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79.風の導き手

見回りの兵なのか、屋敷の角を曲がって兵士が二人やって来る。

「なんだ、どうしたよ?」

「…いや、今何か動く影を見た気がするんだが…。」

兵士が二人連れだって僕らの方へ近づいて来る。心臓が早鐘のようだ。今は姿が見えていないかもしれないが実体が消えた訳ではない。触られるとお終いだ。


みゃあ


その時、向かいの茂みがゴソゴソと動いてクロが姿を現した。兵士を一瞥すると、とことこと反対側へと逃げていく。まるで普通の猫がするように。

「なんだ、猫かよ…。驚かせやがって。」

「お前、疲れてるんじゃねえの?」

「しょうがねえだろ?本当は非番なのに急に召集が掛かったんだから…。本当に反乱とかいい加減にして欲しいぜ…。」

二人の兵士達は愚痴りつつもと来た道を引き返していく。僕はホッと胸を撫で下ろした。


『三人とも無事か?』

見回り達の姿が完全に見えなくなった所でクロがひょっこり戻ってくる。

(助かったよ。)

僕の念話にクロが頷いた。

『そのまま壁伝いに右へ。しばらく行くと扉があるから俺が入れる程度に小さく開けてくれないか?中を探って来る。』

今回もアルが先頭になっている。ティアの見えない手に引かれながら壁伝いに歩いて行った。

しばらくして石段を三つほど上がった所に扉が見えた。その扉が音もなく小さく開く。恐らく先頭のアルが開けたのだろう。

クロがその隙間からするりと中へ入り込む。そう間を置かずに

『大丈夫だ。誰も近くには居ない。』

クロの念話が飛んで来たので僕らはドアを開けると屋敷内へと侵入を果たした。

二階にある南方公様の部屋近くまでは驚くくらい何事も無く近づけたのだがさすがに部屋の前には見張りが二人立っていた。

『三人とも焦るな。もうすぐ助っ人が来るはずだから。』

助っ人?一体誰が…、と思った時、南方公様の部屋の向かいのバルコニーに鳩が一羽舞い降りた。そう、クロが待っていた助っ人はアスールだったのだ。

アスールはそのままてくてく近づくと嘴でコツコツガラス戸を叩く。流石にこれには見張りも気づいたらしい。

「…おい、あの鳩、脚に何か括り付けてないか?もしかして書簡か?」

「お前、様子見てみろよ。」

見張りの一人がガラス戸へと近づく。だがもう一人は残ったままだ。これでは中へ入れない。

『クロ、これじゃあ部屋に入れないよ!』

『焦るな。手はまだある。』

見張りの一人がガラス戸を開け、屈みこんでアスールを抱えた時だ。


ばさばさばさ


けたたましい羽音と共にフクロウが一羽、見張りとアスールに襲いかかる。

「うわ!なんだこいつ!」

アスールも必死に暴れ回る。

「おい!大丈夫か!?」

見兼ねたもう一人の見張りが持ち場を離れた。

『今だ!』

僕らは壁伝いに素早く動くと南方公様の部屋の扉を小さく開き、中へ滑り込んだ。そして内側から鍵を掛ける。

誰とも無く、ふう…とため息が漏れた。

「…アスールは大丈夫なの?」

ティアが小さな声でクロに問いかける。

『大丈夫だ。あのフクロウもこちらの味方だよ。』

胸を撫で下ろすティア。クロの奴、一体幾つ隠し球を持っているんだろう?


「しかし暗いな…。そしてこの微かに残る匂いは…。」

アルが呟く。部屋のカーテンは締め切られて中は薄暗い。奥に大きなベットが一つ置かれその横のテーブルに置かれた燭台が唯一の光源だった。

『あの男が持っていた香炉からの匂いと同じだな。口に袖を当てて、あまり直接空気を吸わない方が良いだろうな。

僕らは言われた通り、袖で口を覆うと、そっとそのベットへと近づく。痩せた老人が一人、荒い息をして横たわっていた。

「…間違いない。この人が南方公だ。以前に何回かお会いした事がある。かなり痩せてしまわれているが…。」

西方公ラングラン家のアルが言うのだから間違いないだろう。

「…凄い熱だわ。ちょっと待ってて、今詳しく診てみるから。アルくん、レオくん、布団をめくってくれないかしら?」

南方公の額に手を当てたティアがそう言う。アルがベットの反対側に回って二人で南方公様に掛けられた布団をめくった。ティアは南方公様の額に当てた手とは逆の手を、まずは南方公様の胸元、そしてお腹へとそっと当てる。

「…お腹の方は何とも無いみたい…。胸の内側、肺の中に何か良くない物が入り込んでいるわ…。レオくん!アルくん!窓を開けて!」

僕とアルはさっとそれぞれ窓へ駆け寄るとカーテンを開け、窓を開け放った。夕方に近い涼しい風が部屋を吹き抜ける。

「クロちゃん…手伝ってもらえる?」

ティアの願いにクロが頷いた。それを見たティアは両手を大きく開いて南方公の胸元へと下ろす。その手の間にクロが小さな二つの前足を下ろした。

僕とアルは見守る事しか出来ない。

「風の導き手、命の運び手、その御手に私は願う。彼の者の中に巡りし悪しき風を今ここに、風の門の中により集めよ。」

ティアの手が淡い光を放つ。南方公が苦しげに仰け反るとその胸か尋常じゃない大きさに膨れ上がる。

『ティア!良くやった!出て行け!この疫病神が!』

珍しくクロが叫ぶ。まぁ念話の内容はかっこいいけど、実際はみゃあみゃあ言ってるだけなんだけど…。

そのクロの小さな両手が強い光を放ち南方公様の胸を押す。


…おおおおぉぉぉぉ…


おどろおどろしい声を出して南方公様の口から黒い煙が大量に湧き上がった。

「「なっ!なんだ!?」」

僕とアルは思わず身構える。その煙に歪な男の顔を見た気がしたのだ。

『アル!レオ!近くへ!レオ!風除けの魔法だ!』

アルがだっ、とベットへ近づく。僕は詠唱のせいで一歩遅れる。

「わっ!我が友たる風の精霊よ!我が願いを聞き届けたまえ!寄り集まりて盾となり!撚り紡ぎて我らを守る繭となれ!」


ひゅううぅぅぅ…


カーテンを揺らして窓から強い風が吹き込んだ。僕らの周りに風の壁が出来上がるの感じる。

南方公様から追い出された黒い煙は、その風の壁に阻まれて近づく事が出来ない。


おおおおぉぉぉぉ…


やがて部屋を吹き抜ける風によって煙は薄くなり、消え去っていった。


「や、やったのか…?」

アルが恐る恐る声を出す。

『ああ…だが、油断はするなよ。出来たらレオナードは風除けを維持してくれ。』

僕はクロへと頷き返す。ポートランドからここまで風除け魔法を使い続けて来たんだ。これぐらい何とも無いさ。

クロは僕に頷き返すとティアへと向き直った。

『ティア…、素晴らしい魔法だったよ。』

「そんな事ないわ。私は悪いものを集めただけ。クロちゃんの強さが無かったら追い出せなかったもの。」

『いや、あんなに体の隅から隅までヴァータ()を支配下に置く事が出来る人間はそういない。俺だって出来ない芸当だよ。本当に素晴らしい才能だ。』

クロの手放しの褒め言葉にティアは顔を赤くして俯く。僕とアルは顔を見合わせた。こんなにクロが褒めちぎることなど滅多に無いのだ。

「…うっ…うう…。」

その時だった。小さな呻き声と共に南方公様が目を薄っすらとひらいたのだ。




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