83.母の想い
かなりの箇所で南と西を取り違えて書いておりました。修正していきましたが他に何かあればどんどんご指摘頂ければ幸いです。よろしくお願いします。
凄まじい突風が不意にぷつりと止んだ。ティアの体からふっと抜けた様に崩れて落ちる。それをレオナードが慌てて受け止めていた。
レオナードの風除け魔法も吹き飛ばされていたが、怪しい煙は綺麗さっぱり吹き飛ばされてどこにも存在しなかった。
そして、俺たちは全員一様に唖然とした顔をして中空を見上げていた。そこに浮かぶ、透明な白い人影を。
「…エリィ…。」「…母さん…。」
ザインとゲイルが同時に呟いた。
「…は?…」
その呟きにロメオが一人、間の抜けた声を出した。
その白い人影は愛おしそうにゲイルの頭を抱きかかえると、その額に口づけをした。ゲイルは呆然とし、そのまま大地に両膝をつく。まさに憑き物が落ちた、そんな顔だった。
そしてその人影は振り返ってザインの頰に向かって手を伸ばす。
「…エリィ…。」
ザインはもう一度呟くと、頰に触れるその手に自分の手を重ねようとする。しかしそこに何も存在しないようにザインの手が白い手を通り過ぎる。白い人影は悲しげに微笑んで小さく首を振った。
そして最後にあっけに取られているロメオに向き直ると、ゲイルの時と同じように自分の胸にその頭を押し抱き、額に口づけをした。
やがて、その輪郭が薄れ、最後に小さな光の粒子になって空へと消えていった。
一体何が起こったのか…。それを完全に理解できる者はこの場に居なかった。後に残されたのは呆然と佇む者たち。
その時、俺の視界に一つ動く影が映る。
『アル!やつが逃げる!』
俺の言葉と同時にアーノルドが急激な加速で一気に人影との距離を詰めると、そいつを後ろから押し倒して腕を捻り上げた。
「いで!いででで!!」
「どこへ行こうっていうんだ?」
アーノルドが捕まえたのは例の痩せた男だった。
その後、ポートランドの警ら隊は南方軍に対して降伏を申し出る。それはすでに到着していた南方公フランシスコによってあっさり受領された。
そして突きつけられた条件は首謀者、つまり例の痩せた男の引き渡しと、前もって提示していた諸条件、つまり南方公からの封書に書いてあった条件の承諾だった。
かくして、ザインと南方公による、負けた側に有利という何とも不可思議な停戦調停が執り行われた。
俺たちは調停の見届け人としてその場に立ち会っていた。ちなみにハバラの街のブラッドー商会、商館は予想通り、もぬけの殻だったらしい。痩せた男はトカゲの尻尾切りよろしく見捨てられた、というわけだ。
調停は滞りなく進んでいく。唯一、南方公の息子だけが未だに不服そうな顔をし、時々物言いたげな表情をしたが、やはり何も言わなかった。
彼の中では戦に勝って勝負に負けた、そんな状況なのだろう。
もしかしたら彼自身は、操られていたのではなく、本当にポートランドとの関係を良く思っていないのかもしれない。ということは将来的な争いの火種はまだ残っている事になる。
だが、それをどうこうするのは今の俺たちの役目ではない。未来のこの土地の者たち、この若者たち次第だ。
「…フラン、エリィが、現れたよ…。」
互いに書状に署名を終えた後、ザインがポツリとつぶやいた。それを聞いた南方公は一瞬目を丸くする。そして少し悲しげな顔をして俯くと、
「そうか…あいつもこの争いを止めたかったのだろうな…。」
と小さくつぶやき返した。
それから様々な処理に二日ほどかかり、俺たちはハバラの街に滞在していた。
南方公は自分の館に滞在しろとしつこかったが、レオナード達は丁寧に辞退し、アクセルマン商会が出資している宿屋に泊まっていた。レオナード曰く
「一度忍び込んだ所に滞在するのって気分的にちょっとね…。」
という事らしい。まあ分からなくもない。
「しかしここの飯は美味いな!ポートランドでも店を出して欲しいくらいだぜ!」
二日目の夕食時だ。屋敷での堅苦しい食事が性に合わないとロメオが南方公の屋敷から抜け出して来たのだ。
「パズの母君がたいそう料理がお好きらしくてな。ここの料理もその母君のレシピらしい。」
「お陰で僕は食いしん坊になっちゃってこのお腹だよ。」
アーノルドの言葉にパズがぽんと小気味好く腹を叩いた。音の余韻と笑いのさざ波が生まれる。
余談だがアクセルマン商会はこの手法で各地に宿屋の展開も行なっているらしい。
