束子無双
「いきなり何をする!」
俺は背後を見上げて叫ぶ。
相手のいる場所は三メートル近く上。俺はあそこから突き落とされた。よく無事だったな、俺。落下の衝撃を受け止めた両足はまだ痺れているけど、折れたり挫いたりしていないから、どうにかセーフ。
「決まっているだろ、お前とはここでお別れだ!」
まあ、何時かはやるだろうと予想はしていた。ここまで早いとは思わなかったけど。
「もうこれ以上、役立たずに報酬を分配するのはご免なんだよ!」
これ以上も何も、今日がお前たちと組んだ初仕事だろう。報酬すらまだもらっていないぞ。
「お前のような無能な勇者など、いなくなっても何の問題もないさ。安心して死ぬがいい。」
いやいや、俺が死んだら絶対にお前たちが責任取らされるぞ。無能でも『勇者』なんだから。
「あなたのような役立たずと一緒にいたら、私たちまで無能と思われちゃうじゃないの。せいせいしたわ。」
その無能な勇者と一緒に死んでも惜しくない面子として選ばれたことに気付いていないのか? 気が付いていないんだろうなぁ。
連中は、言いたい放題言って立ち去った。その後――
「ギャァー!!」
遠くから悲鳴が聞こえてきた。罠にでも嵌ったか、モンスターにでも出くわしたか。まあ、勝手に別れて行った連中のことは気にしても仕方がない。
ざまぁとか言う暇もなかったな。
別れた連中のことはどうでもいいとして、問題は俺の今後だ。
俺はしばらく前に勇者としてこの世界に召喚された。
この世界では、各地に発生するダンジョンが脅威になっているのだそうだ。
ダンジョンは自然の洞窟や古くて人の住まなくなった塔や城、遺跡などに自然発生する。そして周囲を呑み込みながら成長し、内部に大量のモンスターを生み出す。
放置していると侵食してくるダンジョンとそこから溢れ出るモンスターに追われて人が住めなくなるので、モンスターを排除しダンジョンを攻略する。そのための専門職として冒険者が存在していた。
しかし、十分に成長したダンジョンを攻略することは難しい。
そこで数十年に一度、俺のような異世界の者を勇者として召喚するのだそうだ。
わざわざ異世界から勇者を召喚する理由は、一つには成長すればこの世界の者よりもはるかに強くなるということ。
モンスターを倒しまくるとレベルアップしてガンガン強くなるらしい。
そしてもう一つは、勇者として召喚された者は特殊な能力を得るということ。
その能力は、『神器召喚』と言う。それは『神器』と呼ばれれる特殊なアイテムをいつでも手元に呼び出せる便利な能力だった。
『神器』がどのような姿、能力を持つかは人により異なる。過去において、聖剣とか魔剣とか呼ばれる神器を手にした勇者はあらゆるモンスターを屠り、ダンジョンを攻略して行ったと云われている。
そして勇者として召喚された俺も、『神器召喚』を使うことができる。
「神器召喚!」
――パフン。
俺に手に現れたのは、一個のたわしだった。
亀の子と呼ばれる形状のそれは、シュロの繊維を束ねて作られた逸品だ。頑固な汚れも奇麗に落とせるだろう。
これこそが俺の神器。
「これで、何とどう戦えと言うのだ!」
さっきの連中が俺のことを無能、役立たずと言っていたのはこれが理由だ。
どこからどう見ても戦闘の役に立たない神器を持つ俺は、強力な神器で大活躍した過去の勇者と比べれば、無能にしか見えなかった。
俺を召喚した奴等も混乱していたな。
しかし、いくら俺が役立たずだったとしても、多大な予算を費やして召喚した勇者をむざむざ遊ばせておくわけにはいかなかったらしい。どこの世界でもお役所仕事は同じだな。
勇者は神器無しでも強くなることに賭けて、俺をダンジョンに送り込むことにした。だが、召喚間もない俺の強さはまだ一般人レベル。その上神器も戦闘向きでないとなれば、強くなる前に死んでしまうことは目に見えていた。
