茶屋・百瀬の幸せな日常
環は肩に白花、バイクのシートに白玉とタピオカを乗せ、出来るだけ揺らさないようにと、バイクを押しながら徒歩で帰ってきた。
「ただいまぁ」
白花はそのまま肩に乗せ、白玉とタピオカを腕に抱え、『茶屋・百瀬』のステンドグラスが嵌ったドアを開く。
茂ジィも帰ったのか客席には誰もいなかった。これで白花たちの事も落ち着いて話が出来る。
「環、お帰りなさい。遅かったね。キヨちゃんに捉まっちゃった?」
カウンターの中から美野と相一郎がいつもと変わらず迎えてくれる。
「あら、白花。いらっしゃい」
そして美野は毎日会っているかの如く自然に、肩に乗った白花に声を掛けた。
「え、あ、ばぁちゃん?」
「その子、白花でしょ」
困惑する環に美野は何でもない事のように笑う。
「毎日、会ってんのか」
肩の白花に小さく問うと白花は首を振る。
「おおよそ七十年ぶりだ」
「いやだ、そんなホントの事言わないでいいのよ」
乙女のように微笑む祖母の横で、祖父が穏やかに笑っている。
「あらあら、こちらの子たちは初めまして」
店の隅に置いてあるウエットティッシュで、白花たちの足を拭き、カウンターのテーブルに降ろすと、美野が声を掛けた。
「白玉とタピオカだ。環が珍妙な名前を付けよった」
告げ口する白花に、「あらあら、まぁ」と美野は可笑しそうに笑い続ける。
「白花さまがお許しになったからですよ!」
「ご自分だけ付けさせなかったの、ズルいです」
「バカめ。ワシがそんなヘマをするか」
「人間が付ける名前は縛りですものね。芋蔓にならなくて良かったわよね、白花」
キヨに聞いた昔話を昨日の事に話す祖母に気が付かなかったけれど。
「ってか、もう、ばぁちゃん普通に話してんじゃん。白花の言葉、じぃちゃんにも聞こえてるんだ?」
普通だ。普通過ぎる。
「いいや、動物の鳴き声に聞こえているよ。そうか、環は本当に美野さんに似たんだなぁ」
「はぁ?」
それこそ当然のように相一郎は、うんうんと頷いている。
「美野さんが答えてるから、悪いモノではないだろうし。うん、大丈夫だよ」
ようは、祖母は『見える』人だということだ。そして、自分も少なからず。
「ばぁちゃん、白花たち、とくにその白玉とタピオカに、特製ホットサンド食わせてやって。ついでにオレにも作り方、教えて」
衝撃の連続で忘れていたけれど、本来の目的を思い出した。
「まぁ、環がメニューの作り方覚えてくれたら、おばぁちゃん大助かりね」
手を洗い美野の隣に立つと、狭いカウンター内を譲って外に出てくれた相一郎が、ふと気が付いたように「そうだ、環」と呼んだ。
「出かける前の占い覚えているかい」
「変わる。変わらない。変化? 選択?」
「そうだね。そして、ワタシは、この先の選ぶ道を教える、そんな出会いがありそう。と占った」
ずっとそこにあった神社。ずっと傍に居た人達。囲まれているものは変わらないのに。“気が付いた”は“新しい出会い”と同様。
キヨが環に言った最後の言葉。意思が決まれば向きもかわる。変わるも、変わらないも自分次第。白花たちを連れ帰るも、連れ帰らないも。環の選択だった。
そうして、美野のホットサンドを覚えることも。
「言葉が違うだけで、いつも環はワタシと同じ答えを言っているよ」
ハッとした。
もう、何と返して良いのか分からない。けれど、一つだけ。
「ばぁちゃん最強説浮上」
環が零した言葉に相一郎は破顔した。
それはいつもの『茶屋・百瀬』にある、溢れんばかりの幸せな笑顔だ。