96.憤怒
翌日もそのまた次の日もエレンは登校して来なかった。ティアによると熱がまだ下がらないらしい。
そして今日は総合戦闘部門の選抜試験だ。
『レオナード、大丈夫か?』
「うん…まだ本調子じゃないけど、何とか…。」
レオナードの魔力はまだ戻りきっていなかった。ちなみに痣は元の大きさに戻っている。
クエレブレの奴、とんでもないものをよこしやがって…。
だがあの力が無ければ危うかったのも確かだ。感謝と怒りが半々といった所か…。
「じゃ行ってくる。アル。」
レオナードの隣で目を閉じて集中していたアーノルドが、静かにその目を開くと無言で立ち上がる。
「レオくん、アルくん、気をつけてね…。」
「この二人なら大丈夫だよ!頑張ってね!」
心配そうなティアと逆に能天気なパズ。だがパズの陽気さは空気を重くしないための気遣いだという事は皆んな知っていた。
選抜試験、といっても参加者は四人しか居ない。出場枠も四人のため合格は最初から決まっていた。
アーノルドとレオナードが総合戦闘部門に申し込む事が知れ渡った為、ほとんどの連中が無差別武術や魔法戦闘へと鞍替えしたのだ。
四人の参加者はレオナード、アーノルド、もう一人は余りよく知らない生徒だがアーノルド曰く、騎士科の優等生らしい。そしてなんとマルコだ。
制限時間は五分の模擬戦。まずはレオナードとアーノルドの手合わせから始まった。
「二人が戦うなんて…。」
競技場で静かに向かいあう二人を見てティアが暗い声を出す。
「あれ?ティア知らないの?あの二人、今朝も手合わせしてたよ。その延長みたいなもんだから平気だよ。もう僕なんてまったく付いてけないくらい強いんだ二人とも。」
パズの言う通り、レオナードがベルツから帰って来た翌日から二人は毎朝、手合わせをしている。魔力が戻っていない分、勝率は圧倒的にアーノルドの方が高いがいた仕方ない。
結果はやはりアーノルドの勝利だった。
「おいおい、レオナードって剣だけでもあんなに強いのかよ…。本当に魔法科か…?」
「俺、騎士科だけど自信無くした…。」
隣で観戦していた生徒がそう会話していた。なぜかティアとパズが誇らしげな顔をしている。
そして次はマルコともう一人の参加者だ。
「なんだあれ?」
「魔法具か何かかしら?」
パズとティアが訝しげにそう言った。
マルコの両腕に派手な色合いの手甲のような物が嵌められている。
総合戦闘部門では武器や道具の持ち込み、使用は一切制限が無い。ティアの言う魔法具というのは魔法を使用する手助けをしてくれるものだ。だが大体が高額で庶民ではなかなか手が出せない。
「ありゃちょっと卑怯じゃね?」
先程、レオナードを褒めてくれた隣の生徒が今度はそう呟いた。ティアとパズも顔をしかめている。
試合開始と同時にマルコの両腕から炎が吹き出るとまるで鞭のように対戦相手の生徒に襲いかかった。炎を剣で防げるわけもなく、マルコは一方的に相手を圧倒していく。
そして制限時間が終了した。マルコの高笑いだけが競技場に響いていた。
レオナードの体調とマルコの対戦相手がかなり消耗していたため、試験はそこまでとなった。
「「お疲れ様。」」
観覧席に戻ってくるレオナードとアーノルド。図らずもティアとパズの声が重なる。
「腹が減ったな。」
アーノルドがいつもの調子に戻っている。
「ご飯を食べにいくついでに皆んなでエレンのお見舞いにでも行かない?」
そう提案してきたのはティアだ。全員が一瞬で賛同する。ちなみに俺も賛成だ。ルビィに尋ねたい事があるのだ。
「いやあ、残念だよ。お前らとやれなくて。」
マルコが取り巻きを引き連れてニヤニヤと笑いながら近づいてきた。この登場の仕方、だいぶ久々だな。
「うるさいのが居なくてお前らも良かったな!」
エレンの事を言っているのだろうか?わざとだろうが相変わらず性格の悪い奴だ…。
「…あなたって人は…。」
珍しくティアが怒りを露わにしている。仕方の無い事だろう。この中で一番エレンを心配しているのはティアなのだから。
「おお、怖い怖い!黒髪の尼さんが怒ってる!」
取り巻きたちと一緒にケタケタ笑うマルコ。
「いい加減にしておけよ…。」
アーノルドが凄味の効いた声を出す。レオナードは口をグッとひき結んでマルコを睨みつけていた。
「お前らいい事を教えてやろうか?こいつの母親は行方不明になってふらりと戻って来たらこいつを身ごもってやがったんだ。しかも生まれてきたらご覧の通りの黒目黒髪。俺たちは親戚で、王家の血も流れているから本当は金髪碧眼なんだよ。父親もどこの誰か分からない。本当に親戚の恥晒しだよな!」
ティアが顔を真っ赤にしている。今にも泣き出しそうだ。
「いい加減にしろと…。」
アーノルドが一歩前に踏み出そうとした時、
ゴン!!
