80.レオの噂
「「「南方公様!」」」
図らずも僕ら三人の声が重なる。
「…き、君達は…?」
絞り出すように僕らに問い掛けた後、ゴホゴホと咳き込む南方公様。ティアその胸を優しくさする。
「南方公様。私を覚えておいででしょうか?西方公ラングラン家が三男、アーノルドでございます。」
アルがいつもの貴族版アーノルドになっている。だが、多分今はこれが一番効果的だ。
「おおぉ!これはアーノルド殿。大きうなられた!お父上は元気かね?」
「はい。息災にございます。」
アルは見事なまでの金髪碧眼たがら見間違える事もないんだろうな…。なんで僕は考えたりする。
「しかしどうしてここに…?」
ドンドンドン!!!
その時だった。扉を強く叩く音が聞こえる。外の見張り達が扉を強く叩いている音だ。
「何事だ…?そしてどうして私はこんな状態なのだ…?思い出せない事が多いのだが…。」
南方公様はベットから半身を起こす。ティアがその手助けをした。アル、ティア、僕は顔を見合わせる。これからどうしたら良いのだろう?
『一先ず、扉を開けて見張りを中に入れるといい。そして書簡を南方公に渡して差し上げろ。』
相変わらず南方公様のベットの上にいるクロが尻尾を振りつつ、念話を送ってきた。
僕は半信半疑、恐る恐る扉に近づくと鍵を開ける。その瞬間、
「フランシスコ様!ご無事ですか!?」
二人の衛兵が扉を蹴破らんばかりの勢いで中に雪崩れ込んで来た。
「き、君達は!?」
「静まれぃ!!」
南方公様は大声を出した後、再び咳き込む。見張り二人が直立不動になる。
「こ、これなる書簡が届きました。御目通りを!」
見張りの一人が恐る恐る進みでると手に持った小さな紙を差し出す。アスールが足に付けていた書簡だろうか?
「なに…、南方に黒雲あり。ブラッドー商会に気を付けたし。アクセルマン商会。…これは?アクセルマン商会は確か王都の大商会のはずだが…?」
これは一体??アルもティアも不思議な顔をしている。
『パズの仕業だ。ポルティージョ家での騒動の前にどういうわけか、アスールの脚にこの書簡を書いて括り付けていたんだよ。どこに届けるつもりかは分からなかったがな。恐らく両親に向けてだろうな。今回は上手く利用させてもらった。お前たちの中で一番油断ならないのはあの太っちょだな。』
クロがニヤリと笑う。
…ちょっと待って、と言うことは…
僕はハバラに向けて出発する前、偉そうにしたり顔でパズに告げた言葉を思い出して、一人顔を赤くした。
…クロも、パズも、教えてくれればいいのに…
「あの…ところでこの子たちは一体…?」
衛兵が僕らを見て相変わらず困惑している。
「失礼を働くでないぞ。彼は西方公ラングラン家のご子息だ。他の二人は見知らぬが恐らく私を助けてくれたのだろう?」
ラングランの名前を聞き、衛兵達が青ざめる。急いで姿勢を整えると失礼しました!と頭を下げた。
「ところで事情を説明してもらえると私も有難いのだが…。」
「では私が…。」
とアルが南方公様の前に進み出た。その後、現在の状況を掻い摘んで説明していく。南方公様の体の中から不可思議な煙を追い出した下りなどはむむむ…、と唸っていた。
「俄かには信じ難い話だが…。だが君が私を救ってくれたのか…。この礼はいつか必ずさせて貰うよ。ところでお名前は?」
「ティアラ・ルクブルールと申します。ただ、南方公様をお救いしたのは私だけでは無く皆の力ですので…。」
「優しく謙虚な姿勢じゃな。しかしルクブルールとはもしや、先代教皇様の…?」
一瞬逡巡した後に…
「はい…私の祖父に当たります…。」
「なんと!やはり神のお導きか…。」
そう言って南方公様は手を組み小さく祈りを捧げる。それをティアは何とも言えない微妙な表情で眺めていた。
「…ところで南方公様、ブラッドー商会とポートランドの反乱の件ですが…。」
アルがそっとティアと南方公様の間に割って入る。
「おお!そうじゃった!今はそちらを何とかしなくてはな!あの馬鹿息子はどこにおる!?」
「それが…、先陣に立って行かれました…。」
衛兵の一人、年嵩の方が答えると、南方公様は頭を抱えた。
「…仕方ない。一先ず今残っている者でブラッドー商会に赴いて主だった者達を捕らえよ!」
ハッ!と短く返事をして若い方の衛兵が駆け足で部屋を出て行く。
『…恐らくもう遅いだろうな。南方公にかかっていた魔法を解いた時点であちらは気づいているはずだ。アーノルド、後は手はず通り頼む。』
クロの念話にアルが小さく頷くと、
「南方公様、実は私達はポートランドから参りました。ポルティージョのご子息と縁がありまして、この冬休みにお世話になっていたのです。」
「それはゲイルの方かね?いや、君たちの歳の頃ならロメオだな。彼も元気かね?」
南方公様は二人の事を知っていたのか。まるで親戚の子供の事を聞くような優しげな表情だ。ポルティージョ家と南方公家は仲が悪いと思っていたのだが案外そう思い込んでいただけかもしれない…。
「はい、二人とも元気ですが、ゲイル殿は件のブラッドー商会の手の者に操られているようでして…恐らくご子息も同様かと。」
「そやつをまずは何とかせねばならないな…。」
南方公様が腕組みをする。
「そこでなのですが、そのブラッドー商会の者を捕える委任状を私共に頂けないでしょうか?」
「なんと!?君たちだけで捕まえに行くのかね!?」
驚いて目を見開く南方公様。
「正確には僕らだけでは無いのですが…、ロメオとそのお父上のザイン殿、そして私どもの仲間が南からこちらへ向かっております。ゲイル殿を止めるために。委任状を頂きましたら私どもも現地に向かいます。」
「しかし…大丈夫かね?危険ではないか?」
アルは僕を手で指し示すと
「彼は魔法士でして、恐らく魔法の媒体となっているその煙を防ぐ事が出来ます。私達がここまで秘密裏に潜入出来たのも彼のお陰です。」
「…ほぉ…若いのに凄いじゃないか。」
値踏みするように見られ、僕は緊張で背筋が伸びた。
まあ半分はクロの力なんだけど…。
「はい。私も彼も、そして南から向かっている我々の仲間の一人も、前回の四大王立学園対抗競技大会の各部門の優勝者です。」
「…もしや…そこの君、名前はレオナード・ブランシュかね?」
これに反応を示したのは隣でじっと話を聞いていた年嵩の衛兵だった。
「は、はい!僕がレオナードですが…。な、何か…?」
僕はおどおどと言葉を返す。何か悪い事したっけか…。
おおお!と驚嘆の声を上げる衛兵。南方公様が怪訝な顔をした。
「フランシスコ様!彼が噂のゴーレムを素手で破壊するという少年ですよ!ご病気になられる前に競技大会ルール改正の嘆願申請が来ていたのを覚えてらっしゃいませんか?」
「おお!君があの!」
驚きに目を見開いて南方公様が僕を見た。僕はあまりの恥ずかしさに頭のてっぺんまで真っ赤になるのを感じる。
「なんでも!競技大会では目で見えない速さの攻撃魔法を披露したとか!こんなに頼もしい援軍はありませんぞ!」
「…お願い…もうやめて…。」
僕は両手で顔を覆った。そんな僕の様子を不思議そうに衛兵と南方公様が覗き込むのを感じた。




