87.選択
「レオナード殿もエレン殿も本当にほぼ攻撃魔法の授業を取られないのですね!それであの強さ…。尊敬いたします。」
「あ、あの、クリストファー様、ですから私たちに殿とおつけにならなくても結構ですので…。」
「それであれば私の事もクリストファー、もしくはクリスとお呼び下さい!」
「いや…それはちょっと…。」
レオナードが顔を引きつらせている。隣のエレンも同様だ。
そういえばこいつの兄も同じ様な事を言ってレオナードをからかっていたな。やはり兄弟か。と妙な所で感心してしまう。
場所は昼食どきの食堂。魔法科の校舎に近いせいで普段ここには魔法科の生徒が多いのだが、ここ最近は騎士科の学生も押しかけていて食堂は満員御礼だ。
原因はもちろん今レオナードとエレンの目の前の人物、第二王子クリストファー。彼に少しでも近づきたい、できれば仲良くなりたい。と思うのは少しでも向上心があれば当たり前の事だろう。
だがそれがなかなか上手くいかないのはクリストファーを警護する衛兵が四人、レオナード達のテーブルを囲むように立っているからだ。
これを無視して近づける人間はそういない。一週間ほど前に一人だけ馬鹿が近づいてエレンの不興を買ったが…。
それ以来、衛兵がよりピリピリしているのだ。彼らからしたらエレンの不興を買うのはクリストファーの不興を買う事と同じなのだろう。
しかしこれは針のむしろだろうな。胃が痛いというレオナードの心の声が聞こえてくる。もういい加減諦めるしかないだろうに…。
ちなみに俺はクリストファーの膝の上で頭を撫でられている。無類の猫好きとあって撫で方も上手だ。
「あ!パズ殿!ティア殿!こちらですよ!」
食堂の入口からチラリと中を覗き込んでいた二人を、クリストファーは目ざとく見つけ、腰を浮かせて手を大きく振っている。
こんな派手な集団だ。手を振らなくてもすぐ分かると思うのだが…。
パズとティアが周りにジロジロ見られて恥ずかしそうに歩いてきた。
「あの…、クリストファー様、恥ずかしいのでそんなに大声でお呼びになられなくても大丈夫ですよ…。」
ティアかおずおずと告げる。
「これは失礼しました。」
素直に頭を下げるクリストファー。それを見てレオナード達は大慌てだ。
王族、という割にはフォルテウスもクリストファーも素直で傲慢な所が無い。この国は次の代も安泰だな。などと俺は考えていた。
「ええと、それではレオナード殿は更に魔法植物学や薬学を取られるのですね?」
「はい。実家の方で役に立つかなと思いまして…。」
クリストファーの問いにおずおずと答えるレオナード。
三年生になり、レオナード達は更に細かな専攻を選ぶ事になった。
二年次に生活応用魔法全般を取得していたレオナードはそこから魔法植物学や薬学を選ぶ事ができるようになっていたのだ。
俺の脳裏に、涼しい顔をした白髪の執事服の男性がレオナードと重なる。
「ちなみに皆さんはどうされるのですか?」
「ええと、僕は上級結界魔法と魔石学を…。」
これはパズだ。商人の家系らしい選択だ。特にパズの実家は魔石、宝石の取り扱いも多いと聞く。商品を守る意味でも、品定めする意味でも必須と言えるだろう。
「私は魔法工学ですね。特に動力機関の開発を研究している教授の授業を取りました。」
エレンは二年次に鍛治や生産魔法のクラスを履修していた。火の系統の魔法が得意なエレンは、動力機関の研究をしている教授から是非にと声が掛けられたという。
「…私は変わらず医療魔法学です。上級に移りますけど…。」
最後はティアだ。ちなみに上級医療魔法学はさらにもう三年ほど学園に通わなくてはならない。だがティアの才能を考えれば正しい選択だ、と俺は胸を張って言えるだろう。
「皆さんそれぞれご自分の道を見定めてらっしゃるのですね…。本当に、本当にこの学園に来て良かったと思います!」
クリストファーの熱い思いにレオナード達は若干苦笑い気味だ。
だがこいつらも一年、二年前は自分の行く道や方向に迷っていたのだ。若木の成長は本当に早い。
その後も和気あいあいと会話は続いていく。時々クリストファーが妙な事を言いだしてレオナード達を慌てさせる以外は実にのんびりとした光景だ。
「あ!僕そろそろ行かなきゃ!」
昼休みの終わりを告げる鐘が鳴り、クリストファーがいそいそと席を立つ。一人称が僕になっているあたりに慣れを感じさせた。本来はこちらなのだろう。
「私たちは今日の午後は特に何もないのでここにおりますわ。クリストファー様、午後も頑張って下さいね。」
エレンが貴族令嬢の顔を出して微笑む。クリストファーは後ろ髪を引かれるような顔をしながら衛兵達と食堂を後にしていった。