鈍い音が響き渡った。
「レオ!!」
アーノルドの驚いた声。鼻を押さえてうずくまるマルコ。そして右の拳を握り締めるレオナードが立っていた。
「お前は人の心をなんだと思っているんだ!!」
憤怒。温厚なレオナードに珍しく怒り狂っている。体から湯気の様なものが立ち上っているそして反対の左拳は黒く染まっていた。
「てんめぇ…。」
マルコの指の間から血が滴っている。鼻血が出ているようだ。
「何をしているのですか!」
騒ぎを聞きつけて姿を現したのはハウゼル先生だった。
「先生、レオナードに殴られました…。」
即座に告げ口するマルコにただ黙ってそれを睨みつけるレオナード。
「…とにかく、マルゴワールくんはすぐに医務室へ。レオナードくん、私と一緒に来なさい。」
「…覚えてろよ…。」
そう言い捨てて去っていくマルコ。
『レオナード、とにかく落ち着け。左手を何とかしろ。』
俺はそっとレオナードに念話を送る。はっとした顔のレオナードが自分の左手を見つめた。ぱっと手を開くと色が普段通りの肌色へと戻る。
『左手で殴ってやった方が良かったかもしれんな。まぁ下手したら頭を潰してたかもしれんが。』
俺の冗談にパズを除く三人がギョッとした顔をした。ただの冗談なのだが…。
そのあと、マルコも悪いのは分かったが手を出してはいけないよ、とハウゼル先生にたっぷりお説教を食らって、レオナードが解放されたのは日もすっかり沈んだ後だった。
まあ、個人的にはレオナードも男らしい所があって良かったんじゃないかと思うが…。
そしてその日の夜。騒動のお陰で達成出来なかった目的を果たしに、俺はとある屋敷の庭にある四阿に来ていた。むろん目的はルビィに会う事。
『お待ちしていましたわ。クロ様。』
『すまんな。呼び出して。』
『クロ様の為ならどこでも参りますわ。』
うふん、とでも言い出しそうなルビィの雰囲気に俺はたじろぐ。
『と、ところでエレンの様子は?』
『熱は下がって意識も戻ってます。明日から学校もいけるでしょう。』
『そうかそれは良かった…。それでなんだが、ウラリーとエレンの母親の話は聞けたのか…?』
実はあの日、競技場の休憩室を後にする前にルビィに頼み事をしていたのだ。盗み聞きのお願いを。
『…ええ…。なんというか…私もとても驚いたのですけど…。うちのお嬢様にあんな秘密があったなんて…。』
『それは一体…?』
俺はついつい身を乗り出す。
『一言で言うとエレン様の体の中に恐ろしく強い魔物の力を封入したようなんです。それも…エレン様がまだお腹の中にいるうちに…。』
『なるほどな。それがあの炎の蛇の正体か。』
レオナードが言っていたクエレブレからの話である程度、予想はついていたが、やはり小さな驚きがある。
『どこからあんな力を手にいれたんだ?』
『そこまではさすがに…。ですがそれにあのウラリーという銀髪の女性も関わったようですね。あとこの国の軍部も…。』
『軍の兵器開発の一環、といったところか…。』
俺はやれやれと首を振った。クエレブレが怒るのも無理は無いし、実際に俺も多少の怒りを感じている。
『あと…もう一つ、ベス、という聞き覚えのない名前が何度か出てきましたわ。』
『ベス?俺にも聞き覚えがないな…。とにかく覚えておこう…。』
やれやれ、次から次へと厄介ごとが舞い込んでくる。猫の姿になって色々と忙しいな…。
『ところで、お礼に何をしてくださるのかしら?』
『そ、そのうち、何か美味いものでも…!』
しなだれかかってくるルビィに俺は大焦りだ。こいつにだけは絶対に敵わないな…。




