75.衝突
「なんだ!?」
と急に頭を上げるロメオ。危うくその後頭部がパズの顔面と衝突する所だった。
僕とアルは椅子から立ち上がると窓から外を眺めた。
屋敷の玄関から前庭にかけて人が溢れている。
「いったいなんだこりゃ?」
頭一つ背の高いロメオが僕の上から外を覗いていた。
「ねえ、ロメオ、前庭にいるのってあれ…昨日の氷運びのおじさんじゃない?」
ロメオが頷くのを感じる。何人かの男に脇を挟まれて、昨日の痩せた男が人々の最前列にいる。怯えて周りをキョロキョロと見渡している。
そこへ、綺麗な身なりをした男が、ロメオの兄らしき男に無理やり腕を引っ張られ、いや、もはや引きずられて、屋敷から連れ出された。そのまま前庭に放り出されて尻餅をつく。観衆からわっと声が上がった。
その後ろからロメオの父、ザインさんが顔を真っ赤にして何事かを叫びながら出てくる。だが観衆の声に掻き消されてその声はここまで届かない。
「…これはまずい…。」
ロメオが呟いてだっと駆け出す。僕らもそれに続く。最悪の事態が起ころうとしていることに間違いはない。
ロメオ、アル、僕の順に前庭に到着する。僕は手でパズ、エレン、ティアを制した。パズが二人を背中に隠す。
「貴様ら!何をやっているか分かっているのか!」
ザインさんの大音声が聞こえるが興奮した観衆には届いて居ない。
「親父の生温いやり方にはもううんざりだ!もともと俺らは虐げられてきた!金ばかりふんだくって裏では田舎者と馬鹿にしていやかるハバラの連中に、一泡ふかせなきゃ気が収まらない!」
そうだそうだ!と観衆の大合唱が響く。ゲイルさんの目が異常に血走って赤くなっている。後ろの警ら隊たちも一緒だ。
それに、なんだが妙な臭いが漂っている。
「兄貴!落ち着けって!なんでそんなに興奮してんだよ!いつもの兄貴はもっと冷静で皆んなに優しいじゃないか!ここんとこなんか変だよ!」
ロメオがお兄さん、ゲイルさんに向かって叫ぶ。そんなロメオをゲイルさんはギロリと睨みつけた。
「ロメオ…。邪魔をするな。そこで大人しくしてろ…。」
それは弟を見る兄の目じゃない。飢えた獣のような目だ。
「…レオ、何か変だ。雰囲気が尋常じゃない。それに俺らに分かるような事が警ら隊隊長になるような人に分からないはずがない。」
アルがジリジリと後退してくる。
「僕もそう思う。あまりに不自然だ…。」
不自然、そう思った瞬間、僕は目の前の景色のもう一つ不自然な点に気づいた。観衆や警ら隊は怯えるバハラの使者に目を向けている。そんな中、一人だけ、キョロキョロと周りを見渡している男、氷運びの痩せた男だ。その手に何かを吊るし持っている。
「…あれは…香炉?」
僕がそう呟いた瞬間、
『レオ!!風除けの魔法だ!!できるだけ全力で!!皆んなを守れ!!』
クロの念話が響いた。
「我が友たる風の精霊よ、我が願いを聞き届けたまえ。寄り集まりて盾となり、撚り紡ぎて我らを守る繭となれ!」
ひょお…と風が吹き、思ったよりも広い範囲で風の膜が生まれたのを感じる。僕のもう少し前にいるロメオとザインさんの所までも何とか届いたようだ。
妙な臭いが薄くなり、香炉から漂う煙が風の膜の前で除けて不自然に横に流れていく。
それに気づいた痩せた男がこちらを見て、ニタリ、と笑った。僕はゾワッと肌が粟立つのを感じた。それは悪意に満ちた、到底、人とは思えないような醜悪な笑みだったからだ。
だがそれも一瞬の事だった。すぐに怯えたような元の表情に戻ると甲高い声でこう言ったのだ。
「ゲイルの旦那!急がないと日が暮れちまいますぜ!早くハバラの街に向かわないと!ザインの旦那やロメオの旦那には悪いが、一回、牢かどっかで頭を冷やしてもらった方がいい!」
