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89.ベルツの春②

「や、やあティア。久しぶり…。」

「ひ、久しぶりねレオくん…。凄い日焼けしたわね…。」

「ま、毎日外で過ごしてるからね…。」

たかだかふた月そこいら顔を合わせていないだけで、二人の会話がぎこちない。

前々から分かっていた事だがレオナードとティアは異常に恋愛偏差値が低いようだ。

「…まったく…。クロ君、くれぐれもあの二人のこと、頼みましたよ。」

ダラス先生が嘆息しながら隣の俺に向かってこう言ってくる。俺は軽く振り返ると、任せろと言わんばかりに、にゃあと一声鳴いておいた。

俺は俺でティアとゆっくり話したい事があったので、これは俺にとっても良い機会なのだ。


さて、ティア達、医療系魔法の生徒がベルツ合宿所に来た目的は薬学の集中講義のためだ。

レオナードもこれに参加することになっている。

むしろこの二ヶ月間、ダラス先生に色々と叩き込まれたおかげで、こと薬学やそれに属する魔法などに関してはレオナードの方が医療系の学生よりも上を行っていた。


「この二フラという植物は別名、毒吸草と呼ばれています。血液を濾過してそこにある毒を吸い出す特性があります。レオナード君。」

ダラス先生に促されて、レオナードが小さな檻に入れられた一匹の鳥を持ってくる。

「この鳥にある毒ヘビから抽出した神経毒を打ち込みます。」

物騒な事を言いつつダラス先生は注射器を取り出す。そこには無色透明の液体が満たされていたが、パッと見は毒には見えない。

それをダラス先生はレオナードが抑える鳥にぶすりと打ち込んだ。医療系の学生の間から小さな悲鳴が漏れる。

最初は暴れていた鳥があった言う間に痙攣し、動かなくなる。

「もちろんこのまま放っておくと死んでしまいます。そこで二フラを使います。レオナード君、やってごらんなさい。」

「ええ!?僕がですか?!」

慌てふためくレオナードにダラス先生が大きく頷く。

緊張した顔のレオナードが薄い手袋をはめ小刀を取り出す。その小刀をさっと消毒液に浸して殺菌すると、鳥の羽毛を掻き分け、横腹にごく小さな切り傷をつけた。そこに小さな種を一粒さっと埋め込むと小さく詠唱を始めた。

その手がぽうっと小さな明かりを放ち出す。医療系の学生達は怖さよりも興味が優ったのだろう、額を合わせるようにしてレオナードの手元を覗き込んでいる。

「…おおぉ…。」

誰ともなく感嘆の声が漏れる。傷口から小さな芽が出るとあっという間に成長していく。

その根が小さな傷を塞ぎやがて小さな実をつけ始めた。どことなくポモドーロ(トマト)を小さくしたような形だが色が黒い。

「この実の中に毒が詰まっていますので決して触らないで下さい。大切なのはここからです。」

ダラス先生はレオナードに目で合図を送るとレオナードが頷き返した。

黒い実の下にそっと手を添えると再び小さく詠唱を行う。すると実がぷつりと幹から離れ、レオナードの手の上でふわふわと浮いている。不思議な光景だ。

レオナードはそれをそっと空の瓶の中へと入れる。空の瓶の中でも実がふわりと浮いている。そしてレオナードが瓶に蓋をした瞬間


ぺしゃ


実が落下して瓶の中で弾け、黒い液体が散る。医療系の学生達が思わず仰け反った。

「この実は非常に脆くちょっとした衝撃ですぐに破裂します。ですので今のように気流を操る魔法で風の膜を作って包み込むか、直接処理する場合は自分や患者に液がかからないように工夫する必要があります。」

医療系の学生達が真剣そのものの表情で頷いている。

その横でレオナードが再び二フラの上に手をかざして詠唱を始めた。すると今度は緑の実がなり始める。それを確認したレオナードは別の詠唱を始める。すると二フラが枯れ始め、ポロポロと崩れ去って跡形も無くなった。