「あちこちに屋敷を構えるより経済的で無駄が無くて済むんだ。食堂やちょっとした酒場も構えておけば情報も集まるしね!」
というのがパズの談。商人というものは本当に賢い生き物だと感心する。
笑いのさざ波が収まった後、ロメオが少しだけ、微妙な表情を見せた。
「ロメオ…すまん、母親の話などしてしまって…。」
「ん?いやいいって!みんなもそんな心配そうな顔すんなよ!」
その表情を見逃すアーノルドではない。素直に謝罪して頭を下げる。それをみてロメオは慌てて手を振った。
「…ただな、俺は小ちゃくて母ちゃんの顔なんて覚えてなかったからよ…。この騒動のお陰で初めて顔が見れて…まぁ、良かったなって…。不謹慎だけどな。」
最後にはいつものように片頬を上げて笑う。
「…でもあれって…あれって失礼ね、ごめんなさい。あの時のロメオのお母さんて、やっぱり幽霊?だとすると私初めて見たわ。でも全然怖くなかったけど。」
エレンが不思議そうな顔をしている。
「…幽霊、というより魂の欠片、だったのかもね。あの銛の黒紐に込められたロメオのお母さんの思いが、ティアの力に呼応し、形になって呼び出されたのかもしれない。」
レオナードがそう語る。これは昨日の夜、俺とレオナードで話した結論だ。もちろん仮定の話だが真実は誰にも分からないからしょうがない。
「私の力なんてそんな…。」
ティアが赤くなってもじもじしだす。
「いや!ティアの力は凄いよ!南方公様を助けたのもティアだし!結局、あの煙を全部吹き飛ばしたのもティアの力じゃないか!凄いよ!ほんと…に…。」
ティアはさらに顔を赤くして小さくなる。それにつられてなぜか一緒に赤くなるレオナード。
「…ちょっとあんた達、この旅の間に何かあったのかしら?怪しいわよ…。」
「ちょっとエレン!人聞きの悪いこと言わないで!ちゃんとアルくんも居たんだから!」
ジトっとした薄目で二人を眺めるエレンに顔を真っ赤にして怒るティア。
「…号泣するティアをレオが抱き締める。なんて事はあったな。」
「「ちょっとアル(くん)」」
しれっと余計な事を言うアーノルドにレオナードとティアの二人の声が重なった。今度はさざ波ではなく、笑いの大波が起こった。
「ところで一つ気になって事があるんだけど…。」
「なんだ話題を逸らそうとして?」
そうちゃちゃを入れるアーノルドを横目で睨みつけるレオナード。アーノルドが怖い怖いといって両手を上げた。降参の合図だ。
「…ロメオのお母さん、エリィさんだっけ?と南方公様ってどういうご関係なの?どうもお知り合いみたいな様子だったけど…。」
それは恐らく誰もが持っていた疑問なのだろう。全員の視線がロメオに集まる。
「知り合いも何も、兄妹だよ。南方公様はうちの母ちゃんの兄貴に当たる人だ。」
「「「ええぇぇぇ!!!」」」
これには俺もびっくりした。さすがに予想してなかった展開だ。
「…ああ、だからあの時、南方公様はあんな顔してたのか…。」
「あんな顔?」
レオナードの言葉にロメオが訝しげな顔をする。
「そう、僕らが南方公様をお助けした時なんだけど…、ゲイルさんとロメオの事を聞かれた時、凄く優しげだったからさ。」
ぽりぽりと片頬をかくロメオ、困っているのか照れ隠しなのか…。
「兄貴はどうか分からんけど、俺は学園に入学してからちょくちょく伯父さんとは会ってたからな。南校はハバラにあるし。」
ロメオの南方公への呼び方が伯父さんになっている。
「まぁ昨日の話なんだけどよ…、親父と伯父さんが話してくれたんだが、どうやらうちの母ちゃんは肺臓を患ってたようなんだ…。それで万が一、感染るとまずいからってみんなに内緒で離れでずっと暮らしてたらしい。親父にも口止めしてな。伯父さんがそれを知ったのは母ちゃんが死んだ後らしくてよ、それで一度大喧嘩になったんだと。大の大人がまったくよ。」
そう言いつつロメオはまた片頬を上げて笑う。しかしレオナード達は笑うに笑えず押し黙っている。
「それでまあ親父と伯父さんはいがみ合っている…、ように見えるが本当は引っ込みがつかないだけで、根っこでは寂しがってるただの老人二人ってわけだ。昨日も二人で遅くまで酒を飲んでたみたいだぜ?」
肩をすくめやれやれと首を横に振るロメオ。
しかし、俺はこの話で気になる事が一つだけあった。どうやら、それに気づいた奴がもう一人だけいるらしい。
そいつは顎な手を当ててしばし考え込むと、ゆっくり口を開いた。




