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78.ティア・ルクブルール

「ティア、大丈夫?」

馬を止め、僕は背中にしがみつくティアを振り返る。

場所はハバラの街を望める小さな丘の上。森の切れ目になっているところだ。

「うん。乗馬の授業を取ってて本当に良かったと思うわ。」

意外な事にティアは学園で乗馬の授業を選択していたらしい。なんでも将来、家の仕事であちこちに行く可能性があるから馬に慣れた方が良いと考えたらしいのだ。

ティアは、もしかしたら僕が思っているより、遥かに強い女の子なのかもしれない…。

「しっかし、レオの風除けの魔法凄いな。こんなに早くハバラに着けるとは…。そのうち俺にも教えてくれ。」

アルが心底感心したような声を出す。

僕はクロに言われて、アクセルマン商会の屋敷、つまりポートランドからこのハバラの街まで、風除けの魔法を張り続けて来た。途中、数回の休憩を挟んだが、ほぼ半日で踏破した事になる。


『風の影響を減らす、という事は馬脚にとってもティアにとっても大切な事なんだ。』

クロの言葉に今は納得の一言しかない。雨のたびに雨除け、つまり風除け魔法を張り続けて走り込みをしていて本当に良かった。

クロが魔王軍を育成したと聞いた時は半信半疑だったが、あながち嘘でもなさそうだ。

「さて、問題はどうやって南方公家に侵入するか…だが…。」

アルがそう呟いた時、小さな羽ばたきが聞こえて、空から一羽の鳩が舞い降りた。

「アスール!」

その鳩、アスールは僕の右肩に止まる。すると僕の外套の隙間からクロがひょっこり顔を出した。

念話で何か会話しているのだろうか…。二匹?二人?はしばらく見つめあい、しばらくしてクロが僕に向き直った。

『忍び込むのはもう少ししてからが良さそうだ。今は屋敷に人が集まっているらしい。どうやらゲイル達が進軍しているのが伝わってしまったようだ。』

「そう…じゃああえて屋敷が手薄になるのを待ってから忍び込んだ方がいいかしら…?」

ティアが頰に指を当てる。

「そうだね。その方が…ってティア!?今なんて言った?」

え?っとティアがちょっと驚いた顔をする。

「だからもう少し手薄になってからがいいんじゃない?って…。」

「そうじゃなくて!」

僕はそのあとの言葉に困る。ああ、とティアは頷いて

「だって今はレオくんとアルくんしか居ないし、もういいかなって。」

「…もしかして…クロの声が、聞こえてるの…?」

ティアがにっこりと笑って頷いた。僕は、いやアルもクロもアスールも、驚きの表情のまま固まる。

「クロちゃんだけじゃないわよ。ルビィもアスールの声も聞こえているわよ。」

「「えええ!!!」」

僕とアルは同時に驚愕の声を上げる。

「だって、どうせ誰も信じてくれないと思っていたし…。でもレオくんとアルくんはクロと会話してるでしょ?でも隠してる。だから秘密にしておいた方がいいかな?って。」

あまりの衝撃に言葉が出なかった。アルが口をポカンと開けている。

『…ティア、もしかして君の母親はシャナという名前だったりしないか…?』

え…?と今度はティアが驚いて口に手を当てる。

「どうしてそれを…?」

ティアとクロが僕を挟んで無言で見つめ合う。僕とアルは完全に置いてきぼりだ。

「…あー、ティア、クロ、細かい話は後にして一先ず街に入らないか?一休みしないと体がもたないぞ。」

アルの言葉にティアとクロがはっとした顔をする。

『…そうだな…。ティア、今度ゆっくり話そう。長い話になるだろうし…。一先ず今は南方公を助けて、この騒動を収める方が先決だ。』

ティアがコクコクと頷いた。それを機に僕とアルは馬を進める。


「街はそんなに騒ぎになっていないわね…。」

ティアが呟く。僕らは街の門をあっさりくぐって中へと入った。拍子抜けするほど街は穏やかだ。

パズに頼んであったアクセルマン商会が出資する宿屋で部屋を取る。ポートランドへ向かう前にも一度泊まった所なので勝手は覚えていた。そこの顔見知りの主人が声を掛けてくる。

「おかえりなさい、旦那様がた。しかし間が悪い。今日明日はあまり出歩かない方が良いですぜ。なんでも南方で反乱が起きてるらしくて軍が動くって噂です。あまり大規模なものでは無いらしいので大したことはないらしいですがね…。

