I.魔帝国領最終防衛ラインマッザにて その2
続きです。
魔将ラフルルの下知で要塞マッザの兵も戦いに投入された。前方では勇者アレックスと魔法剣士シャルンがドラゴンの群れと激闘を繰り広げていた。
その間にも大賢者ランドは詠唱を続けていた。
「おお、古き風よ、大地の友よ、今こそ古き眠りから目覚め、その力を我のために……」
「あ、ごめん、1匹討ち漏らしたわ。」
というシャルンの声とともにブルードラゴンが1頭後列に向かって飛び込んできた。ランドに向かって素早くブレスを放とうと口を開いている。
だが大賢者ランドは唱和を続けていた。
「おお、偉大なる風の神よ…まだ終わっていないときに手を出すな!集中が切れる!」
とランドが叫ぶと、次の瞬間、ランドの目の前でブルードラゴンは首をすっぱり切り落とされて倒れていた。
「まったくいつも私がいないと危ないんだから。」
と太刀をしまったのは長い黒髪を後ろに縛り、ベージュ色に花の模様が縁取られた大鎧を身に着けたもうひとりの剣士、トモエであった。
前列の魔導剣士シャルンは整った大きな二重に青い瞳、そして純白の肌とまさにその出自を表すかのような高貴な美しさに満ちていた。それに対してトモエは古の東方民族の出であるせいか、キョロキョロとした目をしたどちらかというと愛くるしいとも言われる顔をしている。
「また詠唱に時間がかかって。いつもの『窮極古代魔法』とやらでしょ。」
とトモエはランドをからかうように言うが、ランドは片手でシーッ!というように指を立て、詠唱を邪魔するな、と合図を送りつつ詠唱を続ける。
「そして今こそ古き契約に乗っ取り、風の魔神よ、その大いなる…」
詠唱が続く間にもシャルンの火球は猛威をふるい、魔帝国のドラゴンはすでに壊滅的な状態となっていた。その中をアレックスは飛び回って更にドラゴンを落としていく。
そんななか決死の覚悟を決めた魔将が魔馬にまたがり、数十人のジェネラルオークを引き連れて突進してきた。決死隊である。
トモエは素早く対処しようとし、見る見る間に7頭のジェネラルオークを斬り倒すが、その間に魔将はトモエを避けて大賢者ランドに向かって突進し、大刀を振りかざす!
するとランドは
「ああ!どいつもこいつも!」
と言うなりフードをかなぐり捨てた。筋骨隆々の、大賢者というにはあまりにも鍛え抜かれた格闘家のような姿。鋭い眼光の上には黒い短髪。いくつもの傷がある上半身を顕にすると、ランドは魔将の一閃を交わし、素早く拳を魔将の胴体に立て続けに打ち込んだ!
「ばべしっ!!」
とよくわからない悲鳴のようなものを上げて魔将だったものは折れ曲がって絶命していた。ランドは
「ふんっ!いかん!詠唱を続けなければ!」
と言うと
「大いなる風の神よ、大地の息吹よ!今こそ…」
と手を胸の前に合わせて再び唱え始める。
その頃勇者アレックスは空中を華麗に舞い、何頭ものドラゴンを切り捨てつつ、グレードラゴンの直上に陣取った。するとアレックスは
「無限魔鏡」
と唱えた。
その刹那、アレックスは数千のアレックスに分身した。めっきり数を減らしたドラゴン共とどちらが多いかわからない程である。それを見て魔将ラフルルは
「分身を使うとは聞いていたが……これはいくらなんでも多いだろ!」
と突っ込みつつ、
「こうなっては後のことを考えている余裕はない、要塞からも全ての砲を放つのだ!えい。同士討ちになっても構わぬ!勇者を!勇者を討つのだ!」
と絶叫し、無数のブレスや弓矢、石、などなど魔族が持つあらゆる投擲兵器が勇者に向かって放たれた。しかしアレックスはそれを機にする様子もなく、右手を真っ直ぐにすくっと上に上げると
「空槍」
と唱えた。すると分身したアレックスそれぞれの手に光が集まり、白く渦巻く槍のような形になっていく。
「ま、まずい。ここは一旦下がるぞ!生き残れるものだけでも…」
とラフルルは慌てて後方に下がろうとグレードラゴンに命じ、どうにか逃げ隠れしようとするが、数千のアレックスはそろって
「遅い。」
というと同時に空槍を魔族の軍勢に向かって投擲した。
グレードラゴンは数百のグンニグルに突き刺され、鳴き声すらあげられずに地面に縫い付けられた。残る数千のグンニグルはドラゴンや魔帝国の部隊のほとんどを焼き尽くし、更に要塞マッザの城壁に襲いかかった。魔族やドラゴンは悲鳴を上げる間もなくグンニグルに焼き溶かされ、要塞は一瞬にして姿を消してただの土塊の山のようになった。その様子はまるで第一次世界大戦のヴェルダンかソンムの会戦の後のように、破壊しつくされた要塞と塹壕が無数のクレーターに覆われていた。
グレードラゴンの墜落を見届けたアレックスその前に降り立つと、大賢者ランドの詠唱がついに完成した。
「征け!極大風魔法ハストゥよ!」
さーーーーーっ。
さわやかな一陣の風が吹き渡り、アレックスたちの頬を心地よく撫でていく。
「うむ!実に爽やかだな!ランド、いつもありがとう。戦いの後にはこれに限るな。」
と汗を拭って喜ぶアレックス。大賢者の『極大魔法』は戦場を吹き渡る一筋の爽やかな風となったのである…
「……くくく。我を倒すとは見事なものだ…」
とグンニグルに胸から腹を貫かれ、グレードラゴンとともに地面に串刺しになっていた魔将ラフルルが話しだした。
「まだ命があったか。介錯いたそうか?」
と聖剣をズンバラリと抜くアレックス。
「ありがたき言葉なれど無用だ…。聞け、勇者よ、これ以上は進んではならぬ。首都シャングラのセカイ樹を滅ぼすならば、そなたとそなたの世界にとっても大いなる災となろう。これは我からの真摯な忠告だ…」
「それはどういうことだ?」
と聞き返すアレックスに、ラフルルは答えようとしたが、すでに命の火は残っていなかった。口を開こうとしたラフルルの体は力を失い、そのまま絶命したのである。その傍らのグレードラゴンもまた、二度と目を覚ますことはなかった。
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