81.急襲
軽快な羽ばたき音が聞こえる。一羽のフクロウが夜の帳をさいて舞い降りた。濃い茶色の羽色、黄色い瞳が闇に輝いている。
ティアと一緒に横になって休んでいたクロが立ち上がると、ててて、と歩いてフクロウへと近づいていった。
ティアは起きる気配がない。よっぽと疲れていたのだろう。無理もない。アルは向かいの木の根っこの間にもたれかかって眠っている。僕は火の番をしていた。
クロとフクロウは静かに見つめ合う。しばらくして、フクロウがクロに一礼するような動作をした後、翼を大きく広げてバサリと飛び立った。
『…ふむ。やはり例の男はゲイルの近くに居るようだ。南方軍側には怪しい者は居ないようだが…まぁあちらは南方公に任せよう。』
クロが僕の隣までやって来て焚き火を見つめながらそう伝えて来た。
南方公様は病み上がりにも関わらず、自分もこの騒動を止めに向かう、と言って聞かなかった。そこで僕らは自分達の馬で先に出発し、大事を取って馬車で追いかけてくる事になっている。
「…何か気になることがあるの?」
クロの考え込んでいるような雰囲気が僕は気になって声をかける。
『まぁな…。なぜ奴がまだゲイルと行動を共にしているのか、その理由を考えていてな…。』
「理由…。確かに変だよね。氷の卸の利権で儲けたいのであればここまで騒ぎを大きくする必要がない。むしろ今の状態だとやり過ぎな感じだ。」
僕は今回の騒動で感じていた疑問を口にする。
『その通りだな。この騒動、明らかにあの男が先導して起こしている。偶発的に起きたものではない。それに南方公にかけた魔法が解けたというのにまだ逃亡していない。単にそれを感じる実力がないのか、それとも打ち勝つ自信があるのか、あるいは…。』
「あるいは?」
『裏でもっと大きな何かが糸を引いているか、だな。』
僕とクロはしばし無言で焚き火を見つめた。
「…どちらにしてもこの争い、止めなきゃだね。本当に大事になる前に…。」
パチンと小さく木がはぜる音が夜の静間に鳴り響いた。
翌朝、僕らはまだ朝靄の煙る中、出発した。
ティアラがまだ眠たそうだ。無理もない。連日の移動と騒ぎのせいで疲労困憊なはずだ。彼女の為にも、少しでも早くこの騒動を収めなければならない。
「ティア、大丈夫?振り落とされないようにだけ気をつけてね…。」
「ええ、大丈夫よ。心配してくれてありがとう。レオくんこそ、ほとんど寝てないでしょう?大丈夫?」
「問題ないよ。早起きは慣れてるから。な、アル!」
アルが親指をぐっと立てて笑顔で応えた。
実際、僕はほとんど寝れなかった。あの後、アルと火の番を交代しつつ、休みを取ったのだが、頭の中を色々と考えが行ったり来たりしてうまく寝付けなかったのだ。
だが緊張からなのか、目は冴えている。今日が最後の勝負どころだ。
「さあ、行こうか。」
僕は風除け魔法を張ると、先頭になって馬を走らせ始めた。
昼前に僕らはゲイルさん率いるポートランドの軍と南方軍が睨み合う平地にたどり着く。兵力差は圧倒的に見えるが、事態は膠着しているようだ。
僕らは両軍を見る事ができる林の切れ目に潜んでいた。
先程からクロの友人だというフクロウが行ったり来たりしている。
『…南方公からの早馬が間に合ったようだ。南方公が到着するまでは軍は動かないだろう。ゲイルたちが動かない所を見ると兵力差を考える程度の理性は残っているという事だ。』
「ということは希望が見えて来た、って事で良いのね?」
ティアの顔が緊張で引きつっている。無理もない。これから目の前が戦場になるかもしれないのだ。
クロがティアに向かって頷いたその時、フクロウとは違う羽音が聞こえ、一つの影が舞い降りる。
「アスール!」
アルが片手を空へ向かって持ち上げた。アスールが導かれるようにその掲げられた手の甲へと舞い降りる。
僕は手を伸ばすとそのアスールの脚に括り付けられた小さな書簡を取り出す。
「…パズ達も到着したみたいだ。合流しよう!」
僕の言葉にアル、ティア、そしてクロが頷く。
近くに繋いでいる馬へと向かおうと腰を上げた時、クロがバッと後ろを、林の奥を振り返った。
『そこに居るのは誰だ!』
音にならないクロの叫びに反応し、アルが素早く、僕は一つ遅れて腰から剣を引き抜いた。
「…ちぃ…見つかっちまったか…。子供相手と聞いてたかをくくって居たのがまずかったか?」
ガサガサと音がして茂みから一人の男が現れた。薄汚く汚れた皮の鎧、薄くなりかけた頭髪に貼り付けたような軽薄な笑みを顔に浮かべている。片手に持っているのは軽く刀身の反った片刃の剣。鉈を大きくしたような代物だ。
どう見たって味方ではない。それにさっき口にした言葉、明らかに僕らを狙っている…。
歯をカチカチ鳴らすティアを僕は背後に庇う。それをみた男が軽薄な笑みを深くした。
「なんだよ。だるい仕事かと思ってたら少しは楽しめそうじゃないか。」
頭の中がかっ!と熱くなる。胃の辺りが煮えるような怒りが込み上げた。
こいつにだけは負けてはいけない。絶対にだ。
『…レオナード、熱くなり過ぎるな。冷静さを失うと足元をすくわれるぞ。こういう手合いは何をしてくるか分からん。』
クロの静かな声に幾分頭の熱が引く。斜め前でアルが静かに呼吸を整えている。正中に剣を構えて男にピタリと向けていた。《明鏡止水》こんな時に日頃の鍛錬が出るものだと思った。
その時、僕の脳裏に父の言葉がよぎる。
もっとずる賢く…
その時、目の端に何かがキラリと光るのを捉える。
「アル!左上!矢が来る!もう一人いるぞ!」
クロが黒い疾風となって駆ける。アスールが空へと羽ばたいた。
それと同時にヒュっと風を切る音が辺りに響き渡った。




