第8話 カツアゲ撃退
第5階層
一般住民が暮らす第4階層、上級国民と呼ばれる政治などを行う者が暮らす第6階層の間に位置するその場所は商業階層と呼ばれている。
日常生活用品から工具や重機まで何でも取り扱う店が所狭しと並ぶこの階層、この世界唯一の商業区画である。
巨大な大根を販売している八百屋の両隣に武器屋が並んでいたりと統一性が全くない、店すらも販売している店があったりと、ここで買えない物は無いと言われる階層である。
「とりあえず11階層で検証するためにも防具が欲しい・・・」
そう独り言を言いながらコータは並ぶ店を横目に進んでいく・・・
昨日まで肉を売っていた店が今日は奴隷を売っていたりとここの入れ替わりは非常に激しい。
なのでこのように店を順に巡り、欲しい物が売っていないか探すのが必要なのだ。
今回コータは11階層のアルマニージュの魔石を売った銅貨20枚を手にしていた。
日本円に換算すれば約2000円と言ったところであろう、節約すれば4日は食事に困らない金額である。
だがコータは初任給とも言えるこの銅貨を全て防具にしようするつもりなのであった。
生きていくだけのパンと水は第4階層の自宅に戻れば無償で配給される、なのでコータは贅沢をする気は全く無かったのだ。
「はぁ・・・やっぱりここも高いな・・・」
そう口にして目に留まった防具屋を後にする。
皮膚の強い動物の皮を加工して作られた布の服ですら銅貨100枚からだったのだ。
日常生活を送るだけの普通の服であれば銅貨1枚もあれば1着買えるのだが、それでは意味が無いのだ。
「せめてアルマニージュの攻撃でも破れないくらいの強度は欲しいんだよな・・・」
っと腹部と背中の穴の開いた部分をなぞってコータは愚痴る。
そこには傷は無い、これも塔のルールである。
魔物の居る部屋を出れば勝ち負けに関係なく、生きてさえいれば傷は修復される。
それこそ死にかけていたとしてもである、部位の欠損すらも治るとコータは習っていた。
だが、戦闘中に死んでしまえばそれまでである、コータはスキル『ジャストアタック』があるので攻撃に関して言えば100以上のダメージを出せる武器でなければ意味が無い、それを理解しているからこそコータは防具を探しているのである。
そして、空き店舗が並ぶ区画に足を踏み入れた時であった。
「おい!」
「ぅぇっ?!」
後ろから突然背中を蹴られコータは前につんのめる、両手を地面に着いて転ぶのを回避し立ち上がりながら振り返る。
そこには先程上の階層で会ったアイツが立っていた。
「ケッどんなイカサマ使ったのか知らねぇがどうだっていい、出せ」
「・・・えっ?」
何故突然背中を蹴られたのか、一体こいつは何を言っているのか、理解が出来ないコータは困惑する。
だが男が拳を振り上げるのを見てコータは慌てて距離を取る。
「出せって・・・何を?」
「分かってんだろ?良いから出すもん出せよ」
そう言って手を差し出す男。
チラリと周囲を見るが、近くの人は関わり合いたくないとばかりに二人から離れていく・・・
この階の警備をしている者も近くに居るのだが、目の前の男の仲間が話しかけていた。
多分、仲間内の貸した金を返してもらっているとか適当な事を言っているのだろう。
店に対して何かをやったり人を殺そうとしたりすれば捕縛されるのだが、小競り合い程度であれば彼等は基本なにもしないのだ。
民事不介入とでも言いそうな状況にコータは苛立ち、目の前の男を睨みつける。
「さっさとしろ」
こいつの狙いは勿論コータの持つ銅貨20枚である。
男はユンを含めた4人で11階層の魔物を倒したのだろう、なので報酬は4人で分ける事になり銅貨5枚。
一人で攻略したコータが一人で4倍もの金額を持っている事を知っているからの行動であった。
「嫌だと・・・言ったら?」
「はっ?拒否権なんてあるわけないだろ?」
そう言って衛兵の死角になる様に男はコータの足を踏みつけてきた。
そして、顔を近付けて間近で周囲に聞こえないように告げる・・・
「役立たずのお前はこれからもずっと俺に上納金を払うんだよ」
どうやったのかは分からない、だがコータは確かに一人で11階層の魔物を倒した。
なにかズルをやったのかもしれないが、それはどうだってよかった、男にとってコータは使えないスキルを持つ屑としか認識されていなかったのだ。
そのスキルの名前が『ジャストアタック』で任意のダメージを確実に与えるスキルと言うのは勿論知っていた。
だが、半年の講義の中でコータのスキルは使えないスキルと言われていた事を彼は勘違いしていたのだ。
飽く迄も、塔の攻略に関して言えば、100までのダメージしか与える事が出来ないスキルと言う事で攻略には使えないと判断され言われていたのだ。
だが男はコータのスキルを100ではなく、10くらいまでしか与えられないスキルなのだと考えていたのだ。
卒業した者の平均HPは約40、男は知らないのだ、コータがその気になれば一撃で殺されるという事を・・・
「おらっ分かったらさっさと出す物をだ・・・」
「ジャストアタック」ボソッ
「あっ?なんか言ったか?」
消え入りそうな声ではあったが、確かにコータはスキルを口にした。
相手に聞こえる必要は無いのだ、使用しようと意思を持ってスキルをイメージして名前を口にする、それがコータのスキルの発動条件だからだ。
「悪いね、俺行くから」
そう一言告げてコータは近付けられていた男の顎を軽く人差し指で突いた。
勢いなんて殆どなかったし、近付けられていた顔を離そうとしたようにも周囲には見えただろう。
だが次の瞬間、男は白目を剥いてそのまま膝から崩れ落ちた。
コータが持つ『ジャストアタック』それは次の攻撃がどんな攻撃であろうと決めたダメージを確定させるスキル。
そこにスピードも力もテクニックも要らないのだ。
小数点以下を四捨五入して1以上のダメージを与えられる何かをすれば・・・
今日初めての実戦で自分のスキルの本当の凄さを理解したコータ、膝から崩れたまま意識を失っている男をそのまま放置して歩いていく・・・
今回コータが指定したダメージは35、流石に死にはしないが瀕死になる程のダメージを顎に受けた男の意識を刈り取るのは容易であった。
離れた場所で男が崩れてコータが一人離れていくのをただただ呆然と見ている男の仲間と衛兵。
誰からも使えないスキルと言われ、蔑まれ続けてきたコータは初めて自分のスキルの真の恐ろしさを理解したのであった。