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8夏の始まり

今日も良いお天気だ。季節は段々と夏に向かいつつあり、日が昇るのもだいぶ早くなった。柔らかい朝の日差しの中でこれまた柔らかい芝生に寝転んでいるなんて至福以外のなにものでもない。

(ほんと、猫の生活も悪くないな。)

そんな、のんびりとした朝のひと時を過ごす俺の目の前では懸命に木剣を振るう少年が二人。一人は栗色の髪と目をした少年。一人は金髪碧眼。二人は並んでわき目も振らず中空に向かって素振りを繰り返している。栗毛の少年が手の皮が剥けて悲鳴を上げていたのが既にふた月前にもなるのか。月日が経つのは早い。

(どれどれ?)

俺はひょいと顔を上げ、二人に向かってじっと目を凝らしてみる。

金髪の少年は一振り毎に足元から胴体を通り、腕に向かって、細く輝く金色の光の粒子がうねり流れていく。対して栗毛の少年の光の粒子は赤みがかっていて金髪の少年よりも大きく太い流れだ。だが所々で流れが悪かったり急に途切れたりする。よく見ればそれが二人の動きの精度や熟練度に呼応しているのが良く分かる。

(…だがしかし、たったふた月で二人ともよくここまで成長したものだ。)

俺の主人、栗毛の少年のレオナードを鍛え直すことになって早ふた月。早朝鍛錬の初日出会った金髪の少年、アーノルドは翌朝、木剣を二本携えて現れた。

「やっぱり一人で剣を振ってても楽しくないからさ!教えるから一緒にやろう!」

こうして俺が指示するまでもなく、鍛錬種目が一つ加わった。このアーノルドという少年、いささか強引なところがあるが引っ込み思案の俺の主人とはなかなかに良い組み合わせだ。

面白かったのはアーノルドがレオナードに剣の手ほどきをするたびに、()()()()()()光の粒子、つまり魔力の流れが格段に良くなっていったのだ。

(人にものを教えることによって、その物事の理解がより深まるというが…。なかなかに面白い現象だな。)

俺が一人そんな事を考えていると、

「…きゅうじゅうきゅう…ひゃく!」

どうやら今日の課題を達成したようだ。レオナードは肩で息をしながら、アーノルドは息は上がっているものの比較的涼しい顔で、木剣を下げた。

「…アル…、ご、ごめんね…。僕に…合わせてもらって…。」

「気にするな!ゆっくり剣を振るうと今まで気づかなかった事に気付けたりするから俺も勉強になるよ!」

「…それ、慰めに…なって…ないよ…。」

息を切らせながら話す主人に、わははと軽快に笑いで返す友人。なるほど、そういう事もあるかと思案する子猫。三者三様の朝が今日も過ぎていく。




「ラングラン様、おはようございます!」

朝の鍛錬の後、二人と一匹で朝食をとることが日課となった。アーノルドはおはよう!と一声応えて自分の朝食に戻る。

「…やっぱりきまずいなぁ…。」

と小さく呟くレオナード。それはそうだろうな。間断なく交わされる朝の挨拶。だがそのほとんどはアーノルドに向けてだけのもので、レオナードに向けてあるのは良くて会釈程度だ。

「ほとんどの奴が騎士科の人間だからな。気にするな。」

「…ま、アルがそう言うなら。」

そう言って含み笑いを漏らす主人に、眉根を寄せて苦い笑いを返す友人。

その事で二人が喧嘩をしたのが、朝の鍛錬の付き合いが始まってひと月くらいの事だった。レオナードが別で朝食を食べようと提案した時にアーノルドがいきなり怒り出したのだ。




「レオは俺と飯を食うのは嫌か!!??」

鍛錬が終わり、二人は隣り合って座っていた。俺はその二人の間でごろりと寝そべっていたのだが、なんだなんだと顔を上げた。

「いや、そういうわけじゃ…。」

いきなりの剣幕にレオナードはたじたじだ。では朝飯を抜くのか?というアーノルドの問いにレオナードは更に顔を青くする。鍛錬が始まって以来、主人は良く飯を食うようになった。まぁだから痩せないのだろうが…。

「その…、周りの視線が厳しいというか、なんというか…。」

それはそうだろうな。毎朝の挨拶攻撃に加えて、あいつは誰だ?なんてもの言いたげな奇異の目に晒されては普通の人間ならもたない。

「…あんな連中、放っておけばいい…。」

そこそこ自覚はあるのだろう。アーノルドの声が少しだけ沈む。

「ほら、アルはラングラン家の人だし、僕なんかより一緒にいるべき人が…。」

その一言がアーノルドに火を付けたのだ。

「レオは!俺がラングランの人間だから一緒にいてくれるのか!?」

音がしそうな勢いでアーノルドが立ち上がる。まさに烈火だった。肩から立ち昇る金色の粒子をレオナードも見たというのは後日談だが。

「そ、そんな事はないよ!ただ…。」

「ただ?」

「その…俺なんか一緒にいるとアルの迷惑じゃないかと思って…。」

肩をすぼめ小さくなるレオナード。この様子にさすがのアーノルドも少し落ち着きを取り戻す。

「…迷惑…なんかじゃないさ…。俺は結構嬉しかったんだ…。」

「え?嬉しかった?」

その後、アーノルドはポツリポツリと話し出した。入学当初から特別扱いを受け、なかなか本音を話せる友人ができなかった事。だが家名に傷を作るわけもいかず常に気を張って毎日を過ごしていた事。そんな鬱々とした気持ちを晴らすために朝の鍛錬を行なっていた事。そして、初めて友人と呼べそうな人間に出会えた事。