その姿が見えなくなるやいなや、
「「「「ふぁ〜…。」」」」
四人は机に突っ伏して盛大にため息をついたのだった。
「おいおい、四人ともどうした?」
この絶好のタイミングで現れたのはアーノルドだ。
「あれ?アル?授業はないの?」
レオナードが顎を机につきつつ顔を上げる。
一人だけ騎士科のアーノルドは日中はレオナード達と違う日程で動く事が多い。
「ああ、うちも今日の午後は休みなんだ。正確には選択授業の公開期間で俺が見たい授業がないだけだけどな。」
「なんだ。僕らと一緒か。」
「騎士科にも選択授業ってあるのね。」
こちらはエレンだ。レオナードと同じように机に顎を乗せたままだ。
「一応な。そんなに幅は無いけどな。しかしお前ら、もう少しシャキッとしろよシャキッと…。」
空いた席に腰掛けながら呆れた声でアーノルドが言う。反対にレオナード達四人はのろのろと起き上がった。
「そんなこと言っても大変なんだよアル。変わって欲しいくらいだよ。さっきお昼ご飯食べたのに僕、もうお腹空いちゃった。」
「あんたはいつもお腹空かせてるじゃない。」
ボヤくパズにエレンの痛烈な突っ込みが入る。そのおかげで笑いが生まれ、どんよりとしていた空気が少しばかり軽くなった。
「そういやアルの選択授業って今年から新設されるんだっけ?」
「そうだ。一応、魔法闘技学なんて名前がついてる。魔法の理論と各種武術の理論の融合を目指す、なんて言ってたぞ。」
レオナードに頷きながらアーノルドかそう答えた。
「言ってたぞって…。そもそも事の発端はアルじゃないか…。」
レオナードは苦笑いだ。
昨年の秋の競技大会決勝で最後にアーノルドが見せた技。俺は縮地法と呼びレオナードの父、ベルナードはラファガと呼んでいたその技術は、騎士科の教授達の耳目を集めた。
通常では考えられない加速と推進力が、日々の鍛錬と魔力操作の賜物だと知れ渡った時、学園長ウラリー・ラフォーレの肝いりで新しい研究室、それに伴って授業が新設された。
もちろんアーノルドは自動的にその研究室所属となった。
「レオもうちの研究室に入れば良かったのに…。」
実はレオナードも縮地法が使える。加速、推進力はアーノルドの方が上だが、レオナードの場合は魔力量が多く、魔力操作が得意なため連続で縮地法が使える。その方が移動距離が長くできたり、方向転換を行えるなど応用が利くのだ。ゴーレムの腕を駆け上がる、何て芸当もできたりする。
アーノルドはまさにラファガと言うべき一撃必殺の大技に、レオナードの場合は相手を翻弄する機動力へとそれぞれ昇華しているのだ。
「いや、一応騎士科の研究室だしね。」
「全く…下らん派閥争いだよな。こんなんじゃいつまで研究室がもつのやら…。」
レオナードの言葉にアーノルドは皮肉たっぷりにそう言って大きなため息をついた。
実はアーノルドはレオナードを魔法闘技学の研究室に推薦していたのだ。それに待ったをかけたのが騎士科、魔法科のそれぞれの教授陣だ。
魔法科としては、去年の競技大会で世間をあっと言わせた魔法を披露したレオナードをみすみす手離すわけにはいかず、騎士科としては必要以上の魔法科の関与を嫌ったのだ。
技術や理論の進歩よりも派閥や権力争いを優先する。確かにこれではアーノルドでなくとも皮肉を言いたくなるというものだ。
「そうだ!この後、みんな暇なら買い物に行かない?ベルツに持っていくものを買い足さなきゃいけないんだ。」
再び重くなりかけた空気を払うように、レオナードが明るい声を出す。
「そうか、レオはこれから向こうで過ごす事が多いんだっけか。」
アーノルドが若干残念そうな声を上げた。
「そうだね。平日のほとんどは向こうで、催事とか週末に帰ってくる事になると思うよ。」
魔法植物学や薬学の専門研究室はベルツ合宿所になる。レオナードは一年の大半を向こうで過ごす事になるだろう。
「アルは残念かもしれないけど、ティアは喜んでるわよ〜。」
「医療系魔法と薬学は切っても切れない関係だもんね。ティアも向こうで過ごす事が増えるんでしょ?」
「ちょ、ちょっとエレンにパズも!からかわないでよ!」
ニヤニヤと笑う二人にティアが顔を真っ赤にして文句を言う。向かいでレオナードが一緒になって赤くなっていた。
「仕方ない…。俺の鍛錬はエレンとパズに付き合ってもらうとするか。」
「「無理!!」」
嘆息してそう呟いたアーノルドに二人の威勢の良い突っ込みが入った。
そして五人の笑いがこだます。
こうして、ティアを除いた、彼らの学園での最後の一年が幕を開けるのだった。