そこで勇者の補佐としてつけられたのが、俺をこんなところに置き去りにしたさっきの連中だ。普段からダンジョンの攻略を行っている冒険者達の中でも若手から選ばれたそうだ。
残念ながら、ここまで俺には一切口を出す権利がなかった。
ベテランではなく若手から選ぶあたり、俺がいかに期待されていないか判ろうというもの。
連中は、自分達が優秀だから選ばれたと思っているようだが、いざという時に切り捨てて惜しくない者が選ばれたことは間違いない。当人達以外はみんな知っている。
このまま俺を置いて帰ったら、あの連中が何を言おうと全ての責任を被らされるだろう。最悪口封じを兼ねて処刑されるかもしれない。
でもあんまり同情すする気にはなれない。俺を殺そうとしていることは別にしても、自業自得にしか見えないのだ。
短い付き合いだったが、考えなしで短絡的、思い込みが激しく自分に都合の良いことだけを信じたがる。こんな連中が危険な仕事をしていて長続きするはずがない。
ダンジョンには素人の俺から見ても危なっかしい冒険者パーティーは、こちらから早いうちに縁を切りたいと思っていた。
さて、現状俺は窮地に陥っていた。
俺が突き落とされた場所は、ダンジョンの入り口から入ってしばらく行ったところだ。元の道に戻れればダンジョンを出ることも難しくない。
もちろん、いくら連中が馬鹿でもそのくらいは理解している。簡単には、というか絶対に戻れない場所とみて俺を突き落としたのだ。
まず、単純に這い上がれない高さがある。三メートル近い高さは俺のジャンプ力ではちょっと届かない。壁はオーバーハング気味で、よじ登ることも難しい。
そしてさらに問題なのが、俺の周りにある無数の奇妙な模様、魔法陣だ。これ、全部罠なのだ。うっかり踏んづけると魔法が発動して攻撃が飛んで来たり、呪われたりするらしい。
一応ダンジョンの基礎知識ということで罠については学んだが、魔法の罠を解除するには魔法使いとしての専門的な知識と技術が必要だ。今の俺には不可能だった。
解除できないのなら避けて通るしかないが、足の踏み場もないほどたくさんの魔法陣が描かれている。これでは身動きが取れない。
幸い最低限の装備は身に付けたままだった。あいつら、ちょうどいい場所があったから深く考えずに俺を突き落としたのだろう。
武器だけでなく、多少の食糧や水は持っている。しかし、それらが尽きる前に脱出できなければ飢え死にする。
助けが来ることは期待できなかった。冒険者は自己責任。その原則を覆して救助が来るほどの価値を、俺が認められているとは思えなかった。
しかし、どうするかなぁ。
荷物の中にロープもあるが、引っ掛けられそうなところがないからロープでよじ登る手も使えない。
魔法の罠は一撃で致命的なものもあるというから、わざと発動させて無効化する漢解除をやるわけにはいかない。
魔法陣と魔法陣の間を爪先立ちで通ればギリギリ踏まずに進めそうだが、少しでもバランスを崩せば終わりだ。どこまでトラップゾーンが続いているか分からない状況でやるのはかなりしんどい。
試しに剣を抜いて魔法陣の端の方をつついてみる。さらにゴリゴリと魔法陣の線を物理的に削ってみる。
うーん、細い線なのに、全く削ることができない。やはり魔法で解除しなければ駄目なのか。
一見すると、地面に塗料で線が引かれているだけに見えるけど、完成した魔法陣は魔法そのものなのだそうだ。
だから剣で地面ごと削ろうとしても削れないし、こうしてたわしで擦ったところで……消えたよ、おい!
なんだ、これ? やっぱり神器だから、ただのたわしじゃないのか?
凄い、凄い。魔法陣がどんどん消えて行く。まさか俺の神器を凄いと思う時が来るなんて。たわしは剣よりも強し!
魔法陣を消した跡を踏んでみるが、何も起こらない。よし、完全に罠を無効化できた。
壁を登って元の道に戻ることは難しそうだから、反対側に行ってみるか。魔法の罠をどうにかできれば進めそうな道があるんだよね。
俺は今、猛烈に後悔している!
