか。」
と俺がいうのをトモエはちょっと呆れ顔である。
こうして俺はレストランシップの準備を始めた。庶民的に広く料理を食べてもらうのもアリかと思ったが、とりあえず席も限られている上、住人から見たら「領主様の軍艦」なのでまぁ、それなりに気取ってもらおうか、と思いコース料理を出す店にした。
最初はテントで、と思っていたのだが、トモエやレーダー艦長が
「いっくらなんでも簡素すぎるし天候が悪い時に台無しになる。」
というのでもうちょっと本格的な建造物を立てることにした。その際俺は旧世界の東洋の帝国の戦艦『比叡』が皇帝を座乗させたときに建てていた、という構造物を参考にして作った。
外枠が大体できたので、俺はウェイトレスを雇うことにした。トモエに声をかけたのだが…
「あたしにやらせると間違いなく血の雨が降るね!クレームを付けた客の首が胴体から離れているかも。」
と言い切ったので断念し、スィラムの街から信用できる娘を何人か雇った。
そして地元の野菜を用いた前菜、海産物の一皿、肉料理、デザートと品を決めていったが…
「デザートはそういえばあまり食べたことがなかったわね。」
と渋い顔をしてトモエがいう。
「味はいい方だと思うけど…食感が。」
「なら停泊している間は私が手伝いましょう。」
と言い出したのは意外にもレーダー大佐だった。
「私は実は菓子屋の息子なのです。」
それがどうして軍艦乗りに。
とはいえ、レーダー大佐の作るケーキなどのデザートは絶品だった。
こうして俺はシャルンホルストの後甲板にレストランをオープンしたのである。
店は最初は物珍しさから、次は味に納得して、と評判は上々で盛況だった。
「商売繁盛。上々じゃない。」
といつも『専用席』に居座って優雅に毎日食べていくのはトモエである。
「お前客専門じゃなくて手伝ってくれても。」
「あらぁ、それぐらいの恩は施したわよ。」
としゃあしゃあと言い抜ける。そして店の営業が終わり、後片付けが終わると下の船室で優雅にお茶をしていたトモエが上がってきて一緒に領主の邸宅に帰る。
そう、トモエはすっかり俺の家にいついているのだ。
そして翌朝、いつものように目覚めるとトモエは一糸まとわぬ姿でいつものように俺の隣で寝ていた。一緒に寝るのがすっかり習慣になってしまっている。
「あらぁ、相変わらず早起きね。」
「毎晩毎晩俺のところに来なくてもいいんだぞ。」
「何言ってるの。あんなに激しかったくせに。あなた『魔法を使いこなすには頑強な体が必要』って言って鍛えているもんねぇ。」
「トモエこそ魔王領にいるときはあれほど眠りが浅かったのにここにいるとすっかり寝坊して。」
「それだけここでは安らげるってことよ。ほほほ。」
とちょっとわざとらしく笑う。トモエ言わせれば毎晩ベッドに潜り込んでくるのは『家賃代り』らしい。とはいえ俺もすっかりトモエとの生活に慣れてしまい、ともに朝食を食べ(流石に召使いに用意してもらっている。)身なりを整えると食材の準備に市場に繰り出していく毎日なのであった。
トモエはトモエで召使いに『若奥様』とか言われても否定せずニヤニヤしている。そして夕方になってシャルンホルストのレストランが開くとまたふらふらと来て『専用席』で俺の料理を食べていくのであった。