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92.立派な強さ

「レオくん、元気でね。今回は本当にありがとう。」

ティア達、医療系の学生が王都へ戻る日がやってきた。何だかんだひと月はあっと言う間だった。

「二週間もしないうちに僕も王都へ戻るよ。選抜試験があるからね。」

今回、僕は選抜試験を受けるつもりは無かったのだが、三人目の師匠、ダラス先生に厳命を受けて試験を受ける事になったのだ。

「あと…本当にごめんなさい…。何かよく分からないものまで背負わせる事になっちゃって…。」

ティアがしゅんと俯く。最近はいつもこんな感じだ。

彼女が気にしているのはあの異形の男、クエレブレが僕の左手に残していったもののことだ。




「これって本当に呪いなの?」

あの日の翌朝、ティアは開口一番にその事を尋ねて来た。僕とクロの両方に向かって。

僕はいつも通り朝の鍛錬を終え、ティアが待つ植物園の噴水の所へと来ていた。

もちろん僕にはこれが呪いかどうかなんて検討がつかない。

「うーん…痛みとか違和感とかは何も無いよ。本当にただの痣みたいな感じ。」

僕は自分の感じたままを話す。二人と一匹で僕の左の手の平を覗き込む。

『あいつが残していったものだ。ただの痣では無いことは確かだろうな。』

クロがそう言う。まぁそれは薄々感じてはいるのだが…。

「…ところであの人?って何者?」

僕は昨日から抱いている疑問を口にする。昨夜はご飯を食べた後の眠気に勝てず、あっさり眠りに落ちてしまって何も聞けていなかったのだ。

『暗黒竜クエレブレ。もしくは精霊王オーベロン。夜の一角。星の守り手。などなどだ。そしてティアの父親だな。』

「…なんか、暗黒竜と精霊王って全く繋がらないんだけど…。まあ、とんでもない人って事だけは分かった…。」

僕はため息をつく。自分の生まれも大概だと思っていたがそれ以上に凄い子がこんな間近に居たとは…。だがティアの歌が引き起こす数々の奇跡にこれで納得がいった。

「…ごめんね…。私のせいでレオくんに迷惑をかけてしまって…。」

「だ、大丈夫だよ!きっと悪い物じゃ無いと思うし!」

しゅんとうなだれるティアを僕は慌てて慰める。

『二人とも安心しろ。俺にもこいつが何かは分からんが、あいつはああ見えて平穏とか調和とかを愛するやつだ。まぁ俺たちの常識は通用しないがな。』

クロが気休めになっていない事を言う。

『まあ、娘の恋人に対する男親のやっかみと餞別みたいなもんだろうさ。』

クロの恋人発言に僕は頭から湯気が出るかと思うくらい赤くなった。見ればティアも耳まで真っ赤にし、口をわなわなと震わせている。

「おや?今日はお二人お揃いかな?」

そこへ、まるで頃合いを見計らったようにダラス先生が現れた。

「わ、私はそろそろ行きます!先生、また後ほど!」

そう言ってティアは急いで立ち上がると一目散に駆け出して行った。残された僕は陸に上げられた魚のように口をパクパクさせるだけだ。

そんな僕を何故か冷たい目で見てくるダラス先生。クロは素知らぬ顔であらぬ方向を見ていた。




「本当に大丈夫だから!気にしないで!」

僕はできるだけ明るい声を出す。実際に何事も起きていないし、クロにさえ分からないものを僕らが気にしていてもしょうがないのだ。

「…うん。」

それでも浮かない顔のティア。そこに少し離れた所からティアを呼ぶ声がする。どうやらそろそろ馬車が出る時間らしい。

「時間みたい。じゃあレオくんまたね。クロも。」

そう言ってティアは一度屈み込むとクロの頭をひと撫でする。それからくるりと振り返ると小走りで馬車の方へと向かっていった。

僕はじっとその後ろ姿を見送る。

「色々と大変なひと月でしたね。」

いつのまにか僕の隣にダラス先生が立っていた。今日は執事服だ。

「はい…。本当に大変でした。」

僕は静かにそう答えた。馬車が走り出した。ベルツ合宿所の前庭をグルリと回って門へと向かっていく。窓からティアが手を振っているのが見えた。

「何があったかは知りませんが、あなたもあの子も変わりましたね。強くなった。」

僕と先生は並んで馬車に手を振る。門を出た馬車は次第に小さくなっていった。

「彼女は強くなったと思います。僕は…どうでしょう…。」

相変わらず引っ込み事案で心配性だが、ティアは確実に強くなったと思う。なにせ、人ならざる自分の父親に会う決断を下したのだ。

クロは人に強要をしたりしない。自分で考えるように、決断するように促してくる。と言うことは全ての決断はティア自身で下したはずだ。そして人間の世界に残る決断も、自分の足で母親に会いに行く決断も…。

僕は…、僕はどうなのだろう?


「人の支えになれるというのも、立派な強さです。」


ポツリとダラス先生が呟いた。緩い角を曲がり、とうとう馬車は完全に見えなくなった。

「さて、今日からまた一対一ですね。ビシバシいきますのでそのつもりで。」

くるりと振り返るダラス先生。

「ええ…、今日くらいは…。」

「選抜試験まで時間がありません。みっちりやります。」

僕の泣き言は完全に封殺された。

「若者がこんな田舎に篭ってばかりではいけません。帰れる時は帰る。挑戦する時は挑戦する。もっと広い世界を知りなさい。」

肩を落としつつ、僕はダラス先生の後に続く。


何だかんだ僕は先生に恵まれている。心からそう思う。



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