どうしてあの時、ロッククライミング――いや、この場合はボルダリングか?――に挑戦しなかったのか。
魔法の罠を消せるなら岩壁を登るより楽だと安易に考えたのがいけなかった。
魔法陣がきれいに消えるものだから、夢中になって消しまくったのも悪かった。
気が付くと俺の目の前には――
「グルルルル……」
なんか、低い声で唸る巨大な生き物がいた。
巨大で堂々とした体躯。邪悪なオーラが漂ってくるかのような漆黒の鱗。
それは、ドラゴンだった。
今回、このダンジョンで初遭遇のモンスターがこのドラゴンだった。
「なんでこんな所にラスボスっぽいのがいるんだよ~」
魔法陣を消していたから時間がかかったけど、ダンジョンの入り口からここまで歩いて十分くらいの距離だと思う。
ダンジョン入って十分でドラゴン。何それ怖すぎる。
普通はもっと弱いモンスターから順に出て来るものじゃないのか?
『人間か? 早くこの場から逃げるのだ!』
なんだ? 頭の中に声が。
「もしかして、そこのドラゴン?」
今この場には、俺の他にはそこで唸っているドラゴンしかいない。
『そうだ。我は今、呪いに身を蝕まれている。いずれ周囲の生き物を見境なく襲うだけのものになるだろう。その前に去るのだ!』
おっかない外見に反して、ドラゴンは理性的だった。しかし、そのドラゴンを蝕む呪いというのもヤバそうだ。
「あ、もしかしてその黒いのが呪い?」
『そうだ。全身が黒く染まった時に、我の意識も呪いに呑まれるだろう。』
よく見ると、ドラゴンの頭部だけは黒く染まり切っていなかった。これが全て黒く染まった時……ドラゴンに残された時間は短そうだった。
それにしても、呪いだったのか。道理で禍々しいと思った……ん? ちょっと待てよ。もしかしたら……
――ゴシゴシゴシ
『人間、何をした!? 急に呪いが弱まったぞ!』
「やった、成功だ! この神器は呪いも落とせる。」
『人間よ、助かった。礼を言う。』
すっかり呪いの落ちたドラゴンは、明るい青色の鱗をしていた。呪いの禍々しさが消えた後は、神々しく輝いていた。
「これだけ立派なドラゴンが、呪いに罹るものなんだな。」
『いや、我は同族の中では若輩者であるぞ。それでも並の呪いならば撥ね退けられるのだが……』
ドラゴンの話によると、通常の洞窟で休眠していたところ、その洞窟にダンジョンが発生して気が付いたら大量の呪いを浴びせられていたのだそうだ。要は、寝ている間にねぐらをダンジョンに乗っ取られたらしい。
『よほど強力なダンジョンであったのだろう、危うくモンスターにされるところであった。成長すれば、さぞや大きなダンジョンになるであろう。』
「へー、ダンジョンのモンスターはダンジョンが産み出しているって聞いたけど、呪いで作っていたんだ。」
『いや、通常のモンスターはダンジョンが直接作り出すぞ。ただ誕生間もないダンジョンは戦力を揃えるために周囲の動物を取り込むことがあるらしい。我も初めて見たが。』
ここは最近発見された未探索のダンジョンだと聞いていたけど、出来立てだったらしい。モンスターに出会わなかったのも、まだ準備中だったからか?
『それよりも人間よ、お主は何者だ? あの呪いを解けるとは、只者ではあるまい。』
まあ仮にも勇者だからな。俺はこれまでの経緯をかいつまんでドラゴンに話した。
『なるほど、異世界の勇者であったか。確かに神器ならば何が起こっても不思議はない。』
おお、勇者の存在はドラゴンにまで知られていたらしい。
考えてみれば、話に聞く過去の勇者の神器はとんでもない能力を持っていた。俺の神器だって、非戦闘用だとしてもかなり規格外な能力を持っていても不思議はなかったのだ。
『勇者ならばダンジョンの攻略に来たのであろう。助けてもらった礼に、我が手伝おう。』
ブルードラゴンが仲間になった!
