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76.友達

「クロちゃん!?」

僕の声にハッと目を覚ましたティアが声を上げる。クロがみゃあと鳴きながら座ったティアの太ももあたりに擦り寄った。ティアは愛おしそうにそんなクロの頭を撫でている。

(…ちょっと待て、僕からじゃないのかよ??)

という思いを、ぐっと飲み込んで僕はクロに念話を飛ばそうと試みる、がやはり上手くいかない。こちらにもクロの声が聞こえて来ない。

やはりいくらクロでもこの牢の中では魔法は使えないのだろうか…。

ティアに存分に撫でられた後、クロが僕の目の前に来ると…そのまま僕の前を通り過ぎて格子の間から牢の前の廊下へと出て行ってしまった。

「…。」

僕は声も出ない。それは他のみんなも一緒のようだ。

「…クロは…いったい何をしにきたんだ…?」

しばらくしてから、かろうじてアルが小さな声を出した。

だが程なくしてクロが再び牢の前に姿を現した。口に鍵束を咥えて。

そのままクロは格子を超えて牢に入ると、咥えていた鍵束を落とし、再び格子を超えて外へと出る。そのまま牢の外で座るとこちらを見ながら小さく尻尾を振っている。

「…ねえ、もしかしてこれって…。」

僕は恐る恐る手を伸ばして鍵束を掴む。鍵の数は四つ。形はどれもそっくりだ。格子からそっと両手を出すと一つ一つ鍵穴に差し込んでみる。

手が震える。皆んなの視線が背中に痛かった。

そして最後の四つ目で、ガチャリ。と牢の鍵が開いた。

「やっ…フゴフゴ…。」

大きな声を上げそうになるエレンの口をアルが塞いでいる。

「しっ!見張りがいるかもしれない。静かに…。」

口を塞がれたままのエレンがコクコクと頷く。見れば隣のティアもパズも、自分で自分の口を両手で塞いでいる。

僕らはふう…と一息つくと、音を立てないように気をつけながらゆっくり牢の扉を開けた。それでもキイィィという金属音が鳴り響く。心臓が激しく脈打っている。

一歩、牢の外へと足を踏み出し、廊下の左右を見渡して誰も居ないことを確認すると、肩から力が一気に抜けた。

『よお、待たせたな。安心しろ。見張りならそこでぐっすり眠っているよ。』

完全に牢から出た瞬間にクロの声が聞こえてきた。

「本当に…助かったよ。」

僕は力なくクロに微笑み返した。その間にアルたちも牢から出て来る。

『さて、こんな所はさっさとおさらばしようか。静かについて来てくれよ?』

全員が牢から出たのを確認してクロは腰を上げ、歩き出した。

『ちょっと待って!ロメオは!?ザインさんはどうなってるの?!』

僕はとっさにクロに念話を飛ばす。

『…それを聞いてどうするんだ?』

数歩すすんだ所でクロがこちらを振り返った。

『何言ってるんだ!助けるに決まってるだろ!』

『ふむ…。』

クロは再び僕へと向かい直ると腰を落とした。尻尾がゆらゆら揺れている。

『それには危険が伴うぞ?それに助けてどうする?』

「どうって…。」

僕は思わず小さく声を出してしまう。

立ち止まった僕とクロに背後のみんなの訝しむ空気が伝わってくる。

『百歩譲ってアルとエレンは大丈夫だろう。並みの奴らではあいつら二人は勝てない。だがパズとティアはどうするんだ?二人はほとんど戦えるような力はないんだぞ?』

『分かってる…。だからさっき、クロが僕ら三人を止めた事も分かっているよ…。』

クロが小さく首を振る。分かっているなら良い、とも何も分かっていない、とも取れるような仕草で。

僕は一瞬考えた後に顔を上げて後ろを振り返った。

「…みんな、先に逃げててくれないか?アル、みんなを頼むよ。」

「ちょっと待て、どういう意味だ?」

アルが眉間に皺を寄せる。こんな困惑した顔は初めて見た。

「…僕はロメオとザインさんを助けに行く。だからみんなは先に逃げて欲しいんだ。アルにしか頼めない。僕にはクロもいるし、牢から出た今なら魔法も使える。」

僕とアルの視線がぶつかる。アルの瞳の中に迷いが見える。アルにも分かっているはずだどうする事がこの状況で一番良いのかを。

「…わか…。」

「ちょっと、勝手に二人で決めないでよ。」

アルの言葉を鋭く遮ったのはエレンだった。

「エレン…、今回ばかりは危険すぎ…、」

「じゃあ何であんたは行くわけよ?」

僕の言葉を更に遮ってくるエレン。いつものような火花のような怒り方では無く、静かに燃える炭火の様な怒り方だ。

「なんで…って…ほっとけないよ…ロメオは友達なんだし…。」

「私たちだってそうよ!」

思いのほか強い口調のエレンに僕は何も言えなくなる。

「僕も…昨日、ロメオに言ったばかりなんだ…。ロメオももう仲間だ、って。あんなに背中、強く叩いちゃったし…。」

パズが笑顔で、それでも強い眼差しで僕とアルを交互に見つめている。

僕の脳裏に昨日の浜辺での光景が蘇った。焚火を囲み、みんなでノクティルカ《夜の光》を見たあの夜を。あれがほんの一日前とはとても信じられない。

「…でも…ティアはどうする…?」

僕はエレンの袖にしがみついているティアを見つめる。顔は蒼ざめ、肩が小さく震えているのが分かる。

エレンが心配そうにその顔を覗き込む。

「…私…怖いわ…。でも…、」

そこで言葉を切って顔を上げるティア。

「またみんなで、あの景色を見る事が出来なくなる方がもっと嫌…。もう置いて行かないで…。何もできないかもしれないけど…私も、みんなと一緒に行きたい…。」

じっ、と僕の目を見つめてくるティア。その深く黒い双眸の奥に、揺るがない強さが見えた。


『…ふう…、揃いも揃ってお前たちは…。』

わずかな沈黙の後、クロが呆れた声を出す。

僕はティアから視線を外すとクロを振り返った。

『若いというか、純粋というか…。こっちまでむず痒くなるよ…。』

金の両目が細められ、口の端が笑みの形を作る。こんなに表情豊かな猫もいるもんなんだな…とこんな状況にも関わらず、僕は呑気な事を考えてしまう。


「…誰か来る!」

その時、アルが小さく鋭い声で告げた。廊下の角の向こうから足音がする。それも複数。僕らはぐっと身構える。


『まあ、落ち着け。』

とクロが言うのと同時に角から姿を現したのは


みゃあ


「ルビィ!」

見慣れた深紅の毛並み、エレンの使い魔、ルビィだった。そして…




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