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7.アーノルド

朝靄が煙っている。もうすぐ夏を迎える季節とはいえ、流石に朝早いこの時間はまだ肌寒い。

「…く、苦しい…。」

だが僕には景色や季節の変わり目を楽しむ余裕は全くなかった。

『集中、切れてきてるぞ。』

高い石壁の角を曲がったタイミングで頭の中に声が響く。向かっていく先の芝生で黒い子猫が丸まってこちらを見ていた。僕の使い魔で()()になったクロだ。

「…これ、結構、キツい…。」

『お前の覚悟はたった半日で覆るような甘いもんなのか?』

子猫の癖に結構強めな口調で煽って来る。僕はぐっと堪えて、自分の脚回りに意識を集中し、走る脚を進める。


使い魔のクロが唐突に喋り出したのは昨日の夜の話だ。見た目は小さな子猫だが、本人曰く、実際には100年以上生きているらしい。大きな軍を鍛えた事もあると言っていたが本当かな?とにかくそんな使い魔(クロ)にこてんぱんに言い負かされ、鍛え直して貰うことになったのだ。

(いや、鍛え直して貰うと決めたのは僕自身じゃないか…)

そう思いなおして脚の力を更に込め直す。

(でも脚に魔力を込めるだなんて、思いつきもしなかったな…。)


先生(クロ)が最初に僕に課した訓練は基礎体力向上。つまり走り込みだった。


『簡単に言うと、魔力ってのは本人の体力とか精神力、生命力そのものなのさ。大人の方が強い魔法を使えるのは子供よりも体力があるっていう単純な理由だよ。』


先生(クロ)は事も無げにそう言った。


『お前に今足りてないのはその体力や精神力そのものだな。明日から毎日早起きして朝走るぞ。』


という流れで僕は朝早くに叩き起こされ、実際に柔らかい肉球でぺちぺち顔を叩かれたのだが…、学園の敷地内を走らされている。


『ただ走るだけじゃない。脚に魔力を込め続けろ。あん?そんなことしたことない?だからやるんだよ。』


うちの先生(クロ)は結構スパルタのようだ。だが脚に魔力を込めるのはそんなに難しくなかった。意識をしてみるだけで案外簡単に出来てしまったのだ。


『そもそも魔法科に入学できる位なんだから、これくらいはできて当然ってことさ。もう少し自信持て。』


そんな先生に上手いこと乗せられて、僕は走り出した。授業でも使われるコースだから勝手は知っていたのだが…


(脚が軽い!!!)


正直驚いた。自分の体じゃないみたいに脚が軽いし、いつもよりも遥かに速度が出ている気がする。


(すごい!魔力の使い方一つでこんなにも違うものなのか!?)


しかし。意気揚々と走り出したのは最初だけだった。とにかく疲れるのが桁違いに早い。授業だと3周くらいは走れるのだがすでに1周目でクタクタだ。


先生(クロ)の目の前を通り過ぎる時、後ろから軽快な足音と共に、僕を追い抜いていく人影があった。誰かは知らないが僕と同じように早朝の鍛錬をしている人なのだろうか?

『…すでに2周差だな。ほら頑張れ、頑張れ。』

そう僕を煽りつつ、クロの目は走り去っていく人影の背中を見つめていた。




結局僕はなんとか3周を走り終え、芝生に転がって息を整えていた。

「やぁ、君、大丈夫?」

僕を軽々と追い抜いて行った人影が、同じように走り終えたのか、こちらへ近づいて来る。

「…はひ…。何とか…。」

声を掛けられた僕は半身を起しながらそう答えた。息も絶え絶えの僕に比べて、向こうは軽く息は上がっているものの、まだまだ余裕がありそうだ。

「水、飲むかい?」

そう言って木製の水筒を手渡してきた。お礼を言って受け取る。ただの水が染み渡るように美味しかった。

マルコと似たようなブロンドの髪を短く切り揃え、同じような碧眼だが、肌はよく日に焼けていて健康そうだ。

「俺は騎士科一年生のアーノルド・ラングラン。君は?」

「あ、えと、魔法科一年生のレオナード・ブランシュ…です。」

よろしく。そう言ってアーノルドは片手を差し出す。戸惑いつつ、握手を返し、ついでに水筒も返した。

「魔法科の生徒が早朝に走り込みなんて、珍しいね!」

「あはは…色々、ありまして…。」

その色々の発端である使い魔(クロ)はアーノルドの足元に頭を擦り付けている。どこからどう見てもただの子猫にしか見えない。アーノルドは、なんだこの可愛い奴は!何て笑いながらクロの頭を指先で撫でている。これがまさに猫被りってやつか…。