「「なっ!!」」
ザインさんとロメオが驚愕の声を上げる。
「そうだな…。親父、ロメオ、悪いが大人しく捕まってくれ、これだけの人数だ。抵抗するだけ無駄だぞ?」
「本気か兄貴!?」
ロメオの声を無視し、ゲイルさんは部下に命令してザインさんとロメオを取り囲ませる。相手は剣で武装していて、片やロメオもザインさんも丸腰だ。
「…どうする?レオ?」
アルが僕の所まで後退してくると素手をぐっと握りしめた。僕は無言で両手に魔力を集中させる。振動魔法をいつでも撃てるように。ゔぅん…という独特の小さな音がした。
「私を忘れないでよね。」
エレンが僕の隣まで来た。既に両手に火球を発生させ構えている。
後ろでパズが結界魔法を展開するのを感じる。恐らくこれでティアは大丈夫だ。
そんな僕らの様子を見て、向かって来ていた警ら隊員が剣を抜き放つ。
『レオ!アル!止めるんだ!』
警ら隊員達があと一息の距離まで来た時、クロの声が聞こえた。
『今は説明している暇はない!とにかく!必ず助けるから、今は大人しく捕まってくれ。下手に抵抗した方が怪我人が、最悪の場合、死人が出る!』
僕は一瞬考えてアルを見る。アルは僕と目が合うと頷いて握った手を解くと両手を挙げた。
「…エレン、後で説明する。必ず何とかするから、だから今は大人しくしててくれ。」
僕は小声でエレンに告げるとアルに倣って両手を挙げる。
「…ちゃんと考えがあるんでしょうね?無かったら後で火球ぶち込むわよ?」
物騒な事を言いながら、エレンも火球を消滅させ、両手を挙げた。
「よし、一先ずこいつらを地下牢へ連れてけ!親父とロメオもだ!」
そのゲイルの一声で、僕らは物々しい集団に囲まれて地下牢へと連行されて行った。ただし、僕たちの使い魔、クロ、ルビィ、アスールが居なくなっていることに気付いている者は、僕らの他には居なかった。
「クロちゃんたち…無事かしら…?」
「大丈夫よ!ああ見えてうちの子たちは強いんだから!」
膝を抱えて床にうずくまるティアをエレンが慰めている。
連行された牢は頑丈な石造りで、意外にも清潔だった。というよりはほとんど使われた事が無いのかもしれない。薄っすらと埃が積もってはいたが簡単に払える程度で、この様子だと定期的に掃除もしているようだ。
鉄格子は太く押しても引いてもビクともしない。天井付近にはめ殺しの小窓が付いていたが子供一人通れるか?というような小ささだ。
「やっぱり魔法は使えないか?」
そう聞いてくるアルに、僕は首を横に振った。
「こういう牢は特殊な魔法封じの結界がかけられているからね。出入りは簡単なのに内側では魔法が使えないんだ。理論は国指定の機密事項になってるよ。」
とパズが教えてくれた。意外なほどに能天気だ。
「 商人のことわざに《果報は寝て待て》っていうのがあってね。幸運はその時々によっていつ来るかわからないもの、だから焦らずに待て。っていう意味なの。だから今、焦ったって仕方ないんだよ。」
いつかクロが、パズはパズで大物の器だ、って言っていた意味がよく分かった気がする。
どれくらい時間が経ったのか…。先程までの騒ぎが嘘のように外は静まり返っている。
アルは坐禅を組んで黙って座っている。パズ、エレン、ティアの三人はうとうとしていた。
(ロメオとザインさんは無事だろうか…。クロはどうするつもりなんだ…。)
僕は小窓から薄っすら見える、切り取られた小さな星空を見ていた。その星空がふと曇る。雲でも出てきたか?と思っていると金色の星が二つ輝いた。いや!違う!あれは!
「クロ!!」
小窓から黒い風がフワリと舞い降りた。




