86.入学
「はあぁぁぁぁぁ…。」
「アル!そんなに何回も溜息ばかりつかないでよ!」
「レオ…、だって去年もこうだったじゃないか…。」
アーノルドが恨みがましい目でレオナードを見ている。一方でレオナードの方は意地の悪い笑みを浮かべていた。
二人はいつもの朝の鍛錬を終えたところだった。俺はそれを見ながら芝生の上で寝転がっている。空は晴天。まだ少し肌寒いが春を感じさせる心地よい風が吹いていた。
こんな爽やかな日になぜアーノルドが深い溜息をついているかというと…
「レオは去年に引き続き意地悪だ…。なんで俺ばっかり…。レオだってエレンだって部門優勝者じゃないか…。」
「何ぶつぶつ言ってるの。仕方ないでしょ。誰が見てもアルが適任なんだから!まぁ今日の在校生代表挨拶、頑張ってね!」
レオナードはそう言ってアーノルドの肩にポンと手を置く。顔にはやはり意地の悪い笑みを浮かべたままだ。
まったく…誰に似たのやら…。
今日からレオナード達は王立学園の三年生となる。と言うことは新しい学生達が入学してくる、ということでもある。
今日はその入学式があるのだが、去年に引き続きアーノルドが在校生代表挨拶を行うことになっている。
彼はこの国の貴族社会における頂点の一つ、西方公家の生まれだ。西方公家は王国でも随一の軍事力と財力を誇り、おまけにこの国の開祖の弟の直系と言われている。
現時点で彼より家名の高い者はこの学園には存在しないだろう。そう、現時点では…。
「えぇ!!クリストファー様が学園にご入学される!?」
レオナードの声が食堂に響き渡った。
「レオ!声がデカい!!」
アーノルドが慌てて口に人差し指を当て、静かにするように促す。
「ご、ごめん…。でもそれ本当の話…?」
レオナードは声を落とし…、というよりはほとんどひそめてアーノルドに訊き返す。アーノルドはゆっくり頷いた。
「俺もさっき学長室で聞かされた時は驚いたよ。なんせ前例の無いことだからな…。」
「でもわざわざどうしてまた?王族の方なら王宮で十分な教育が受けれるはずでしょ?現にフォルテウス様もそうおっしゃってたし…。」
そう、クリストファーとはこの国の第二王子、そしてその兄にして王太子となるのがフォルテウスだ。
レオナード達とこの二人の王族兄弟はひょんなことから親交があるのだ。
『その王宮での教育だけでは足りないものがある。そう思ったからじゃないか?』
俺はレオナードの横で寝そべっていた所からひょいと顔を上げた。二人はそんな俺を覗き込む。
「王宮の教育だけでは…。」「足りないもの…?」
『…まあそのうち分かるだろうよ。それにお前達も無関係では居られないだろうからな。』
俺の言葉に二人は顔を見合わせる。
「どうしたの?二人して変な顔で見つめ合っちゃって?」
「ああ、エレン。それにティアとパズも。」
「ああって何よ。」
アルの気の無い言葉に赤髪の少女が口を尖らせる。彼女がエレン。火龍が人型を取ったらこうなった、みたいな少女だ。
その後ろでにこやかに笑っているのはティア。シスターが被るような白いベールをまとい、眼鏡を掛けている。
その反対側には少し、いやかなりぽっちゃりとした男子が立っている。彼がパズ。クリクリと動く目が好奇心の旺盛さを物語っている。
「さっきクリストファー様がどうとか叫んでなかった?」
そのクリクリとした目でレオナードとアーノルドを交互に見つめている。
彼は王都、いやこの国でも指折りの大商人の息子。やはり耳も良いようだ。
「いや実はね…。」
レオナードが今聞いたばかりの報せを三人に伝えた。もちろん、三人が大声で驚いたのは言うまでもない。
「しかし、クリストファー様が魔法科とは…。」
朝とはうって変わって夜の食堂ではレオナードがやつれた顔をしていた。逆に大役を無事済ませたアーノルドはスッキリと晴れやかな顔をしている。
「レオくん、これから大変だねぇ。」
「…うぅ…アルの意地悪…。」
『しかし大変な騒ぎだったな…。』
実のところ、俺も疲れていた。それくらい今日の魔法科は大騒ぎだったのだ。
「クロまでやつれてるとは…。だいたい風の噂で聞いてはいるが相当だったんだな…。」
「…エレンが暴走しかけた…。」
「げっ…。」
アーノルドが変な顔をして仰け反る。
「原因は…?」
「もちろんマルコ。」
「だろうな…。」
『あれは正真正銘の火に油だ。』
俺はそう言って嘆息した。
「毎日これだと命がいくつあっても足りないよ…。」
レオナードも深い溜息をつく。
そんな俺たちを見て流石のアーノルドも、同情するよ…とポツリと呟いた。