ドラゴンの協力を得てからは、正に快進撃だった。
奥に進むにつれ、たまに出て来るようになったモンスターも相手がドラゴンでは歯が立たない。簡単に押さえつけられたところを俺の神器で擦ってやれば、たちまち野生動物に戻って行った。
『やはりできて間もないダンジョンだな。あまり時間が経つと呪いを解いても元に戻らん。』
元の姿に戻った動物は、ドラゴンを見ると即座に逃げて行った。熊とかもいたけど、巨大なドラゴンには敵うわけがない。
そしてしばらく進むと、何やら広い空間に出た。
『やはり元の洞窟からたいして変化していないな。ここが最深部だ。』
この広い空間でモンスターと化したドラゴンが待ち受けている予定だったわけか。だが今はモンスターの一体もいない空っぽの空間だった。
そして、一番奥の壁まで来ると、このダンジョンの中枢、ダンジョンコアが半ば壁に埋まるようにして存在していた。
このダンジョンの特性なのか、ダンジョンコアも呪いに塗れていたので、神器で擦って呪いを落とす。すると、ダンジョンコアはポロリと壁から零れ落ちた。
『ほう、ダンジョンコアが機能を停止しおった。このダンジョンはもう死んだぞ。』
黒い呪いの方が本体だったのか、それとも神器にダンジョンコアを停止する能力があったのか、ともかくダンジョン攻略はこれで終了した。
……本当は今回の任務は、新発見のダンジョンの偵察だけだったんだがな。
帰りもドラゴンの案内で迷わず進む。途中でモンスターに遭遇したが、往きと同じようにあっさりと呪いを解いて行った。ダンジョンの攻略が終わっても、モンスター化する呪いが解けるわけではないらしい。
しばらく進むと、また魔法の罠の魔法陣があった。
「罠もやっぱり消えないんだ。」
『これも魔法の一種であるから、魔力が無くなればいずれ消えるだろう。それまでは触れる生物をモンスターに変える呪いをかけ続けるが。』
ああ、この罠はモンスター化する呪いをかけるものなのか。
「迷惑な罠だな。消して行くか。」
俺は見かけた罠の魔法陣を片端から消して行った。
そして入り口にだいぶ近付いたころ、またモンスターに遭遇した。
「こんなところにもモンスターがいるのか。奥の方に集中しているのかと思ってた。」
人型っぽいモンスターが三体。ゴブリンにしては大きいが……人型?
『ダンジョンが奥の方にモンスターを集めていたようだが、呪いを受けたばかりなのだろう。それ、さっさと終わらそう。』
一瞬でモンスターを踏ん付けて拘束するドラゴン。
神器で擦って呪いを落とすと、……案の定、俺を置いて行った冒険者達だった。三人そろって罠の魔法陣を踏ん付けたか、ドジだな。というか、人間もモンスターになるんだな。
「ド、ドラゴン!? ひえ~~!!」
目を覚ました連中は、ドラゴンを見るなり一目散に逃げだした。あの慌てっぷりでは、俺がいたことにも気が付かなかっただろうな。
そして、どうにかダンジョンの外に出ることができた。
「うーん、成り行きでダンジョンの攻略を完了しちゃったが、モンスターを倒して強くなるという目的は達しなかったな。」
異世界の勇者はモンスターを倒して強くなる。逆に言えばモンスターを倒さなければレベルは上がらない。今回は戦闘もドラゴンが相手を押さえてしまったから、技術的な意味での戦闘経験も得られていない。
『何を言うか。モンスター化の呪いを解除したのだからモンスターを倒したことになる。特にモンスター化しかかっていた我を解除したのだ。異世界の勇者ならば相当強くなっているはずだぞ。』
え? たわしで擦っただけで倒したことになるの? しかも、ドラゴンスレイヤー並みの経験値?
『それに、呪いの魔法陣も消しただろう。あれもモンスターを倒したのと同じ効果があるはずだ。小さいとはいえ、ダンクジョンのモンスターを全滅させたようなものよ。もしお主が敵となって現れたら、我は全力で逃げるぞ。』
そこまで!? 俺、今回掃除しかしていない気がするんだけど。
『それではさらばだ。次に会うことがあっても、敵対しないことを望むぞ。』
ドラゴンは飛んで行った。
「俺も戻るか。本当に強くなっているか確認しなくちゃならないし。」
ダンジョンは攻略したんだし、邪険には扱われないだろう。たぶん。
こうして、『束子の勇者』の伝説が幕を開けた。
「たわしの勇者言うな!!」
何か変わった武器で戦う話を作ってみようと思い、実験的に書いてみました。
しかし、刃物ならば武器でなくても強化して行けばなんでも切るだろうし、硬くて重ければなんでも鈍器になります。単に○○の形をした剣とか鈍器とかでは味気ないでしょう。
どう見ても武器になりそうもない道具を、その本来の機能で戦う。そう考えた結果、「たわし」を武器に、呪いを汚れとみなして洗浄することで敵を倒す形になりました。
結論、たわしで無双することは可能でした。




