84.騒動に次ぐ騒動
「…ねえロメオ、ブラッドー商会っていつからあった?」
口を開いたのはパズだった。ロメオが訝しげな顔をしつつ考え込む。
「ん〜…ここ一、二年だと思うがな…。詳しくは分からん。伯父さんに聞けば分かるかもな。でもどうした?」
その場に妙な空気が流れた。
「いや、僕の考え過ぎかもしれないんだけど…、ロメオのお母さんは肺臓の病気だったんでしょ?レオ達の話によれば今回、南方公様を苦しめていたのも妙な煙のお化け?魔法?だし、ゲイルさん達を操っていたのも妙な煙の魔法だ…。」
そこまでいけばさすがに皆も勘付いたのだろう。誰かがゴクリと唾を飲み込む音がした。
「…まあ本当にあくまで憶測なんだけどね。もしそうだとしても、ロメオのお母さんが亡くなられてからと今回の騒動とでは時間が開きすぎているし、証拠も何も無いのだけど。」
「…なぜ、パズはそう思ったんだ?」
ロメオが鋭い眼差しをパズに向ける。まあ仕方ない事だ。今回の件で一番大変な思いをしたのは南方の人々なのだからな。
「そうだね…今回の騒動、みんなどう思う?」
「どうって言われてもな…。」
ロメオを含め皆が顔を見合わせる中、レオナードがポツリと呟いた。
「…理由が見えてこない。」
「理由?」
とアーノルドがおうむ返しにレオナードに聞き返した。
「そう、僕も考えていたんだけど、ブラッドー商会は氷の卸業を独占して儲けを出そうとしていたとする、だとするとこんな騒動にまで発展させるのはやり過ぎなんだ。今回は大ごとにならずに済んだけど、例えば本当に戦争になっていたら?前に僕らが話していたみたいに国軍が差し向けられていたら?氷の卸業どころじゃなくなっちゃう…。」
「レオの言う通りなんだ。今回の騒動は、騒動を起こす事自体が目的だとしか思えないんだ。」
(ほう…、やはりパズの洞察力、侮れないな。)
パズの言葉に混乱した空気がその場を支配する。レオナードだけが一人腕組みをして考え込んでいる。
「待て待て待てパズにレオ!まったく話についてけないんだが!どう言う意味だ?」
ロメオが思わず椅子から腰を浮かせた。
「…みんな、戦争になるとどれくらいのお金が動くか、知ってる?」
パズの鋭い言葉にその場の全員がハッとなって固まった。
「…恐ろしい額面が動くな…。親父がいつもボヤいている。軍備に金がかかり過ぎる。と…。」
アーノルドが唖然とした顔のままそう口にした。彼の家は武勲で馳せた西方公家。軍事力は王国随一と言われている。
「そう、軍隊だって人の集まりだ。ご飯も食べるし寝泊まりする場所も必要だ。戦いになれば武器だって必要になる。戦争特需って言葉があるくらいだからね。」
「せんそうとくじゅ?」
エレンを含め何人かの頭の上にはてなが浮かんでいる。
「そう戦争特需。戦争が起こると、特別な、需要が増える。いつもよりも食料が売れ、武器が売れ、値段が高騰する。そう言う意味合いの言葉だよ。」
全員理解出来たのだろう。納得した表情をしているが一様に押し黙って考え込んでいる。するとまだ椅子から腰を浮かせたままのロメオが口を開いた。
「…でもよ、それとうちの母ちゃんの病気とどう関係するんだ?」
パズが居住まいを正してロメオに向かい合った。
「怒らないで聞いてもらえるかい?」
頷いて椅子に座り直すロメオ。
「商人の目から見て、南方というのは結構特殊な地域なんだ。南方公様がいらっしゃってハバラという街があるのに商業の中心はポートランドだ。だからうちも大きな屋敷や商館はポートランドに構えている。まあそれくらいなら他にも似たような例があるのだけど、違うところはポートランド周辺には他より高い税がかけられている。」
「累進課税のことだな?」
アーノルドの言葉にパズが頷く。
「でもその代わりポートランドには自治が多く認められている。その実権の多くを握るのはポルティージョ家だ。そしてポートランドの一帯は王国に組み入れられてそんなに歴史が長くない。」
「…そうだな。話によるとうちの祖父の前は漁業兼海賊稼業だったらしいからな。もっと貧しい、慎ましい暮らしだったって親父が良く言ってるぜ。だんだん分かってきたぜパズ…。つまり、南方公家とポルティージョ家を繋いでいたうちの母ちゃんは…、邪魔だった、ってわけだな。」