「ところで、ラングランってあの、西方公の…?」

「そうそう。でも俺は三男だから…さ!」

苦笑混じりで返すアーノルド。ラングラン西方公といえば建国当初から続く、由緒正しき大貴族だ。当然、王家との婚姻関係も数多い。アーノルドの金髪碧眼にも納得がいく。

「アーノルド君…でいいのかな?君は学生寮に住んでるのかい?」

学園の生徒の半数は学生寮に住んでいるのだがマルコみたいに通いの生徒もいる。ラングラン家なら王都に屋敷があっても何の不思議もない。

「そうだよ。集団の中で規律正しい生活をして自分を鍛えよ!って家訓でさ。うちは代々騎士の家系だし。親父も上の兄貴二人もこの学校と寮の卒業生さ。」

「…凄いおうちだね…。」

同じ大貴族でもマルコとは正反対だ。と思ったが口にはしない。

「レオナード君、でいいよね?毎朝走りに来る?俺はいつもだいたいこの時間走ってるけど一人だとやっぱり寂しくてさ。」

そういって人好きする笑顔を向けるアーノルド。

「レオでいいよ。頑張ってそうするつもり。僕も仲間が居てくれると助かるな!」

「やったね!俺の事もアルって呼んでよ。この後は?俺は剣の稽古があるのだけど…。」

「さ、さすがにそれは遠慮しとくよ…。」

そうか。また明日ね!そう言ってアルは手を振りながら颯爽と走り去っていく。

「やっぱり騎士を目指すだけあって凄い体力…。」

『それだけじゃないぞ。アーノルドとかいうあの男、脚に魔力を纏わせて走っていた。、』

クロが僕の横にちょこんと座ってそう言ってきた。

「え?アルには魔法の才能があるってこと?」

『そこまでは分からないがな。さっき脚を触って探ってみたが恐らく無意識だろうな。』

あ、それで脚に擦り寄ってたのか…。

『鍛錬や修行を積み重ねていくと、無意識のうちに魔力を操作出来るようになったりする。例えば、剣の達人なら、剣を振るうという動作に魔力を乗せて恐ろしい剣撃を放ったりするだろう?』

一度だけ父に連れて行ってもらった武術大会の試合を思い出す。確かにあれは凄かった。

「魔法士以外の人でも魔力を操ることってできるんだね。」

『そりゃあな。昨夜話した通り魔力ってのはいわばその人間の生命力の一種だからな。誰でも持ってるもんさ。それを単に分かりやすく魔力なんて呼称してるだけだからな。』

「じゃあ誰でも魔法を使えるって事?」

『簡単な初期の魔法位なら使えるんじゃないか?」

「え…、僕ら魔法士の存在価値って…。」

『まぁ落ち着け。焼こうと思えばみんなパンを焼けるけど、皆んなが皆んなパン屋になるわけじゃないだろ?それに美味いパンを焼けるのはその中の更に一握りってわけだ。』

分かるような、分からないような…。

そんな僕の様子にコホンと咳払いを一つして、この辺は猫のくせに器用なやつだ。

『何にだって適性があるってゆったろ?魔法士の適性があるって判断されたって事は、何かしら魔法を扱う素養があるってことさ。実際、初めてやったにしてはお前の魔力操作はなかなかだったぞ。』

「やった…」

やっぱり褒められると嬉しいもので。つい顔を綻ばせていると

『まぁ持続力とか集中力は全然まだまだだけどな。』

きっちり釘を刺された。


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