鳥の痙攣が止まり、やがて大人しくなった。

「緑の実が成りだしたら毒の吸い出しは終了です。ですが二フラをそのままにしておくと今度は宿主の生命力を吸い始めるので必ず除去して下さい。今のように草枯れの魔法を使えば傷も塞いだままに出来るので一石二鳥です。もし直接取り除く場合は根を張った場所を切り取る必要があるので注意して下さい。」

今度は青い顔で頷く医療系の学生達。

根を張った部分を取り除く、ということは宿主の皮膚と肉をえぐり取るということはだから血の気を失うのも無理はない。

「二フラは様々な毒の除去に有効で非常に優秀ですが、的確に使用するには、植物成長促進魔法、気流操作魔法、草枯れの魔法と三つの魔法の使用が必要です。鍛錬を怠らないように。」

ここで締めくくるダラス先生。医療系の学生の間から拍手が起きた。

誇らしげな顔のダラス先生と照れて頭をかいているレオナードへと向けて。

「では早速みなさんの実習に移りましょう。使うのは今朝捌いたばかりの鶏肉で…。」

という風に授業は進んでいく。

ダラス先生の助手のように、次々と実演をこなしたり、実習の手伝いを行うレオナードに憧憬の眼差しを送るのは、もはや一人だけではないようだ。


「ふい〜…疲れた…。」

部屋に戻るなり、レオナードはベットに転がりこんだ。

医療系の学生達が滞在する間は例のお手伝いさん達が近くの村から来てくれているため、夕飯作りは免除だ。

『情け無い声を出すんじゃない。軟弱な奴だなまったく…。』

俺はレオナードの頰をぺちぺちと尻尾で叩く。

「そんな事言われても…。」

とレオナードが再び情け無い声を出しかけた時、遠慮がちにドアをノックする音が聞こえる。

は〜い。と間延びした返事に返って来たのは

「…レオくん、お疲れのところごめんね。ティアです…。」

途端にがばっと起き上がるレオナード。おかげで俺は危うくベットからおっこちるところだった…。

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってね!」

いそいそと髪を整えると、ドアを開くレオナード。そこにはいつものベールに眼鏡姿のティアが立っていた。

「…お疲れのところ、本当にごめんなさい…。」

「大丈夫!全然疲れてないから!散らかってるけどどうぞ!」

再び謝罪を口にするティアに、しどろもどろにさっきとは真逆の事を口にするレオナード。

部屋の中にティアを案内したレオナードはティアに部屋に唯一の椅子を勧め、自分はベットの縁に腰掛けた。

「これ、みんなからのお手紙よ。」

そう言ってティアが差し出したものはいくつかの封筒。

「アル、パズ、エレン…それにクリストファー様まで…。みんな元気?」

「ええ、相変わらず。パズくんがアルくんの鍛錬に付き合わされて悲鳴を上げてるわ。エレンはもう少しお淑やかにして欲しいけれど。」

そう言ってくすりと笑うティアにレオナードも自然と笑顔が零れた。やっとだな…。

「クロちゃんも元気そうね。」

『おかげさまでな。』

二人の邪魔をしないように大人しくしていた俺にティアが声を掛けてきた。

「ルビィとアスールが寂しがっているわ。あと、特に大きな動きは無いって伝えてくれって。そう言えば分かるから。と…。」

『そうか、助かるよ。ありがとう。』

俺は簡単に礼を述べた。フクロウが定期的に王都の様子を報告してくれるが、彼では入り込めない王宮の奥の情報や商会周りの情報はルビィとアスール頼りだ。こうした報告は非常に助かる。

レオナードとティアは訝しげな表情だが特に深くは追求して来なかった。

『そうそう、ティア、明日の早朝、時間あるか?』

「え?…ええ、またあの噴水の所に行こうかなと思っていたのだけど…。」

『そうか、ちょうど良かった。じゃあ俺も行こう。色々と話したい事もあるし。』

ティアの顔が少しだけ緊張する。何となく察しがついているのだろう。

「えっと…僕は?」

『お前はいつも通り、いや、いつもの倍、鍛錬だ。』

俺がレオナードにそう言い渡すと、レオナードはそんなぁと情け無い声を上げた。



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