95.聞き耳
…ナード…レオナード…。
遠くから僕を呼ぶ声がする。
まず、娘を守ってくれてありがとう。礼を言おう。
この声は…クエレブレさん…?
しかしお前たち人間は、あの赤髪の少女に何て物を埋め込んだんだ…。
そんな事僕に言われましても…。
理由も分からずに声だけのクエレブレさんに怒られるのはちょっと理不尽だ。
ため息のようなものが聞こえる。
あの少女は娘の友達、なのだろう?早めに私の所へ連れて来なさい。
いや、そもそもどこにいらっしゃるんですか?
僕にドラゴンの住処なんて知識は無い。
《聖なる夜》に尋ねるが良い。では待ってるぞ。
それだけ言い残してクエレブレさんの気配が消える。
そして光が溢れた。
「…オ…、レオ!!」
僕はゆっくりと目を開けた。心配そうに僕を覗き込む見慣れた顔。僕は気を失っていたらしい。
「大丈夫かレオ!?」
「ア…ル…?大丈夫かと言われれば…大丈夫じゃない…。体に力が入らない。」
『魔力切れだな…。少し休めば良くなるだろう。』
クロがそう言ってくる。
「エレンは…?」
「自分より人の心配か…。まったく…。」
アルが盛大にため息をつく。
「今先生たちが介抱しているわ…。私、様子見てくる…。」
「僕も一緒に行くよ。」
青い顔をしたティアが立ち上がる。一緒にパズが立ち上がって後に続いて行った。
僕はアルの手を借りて上半身を起こす。
「僕はどれくらい気を失ってたの?」
「ほんの数分だ。」
そっか…と返事を返して、僕はクロに向き直る。
「クエレブレさんの声がした…。」
『…何か言っていたか?』
「お礼と、あとエレンに何てものを埋め込んだんだ。って怒られた…。」
『お前が言うな、ってちゃんと返したか?』
相変わらず辛口のクロに僕は苦笑いを返す。訳が分かっていないアルは訝しげな顔で僕とクロを交互に見つめてくる。
「あと、エレンを早めに自分の所へ連れて来いって。場所はクロに聞けって言われた…。」
ふむ…クロは小さくそう言うと何かを考え始めた。
「なあレオ、クロ、そろそろ俺に事情を説明してくれないか?」
アルか痺れを切らす。
「ええと…、ちょっと込み入ってて…。僕の判断だけで話せない事なんだ…。それに僕も分からないことだらけで…。」
ティアの居ない所で僕が勝手に話すわけにもいかないし。今言った通り、僕にも分からない事が多すぎた。
僕の目をじっと見つめてくるアル。
「…分かった。だが何かあったらいつでも話してくれよ。」
「…ありがとう。」
僕はアルに心からの感謝の言葉を伝えた。アルが大きく頷き返す。
『…とりあえず俺たちもエレンの様子を見に行くか。立てそうかレオナード。』
クロが思考の海から戻って来たようだ。僕はアルの腕を借りてゆっくり立ち上がる。まだ少し足がふらつくが大丈夫そうだ。
エレンは競技場の控え室に横たえられていた。息が荒く、顔が赤い。額に大粒の汗をかいている。
僕らが心配そうに見守っていると、
「親御さんにご連絡しました。ここは私が見ますので先生方は試験に戻って下さい。」
そう言って現れたのはなんとウラリー学園長だった。黒一色の服に見事な銀髪が映える。独特の迫力を放っていた。
「あなた方には少し聴きたい事があります…。」
そう言って僕とティアを交互に見やる。理由もなく僕は背中に汗をかいていた。
「まずエレンフィールさんの体から炎の蛇のようなものが出現して暴れ回った、ということですが…。」
「…はい、間違いありません。九つでした。ただ暴れ回ったというのは少し違うかと…。」
僕はあの凄まじい光景を思い返してみる。あの炎の蛇は最初はただ出現しただけなのだ。
「でもあなた達に襲いかかってきたのでしょう?」
詰問調の学園長に僕は何も言えずにいる。
「…もしかしたら私が…刺激してしまったのかも…しれません…。」
ティアがおずおずとしている。学園長はそれをじっと見つめると、一つため息をついた。
「自覚があまり無いようですが、ティアラさん、あなたも凄まじい力を秘めているのですよ。お気をつけなさい。」
も、というのはエレンの事を指しているのだろう。
「それで、レオナード君、あなたが黒い盾のようなものを作り出して皆を守った、というのは本当かしら?」
「はい…たぶん…。」
学園長が僕に向き直る。その迫力に僕はたじろいだ。
「たぶん?…まあいいでしょう。無我夢中でやった事でしょうし。それで、それほど強力な魔法をどこで覚えたのですか?」
「…ベルツです。」
僕はそう答えるしか無かった。はっきり言って僕もあの力が何なのかよく分かっていない。一つ言えるのは確実にクエレブレさんのおかげということだけだ。
「…《森の法王》も素晴らしい弟子を持ったものね…。」
学園長は何度目かの深いため息をつく。
《森の法王》…初めて耳にした言葉だ…。恐らくダラス先生のことだろうけど…。
「とにかく皆さんが無事で良かったです。それから…。」
バン!!
「エレン!!」
学園長が言葉を続けようとした時、部屋に一つの影が飛び込んで来た。暗い茶色の髪と同じ色をした瞳の男性。そしてその後に落ち着いた様子の、金髪碧眼の女性が入ってくる。髪と瞳の色を除けば、女性の顔立ちはエレンにそっくりだった。
「叔父様に叔母様!」
「ティアちゃん!エレンは大丈夫かい!?」
男性の方は大慌てだ。叔父様に叔母様ということはこの二人がエレンのご両親なのか。
「あなた!うろたえるんじゃないの!情け無い!ティアちゃんが驚いているじゃない!」
どうやら女性の方は性格もエレンに似ているらしい。
「す、すまない…。」
「いえ、大丈夫ですわ。それよりもエレンはそこです。」
ティアに倣って僕らは道を開ける。
「ウラリー…久しぶりね…。」
「そうね、ペトロネラ…。」
エレンの母親と学園長が挨拶を交わしているがあまり仲は良くなさそうだ。
「エレン…恐ろしい熱だ…。早く連れて帰って看病しなければ…。」
そんな二人を他所に父親の方はエレンの顔を心配そうに覗き込んでいる。
「さあ、あなた方も今日は家に帰りなさい。ペトロネラ、少し話があるわ…。」
険しい顔の学園長の一言に僕らは控え室を出る事を余儀なくされる。
『…きな臭いな…。』
クロがぽそりとそう呟いた。