「俺は小さい頃からラングランの人間として扱われてきた。年の近い友とは縁遠いと思っていたさ。だが学校に入れば周りはみんな同年代の子女たちだ。さすがに友人の一人や二人、出来ると思っていたよ。だがご覧の有り様さ。みんな俺の事をラングラン様と呼ぶ。アルと呼んでくれたやつはお前以外に一人も居なかったよ…。」

「アル…。」

そりゃそうだろうな。貴族の頂点の一つ、西方公の息子を蔑ろにするなんてもっての他だし、仲良くなってあわよくば…なんて考えるのが普通の精神だ。

何て冷めた事を考えている俺の横で、気まずい沈黙の二人。やがてレオナードが口を開いた。

「…ごめん。僕は地方の小さい家の人間だから、君の気持ちは分かってあげられないけど…、君がラングラン家の人間だから、大貴族だから友人になりたいと思った事は一度もないよ…。」

暫しの沈黙のあと、アーノルドにしっかり視線を合わせるとレオナードはこう言った。

「実は僕も自分の事、というか家の事に、劣等感というか、気後れというか…そんなものを持っていたんだ…。」

言葉を選ぶようなレオナードの話をアーノルドは黙って聞いている。

「うちは北の小さな辺境小貴族だからさ。読み書きや算術は両親が教えてくれたけど…。正直、この学園に入学させてくれるのも相当大変だったと思う。」

何か思うところがあるのか、アーノルドの顔に苦悩の色が見えた。それに気づいているのかいないのか、レオナードは語りかけ続ける。

「それなのに僕は言い訳ばっかで…。あいつらは、家が大きいから、血筋もいいから、勉強もできて、魔力も強くて、俺は家が小さいし凡人だからって…。自分が弱いのも家のせいにして…。ある人に言われて気づいたんだ、これじゃダメだって…。だから…だから、自分を変えるために鍛錬を始めたはずなのに…。」

再び俯くレオナード。俺はレオナードの顔を見上げる。両目には溢れ出さんばかりに涙が溜まっている。

「…ごめんよ。自分の事ばっかりで…。アルの気持ち、全然考えてなかった。」

ついにポロリと涙が溢れる。

「…俺こそ、ごめん…。」

見上げるとアーノルドも拳をぎゅっと握りしめて涙を堪えている。


俺は小さく溜息をつくと立ち上がり、サッとレオナードの背中を駆け上って頭の上にちょこんと座った。

「ちょっ!クロ!?」

慌てて俺を掴もうとする。その両手をサッと躱して今度はアーノルドの胸に飛び移る。わっ!と驚いてアーノルドは俺を両手で受け止めようとするが、俺はさらにその腕を蹴り、肩を蹴り、アーノルドの頭まで駆け上がった。

「こいつっ!」「なにして…わぁっぐ!!!」

驚いて身をかがめたアーノルドの頭の上から、驚いた顔で見上げているレオナードの顔に飛び降り、更にその顔を踏み台にしてヒラリと着地した。

「クロっ!なにすんだよ!」

顔を真っ赤にして怒るレオナードに俺はそっぽを向いてにゃあと鳴いておく。

「にゃあ、じゃないだろ!にゃあじゃっ!」

「…ぷっ、くくくっ…あはははは!」

「ア、アル…?」

「いや、あははは!クロに、クロに何やってんだお前らって言われてる気がしてさ!そもそも何で朝飯を一緒に食う食わないくらいの事でこんなに喧嘩してんだろね?」

「…確かに…。」

そう言ってレオナードもつられて笑い出した。何がおかしかったのか、その後も二人は長いこと腹を抱えて笑っているた。


「これからも…アルって呼んでいいかな…?」

ひとしきり笑いが収まると、レオナードはおもむろにこう口を開く。

「…レオ…。あぁ、もちろんだ!これからもよろしくな!」

そう返してアーノルドは右手を差し出す。一度めより強く、二人は握手を交わし合った。

まったく…世話のやけるやつらだ…。




「ところでアル、本当に良いの?」

朝食があらかた片付いた所で、話は目の前に迫っている夏休みの話になっていた。

「おう!家に帰ったってする事ないしな!むしろ帰ってくるな。寮で手伝いと勉強をしてろ!ってさ。」

学園寮では二ヶ月間ある長い夏休みの間、実家が遠かったり諸事情で帰省しない生徒の為に、ある条件をつけて寮に残る事を許可しているらしい。その条件とは学園と寮の管理、要は掃除や草むしり、飼っている動物の世話といった雑用だ。

「うちの親父も兄貴二人も一年生の時はそうしたららしい。」

「へぇ。じゃあ二年目、三年目は?」

「あちこち旅したんだと!」

「いいね!僕らも来年はそうしよ!」

二人はまだ見ぬ来年の夏に向かって盛り上がっている。

(来年、旅に出るなら今年は更にみっちり鍛えるかな。)

俺はそう考えつつ。毛繕いを始めた。こうして二人と一匹の夏が始まりを告げた。


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