険しい表情のロメオにパズが深く頷く。
「ロメオのお母さんが亡くなって、争いになればそれで良し、結果、ザインさんと南方公様は仲違いはしたものの、大きな争いにはならなかった。」
「あの二人は争いに私情を挟む類の人間じゃない。親父も伯父さんも一番に考えているのは南方が豊かになる事、皆が幸せに暮らしていける事だ。」
「だからこそ今まで上手くやって来れた。でも時を経て、争いの火種が大きくなって来たからそろそろ風を吹き込んで火を大きくしてみようか?って魂胆じゃないかな?」
パズが何気に剣呑な言葉を放つ。その場をひりつく空気が満たす。
いや、実際にヒリヒリ…ピリピリ…いや…暑いぞ…。
俺を含めた全員がハッとなってエレンを見た。
「…許せない…。人の命を…暮らしを…思いを…何だと思っているの…。絶対に許せない。」
髪が逆立ち、瞳が真っ赤に見える。久々に火龍状態のエレンを見た。そのエレンが手にしたコップの水が沸騰している。
「エレン!落ち着いて!まだ推測段階だから!」
「な!エレン落ち着け!店が燃えちまう!」
「誰か!水!水を掛けろ!レオ!水生成魔法だ!」
「間に合わないよ!あ!ティアがのぼせた!」
そのあと、エレンを宥め、ティアを介抱するのに大騒ぎになったのは言うまでもない。
灼熱の蒸し風呂のようになっていた食堂から、俺は魔法を使って窓を開けて抜け出した。南方とは言え冬の夜は多少は冷える。熱された毛皮の体に夜風が心地よかった。
少し離れた屋根の上にフクロウが止まって鳴いているのが見える。
(…何かあったか…。)
フクロウには南方公の屋敷を見張らせていた。そいつがここにいるという事は何かが起こった。という事だ。
俺は木や窓を伝い、サッと屋根へと登る。俺を見るなり、フクロウは慌てて近寄ってきた。
『クロ様!大変です!例のあの男が殺されました!』
『落ち着け。誰がやった?』
『見張りの衛兵の一人です。交代直後に槍で一刺し。ですがその衛兵、どうも様子がおかしく…。』
『錯乱状態か自我喪失か、そんなところか?』
コクリと頷くフクロウ。
『…分かった。引き続き監視を。だが前にも言ったが無理しなくていい。お前の安全が最優先だ。』
『ありがたきお言葉です。それでは!』
フクロウは一礼して夜空へと舞い上がる。
まあ何となくこうなると予想はしていたが…。
『お優しい上官殿だわ。』
『ルビィか…。それにアスールも。』
『あそこは暑くて敵いませんよ。』
フクロウと入れ替わりで姿を現したのは深紅のペルシャ猫と青色の羽根先を持つ鳩だ。
『しかし、フクロウ殿は働き者ですな。』
アスールがフクロウが飛び立った方の空を眺める。
『仲良くしてやってくれ。あまり友達がいない奴なんだ。』
『こちらこそお願いしたいくらいですよ。』
ぽっぽっぽっとアスールが笑う。
『ところでクロ様、先ほどの食堂での話、クロ様はどうお考えなのですか?』
ルビィがふわりとした尻尾をゆっくりと左右に振っている。俺は思わずそれを目で追いつつ、
『あくまで推測の域を出ないが、恐らくパズの言う通りだろうな。その推測を検証していくのがこれから必要だろう。』
『面倒なことになりましたねぇ…。』
そうボヤいたのはアスールだ。
『本当にな。この騒動を止めたことで、俺たちの飼い主たちが妙な奴らに目を付けられていなければ良いのだが…。』
『まぁ…、わたくし、争い事は嫌いですわ。』
しな垂れるように俺の首筋に頭を押し付けてくるルビィに俺は顔をしかめた。アスールがいつものようにぽっぽっぽっと笑っている。
『やめろ…おい!…まったく…問題は相手の本拠地がどこにあるかだ。恐らくは…』
『王都。』
俺の言葉をアスールが受け継ぐ。これにはさすがのルビィも俺から頭を離して目を見開いている。
『…そんな驚く事じゃないさ。何だかんだこの国の中心だ。それに戦争になったらまず動くのは国王軍だろうしな。色んな情報を手に入れるのであればやはり王都に拠点を構えるのが一番賢い。』
『嫌ですわ。私の白亜の都にそんな下衆な輩が潜んでいるなんて…。』
ルビィがフンと鼻を鳴らした。
『…まぁ、光が強くなれば、影も濃くできるってもんだ…。』
そう言って俺は中空の細い三日月を見上げた。