僕らは顔を見合わせると店主に礼を述べて部屋へと向かった。

大した事じゃないと言われると微妙な気分だが、問題はそんな事じゃないと気を取り直す。


部屋の窓を開けるとアスールが入ってくる。

『…どうやら屋敷に集まっていた兵が出発したようだ。行動は早い方が良いな。』

クロがティアと一緒にアスールからの伝言を受け取っている。なんとも言えない不思議な光景だ。

僕らは背負ってきた鞄から()()()()マントを取り出した。

「…本当にこれで大丈夫なのか…?普通、忍び込む時は黒色じゃないか…?」

「僕もそう思うんだけど…。」

と言いつつ僕はクロをちらりと見る。クロはそんな僕らをふふんと鼻で笑う。

『論より証拠。とっておきの魔法を見せてやるよ。レオ、マントを羽織ってそのまま後ろの壁に背中をつけて立っててくれないか?』

クロがそう言うと、ムニャムニャ口を動かす。小さくにゃあにゃあ言っているようにしか見えないのだが…。

僕は言われた通り、真っ白のマントを羽織り数歩後退すると、木の壁にぺたりと背中をつけた。

「…うおおおぉぉ!!どうなってるんだ!?レオの首だけが浮いてる!」

アルが驚きの声を上げ、ティアは声すら出ないくらい目を見開いている。

僕は自分の体を見下ろした。そこに確かに体の感覚、輪郭が有るのに、まるで透明になったように壁や床が透けて見えるようなら気がする。

僕は慌てて自分の体を触った。確かに体はそこに存在する。

「…なにこれ??凄すぎるんだけど…。」

僕は壁から体を離す。するとまるで壁を抜けてきたかのように体の輪郭が浮かび上がった。

『説明すると長くなるんだがな、周りの景色に姿を溶け込ませる魔法と考えてくれ。夜や暗い時は黒いマントが良い方もあるんだが、今日みたいに昼間に侵入するのであれば白が良い方が多いんだ。白い紙の方が絵は描きやすいだろう?』

クロが得意げな顔をしている。そう言えば同じような魔法でベルツの植物園の中まで付いてきた事があったな…と僕は二年近く前の記憶を思い出した。

『それに白いマントだとこういう偽装もできる。』

そしてクロに言われるまま、僕ら三人は白いマントを羽織り、ティアはいつも着けているベールを被る。

「…確かに、これなら巡礼中の修道士にしか見えないや。」

王国内で多数の信者をもつ、聖神教会、その信徒の典型的な巡礼姿だ。街中では目立つかもしれないが怪しまれる格好でもない。

『さあ、行こうか。そう言ってクロが僕のマントの内側、鞄の中に忍び込む。

僕らはそのまま部屋を出て宿屋を後にした。

主人は最初こそ驚いた顔をしていたが、ティアの姿を見ると無言でカウンターから外へ出て来て片膝を着く。両手を握り合わせ、目を瞑り頭を垂れた。

ティアは主人の前で立ち止まり同じ様に両手を握り合わせ目を瞑ると、小さく祈りの言葉を捧げる。

僕らは邪魔しない様に少し離れた所で待っていた。

『…やはり本職は違うな…。』

クロがマントの間からその光景を見て感心していた。

そうか、ティアの生家は確か神官職の家柄だ。

「さすが、ルクブルールの家柄だな…。」

アルも小さな声だが、しきりに感心している。

ルクブルールとは確か、ティアの家名の筈だが…。

「…レオ、もしかして知らないのか?」

一人戸惑う僕にアルが怪訝な顔をしている。

「ルクブルールといえば教皇三家の一つだぞ。」

「教皇三家?…ほら、その、うちは聖神教じゃないから…。」

アルはああ、そうか…と、いう顔をして説明を加えてくれた。

「聖神教会の一番偉い人が教皇。それは知ってるよな?教皇三家とはその教皇を今までで一番輩出している家柄の事だ。確か先代教皇がルクブルール家だったな。」

『その通りだ。ティアのお爺様だよ。ティア自身があまり公にしてないがな。』

「ええ!?」

てかクロ、何でそんな事まで知ってるんだよ?僕はこの黒猫の底の見えなさに驚く。

「どうかした?」

ティアが怪訝な顔で僕らの所へ戻ってきた。

「な、なんでも。大した事じゃないよ。」

そう?と、不思議そうな顔をしてティアは首を傾げた。


聖神教会の信徒は魔物を忌避する傾向が強い。極端な例で言えばあの聖騎士セミラミスみたいな人もいる。

それでティアが使い魔を持たない事には納得がいくのだが、普段、クロやルビィ、アスールを可愛がっているティアが、前教皇の孫娘という事実とまったく結びつかなかった。


「…レオ!どうしたぼけっとして!もう南方公の屋敷は目の前だぞ!」

アルの言葉に僕はハッと我に返った。

南方公様のお屋敷は王都の典型的な貴族のお屋敷と一緒で、金属の柵に囲われ、広めの庭があった。正面玄関は固く閉ざされ、見張りが立って居るのは分かりきっているため、狙うのは…

「使用人用の通用口だな…。」

僕らは裏通りに面した通用口へと回り込む。どうやって侵入しよう?と考えていると。

『任せろ。』

クロがひらりと僕の鞄から飛び降りて柵の間から庭へと侵入する。

程なくして通用口の向こうで閂がズレる音がした。

僕らは顔を見合わせて頷きあうとフードを目深に被り壁に背をつける。するとあっという間に周りの景色と体が同化した。

まだ少し慣れなくて妙な感覚だ。もし幽霊になったらこんな気分なのかな?と思ったりする。

扉が音もなく内側へと開いていく。恐らく先頭にいるアルが押し開けているのだろう。

「二人ともゆっくり進んでくれ。手を離すなよ。」

アルの小声が聞こえて来る。アルを先頭にティア、僕と続いている。アルがティアの手を握り反対の手を僕が握っていた。そのティアの手が僕の手を引っ張る。進めという合図だ。

幸いな事に通用口から屋敷は目と鼻の先だった。

周りに誰もいない事を確認すると、僕らはさっと裏庭を横切る。

一瞬だけ魔法が解けるが仕方ない。すぐに屋敷の壁に背を貼り付けるとすぐさま魔法が再発動する。


「誰だっ!!」


鋭い声が聞こえたのはその時だった。




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