茶屋・百瀬2
「キヨばぁの所に行く以外また店に戻って来るから、新たな出会いなんてなさそうだけどな」
笑うと祖父は「行ってらっしゃい」と穏やかに微笑んだ。
相一郎の占いは否定しない。自分の分かりにくい占いもどきは無視をする。それが環と占いの距離。
「じゃ」
店のお客として来てくれた女子に、それ以上短くしようのない挨拶をして、ドアを開ける。
「待って、待って、環くん。コレを渡すのもあって来たんだよ」
「今日の調理実習で作ったカップケーキ」
「ありがと、後でゆっくり食べる」
出かける直前に手渡されたペーパーバックの中には、真っ赤で大きなリボンのついたカップケーキが入っていた。
もう一度店内に戻るより持って出ようと決め、環は原付バイクにまたがった。
キヨの家まではバイクで五分。稲荷神社の二つ向こうにある、百瀬家と同じくらい古い家だ。なので、キヨの家に向かうには必ず、稲荷神社の前を通って行かなければならない。
「元でも参道。ここで商売をさせて頂いているのに、ご挨拶も無しに素通りなんて駄目なことよ」
と、おっとりとしながらも背筋をピンと伸ばし、いつものにこにこ穏やかな顔ではなく、真っ直ぐな視線を向けて言われ続けた言葉は、環にとっても習慣と言うよりも、当然なことになっている。
そして立ち寄った稲荷神社で、これこのオオゴト。
「えっと、どぉすっかな」
環は腕の中の白玉(仮)とタピオカ(仮)、足元でスンっと鼻先を上げ取り澄ましているふにふに、白花を見遣る。
ふと、白花が何かに気が付いたように、クンクンと鼻を鳴らした。
「美野のホットサンドを持っておるな」
そのうち溶け始めるんじゃないかと思えるほど柔らかそうな、その体形に不釣り合いな言葉使いが違和感でしかない。
「またキヨが体調を崩しおったか」
「ばぁちゃんも、キヨばぁも知ってんの」
「当然だろう。特にあの二人は、良く此処を参ってくれるんだ。お前さんのコトもちゃんと分かっているさなぁ、環」
なんと。神様に認識されていた。
「まぁ、美野の言い付けを幼い頃からよく守っているから、このワシに無礼な名前を付けそうになったことは赦してやるよ、環」
俄然、腕の中の白と黒のカリカリが「ワタクシ達への仕打ちはっ? 白花さま!」と騒ぎ出す。
「おまえ達は“白玉”と“タピオカ”なんだろう?」
そう言って白花はニヤリと口の端を引き上げた。どうやら(仮)は取って良いとのお墨付きが出てしまった。
「白花さま、ヒドイ!」
「ヒドイっ、白花さまっ」
口々に非難の声を上げる白玉とタピオカを無視して、白花は環の手元に視線を遣った。
「早くキヨに食べさせてやれ」
尊大な物言いではあるけれど、その瞳は僅かに曇り、少し心配そうだ。
「キヨも美野も年を取ったからな。卵はエネルギーの塊。沢山のエネルギーを食えば元気にもなろう」
「神様なんだから人間を元気にする力とかあるもんじゃん?」
「神だからこそ、そんな力はない」
やけにキッパリと言われて環は驚いた。
「“神”なんてものは祈りの象徴にしかすぎんよ。みなの祈りが集まってこそ存在する」
白花は自身の社を振り返っている。
「人が元気になるには元気になる為に療養するしかない。心の支えが欲しいと言うなれば、祈る“柱”にくらいはなるが、それだけだ」
社を囲むように植えられている榊がサワサワと揺れていた。
「神が病を治すわけじゃない。人が病を治すのだ」
突き放すような言葉だけれど、そこにはどことなく悔しさが滲む。無力感というものだろうか。
それでも存在する自身の意義。
――自分が存在する、無力感。
環の奥底で何かが触れた。
痛いような。
ヒリつくような。
「白花、キヨばぁに会いに行こう」