不思議なお茶会
「白花、キヨばぁに会いに行こう」
「は?」
「どうせオレは今から行くんだし」
環は呆気に取られている白花を抱き上げて、ひょいひょいと神様と使い三匹……もとい……は、ない。“三匹”まとめて片腕に抱きかかえた。
「環、コラ! 神様誘拐など大罪ぞっ」
「白花さまぁ、神域の外に出てしまいます」
「ワタクシたち、神域の外でどうなってしまうのでしょうかぁ」
最後の白玉の言葉が気になり、神社の外に出て一度立ち止まる。
腕の中を見下ろし少し様子を見たけれど、特別な変化は見られなかった。
「大丈夫そうだな」
うんうんと頷き判断すると再び歩きだす。
「大丈夫なワケなかろう!」
「大丈夫じゃないですぅ」
「う、揺れ、るぅ」
ギャンギャン言いつのる三匹をよそに、環はバイクを神社の駐輪所に置いたまま、キヨの家に向かう。
稲荷神社から、ものの数十歩で着いてしまうと、勝手知ったる、キヨの家。
「キヨばぁ~ばぁちゃんからの届け物だぞぉ~」
環は縁側へと回り声を掛けた。玄関でインターホンを鳴らし呼び出すより、こちらの方がキヨの部屋に近く、キヨにとっても出てきやすいのだ。
「なんだい、環が来たのかい」
「雨降りそうだったからさ」
億劫そうに出てきた若干萎れ気味なキヨに、保温バックを差し出すと、それを受取ろうとしたキヨの手が止まった。
「白……花……」
「キヨばぁ?」
「いや昔な、美野ちゃんとよう似た子犬を世話した時期があったよ」
さっきまでの大騒ぎは嘘のように、大人しくなった三匹は、環の腕の中からジッとキヨを見上げている。
もっと近くで見られるようにと縁側に座ると、キヨも膝をつき、白花たちを覗き込む。
「うん、よう似とる」
「白花とキヨばぁとばぁちゃんの話し、もう少し聞かせてよ。ほら、ホットサンド。ゆっくり食べて」
キヨは子供たちが独り立ちし、連れ添った夫も数年前に旅立ってしまい、今は独り暮らしなのだ。
「ばぁちゃん、温かい紅茶も持たせてくれたから」
「しゃぁないね」
縁側でのお茶会の提案に、渋々と言うには嬉しそうな声色。少し元気になったようだとホッとする。
「ワタシらが幼い時分、稲荷神社にほとんど人が入らず、境内は荒れ、ボロになりかけた頃があってな。いつだったか、美野ちゃんが掃除し始めたんだよ」
「ばぁちゃんが?」
「あぁ、気になるからするのって言ってな。そんな時、神社の片隅で弱り果てた真っ白な子犬が震えているのを彼女が見つけた」
時空を超えて景色を見るキヨの瞳は、当時の光を宿すようにキラキラとしている。
「あまりにもカリカリな子犬に、ワタシが芋蔓と名付けようとしたら、美野ちゃんが『このコは白花よ』っていってな」
キヨの衝撃発言に思わず腕の中を見下ろした。白花は見るなと言わんばかりにジロリと睨み上げ、環が付けた名前にギャーギャー言っていた白玉とタピオカは、何かを堪えるようにプルプルと震えている。
「毎日のように、神社の掃除の合間に白花を世話して。ふくふくと柔らかく育った頃、いつの間にか居なくなってしまったよ」
「寂しかった?」
「いいや。美野ちゃんが、白花はきっと元気になったから、自分の居るべき場所へ行ったのよって言ってたからな」
たしかに祖母の美野は別れを惜しまない。時が来て。必要であれば旅立ち、必要であればまた巡り合わせる。人とも。物とも。場所とも。出会いと別れはそういうものだと、穏やかに受け止めている。
いつしか消えた白花は、恐らく神社の神様に戻ったのだろう。
何も知らない目の前のキヨは、ホットサンドを食べ終え、にこにこと紅茶を啜っていた。
「昔話と美野ちゃんのホットサンド。元気が出るねぇ」
フフフっと笑んでキヨの手が白花の頭に伸びた。そうして、白玉とタピオカにも。
神様なのだから頭を撫でるなと怒るのかと思いきや、白花はどこかホッとした様子で大人しくキヨを見上げている。
「な、会いに来て良かっただろ? 神様だって元気に“できる”」
頬ずりを装って白花に耳打ちすると、今は真っ白なふにふにが少し驚いたように環を振り返った。それにフフっと笑ってやると、柔らかい前脚をうに――っと限りいっぱい伸ばして、環の頬を押しやってくる。
あまりの可愛さにイタズラ心が湧き、尚も頬ずりを続けようとする環に、今度は白玉とタピオカも参戦し、三匹三つ巴の脚を両の頬に食らう。
「白花も美野ちゃんと、いつもそうしてジャレとったよ」
環たちを見ながら笑うキヨは、ここに来た時よりも断然元気になっている。
「環は本当に美野ちゃんに似とる」
ポツリと零された言葉。